82.少女、挑発する。
拘束する鎖の錠を外し、くたりと力のない身体を抱えて地下室から出る。腕の中で焦点の合わない目をしていたニチカだったが、窓からの日の光に当たるとぼんやりと瞬いた。
「え……あれ?」
そして横抱きにされていることに気づき、慌てて暴れだした。
「なっ、なんで!? うわ! なにこれ!?」
少女はきわどく肌蹴た胸元を慌てて掻き合わせる。それを見た男は何も言わずに下ろしてやった。地に足をつけたニチカはうす暗いホールを見まわして記憶を辿る。確かここで司祭に捕まり、地下室に放り込まれなかっただろうか? 本気で訳が分からなくて首を傾げる。
「……どうなったんだっけ?」
抜け落ちたかのようにそこだけ記憶がぷっつりと途切れている。衣服が乱れてるのもわけが分からないし、宿に残してきたはずのオズワルドに抱えられていたのはもっと謎だ。
「一体、何があったの?」
とりあえず尋ねてみると、師匠はこちらをじっと見て簡潔に言った。
「お前が掴まって監禁されたから、俺が殴りこんで解放した」
「! じゃあ、捕まったのは夢じゃなかったんだ!」
うわー、迂闊すぎるよ私ー。などと少女はすっかりいつもの調子に戻っていた。それを見ていた師匠は確認するように問いかける。
「覚えてないのか」
「?」
唐突にそんなことを言われ、ニチカはわけが分からずぽけっと見上げる。その顔が答えになったのか、オズワルドはそれ以上詮索することは無かった。代わりに風の里での『彼』とのやりとりが蘇る。
***
『彼女には忘却術がかけられている。それもかなり強力な』
風の里をでる際に引き留められ、魔術に鼻の利くランバールから告げられたのは予想だにしない一言だった。チラリと見れば、少し離れた場所で別れの挨拶をしているニチカはいつもと変わりなく明るい表情をしている。
『最初はセンパイが掛けたものかと思ってたんスけど魔力の質が違う。たぶん、イニ神の仕業じゃないかとオレは思います』
そこで言葉を区切ったランバールは、真剣な表情で忠告した。
『彼がニチカちゃんのどんな記憶を封印しているかはわからない。だけどそれが膨大な量だっていうのは分かります』
『記憶っていうのは鎖上に繋がってますからね、ふとしたキッカケでずるずると封印していたものまで引きずり出されてしまう可能性もある』
『彼女が失ってる記憶が良いものか悪いものかは分かりませんが、封印が解かれたら何かしらの影響はあるでしょう……そこは覚悟しておいた方がいいっス』
***
――何が記憶の引き金になるかは分かりませんから。
終わりの言葉を頭の中で反芻する。じっと見ればニチカは怪訝そうな顔で見つめ返してきた。
以前からオズワルドはこの少女に対するある疑問を持っていた。彼女が語る過去に違和感があるのだ。こちらから尋ねれば、それはもう嬉しそうに自慢の母親や妹のことを語り出すのだが、それがどうにもいびつというか、『理想』すぎる気がする。それともニホンとやらではそれが普通なのだろうか。自分自身まともな家庭環境で育ったとは言いにくい。口に出して尋ねるのがためらわれた。
そうしてオズワルドは深入りせず淡々と先を歩くことを選んだ。ニチカは怪訝そうな顔をしながらも後に続く。
「待ってよ、そういえば出歩いて大丈夫なの? 風邪は?」
カチャッ
だがその問いに答えるよりも先に、二人の行く手から武器を構える固い音が響いた。見れば一組の男女が、黒く小さな『何か』をこちらに向けていた。手が震えているのか微かにカチャカチャと音がホールに響く。先ほどまで魔水晶の下で致していた彼らは敵意に満ちた声で問い詰めてきた。
「お、おい、司祭様はどうした!」
「ご神体には、指一本触れさせないわよ!」
銃だ。小さなハンドガンのようだが何か普通とは違う。オズワルドは直感的にそれが魔に関するものだと判断した。不用心に一歩近寄ろうとしたところでニチカがハッと反応する。慌てて師匠の襟をつかんで後ろに引っ張った。
「ダメっ」
「!?」
パンッ
軽い音が響き、オズワルドが居た箇所に着弾する。じゅわ、と微かな煙が消えた後には、正体不明の液体がじゅうたんを通り越して床にまで穴を開けていた。その毒々しい紫に総毛が立つ。
「はははっ、見たか! これが魔女協会が新しく開発したっていう新銃『ディザイア』の威力――」
「ちょっとッ!!」
うっかり口を滑らせた職員の男を、横の女が叩いて止める。だがオズワルドはその言葉をしっかりと聞いていた。頭の回転の早さを遺憾なく発揮する。
「なるほど、魔女協会が俺に作らせようとしたのはこれか」
見たところその銃は引き金を引くだけで『魔力を含んだ何か』を発射できるらしい。どういう仕組みだろう? こんな場面にも関わらず好奇心が首をもたげた。ザッと足元を踏みしめたオズワルドは隣のニチカに短く告げる。
「ニチカ、あの武器奪うぞ」
「わーかってるわよぉ、あんな物騒なモン放置できるわけないもんね」
杖をグッと握り締めた弟子と共に、男は駆けだした。
***
決着はあっけないほど簡単についた。ニチカが派手な広範囲の光魔法を撃ち、職員の二人が目をくらませている間に背後から忍び寄る。そしてそこらへんに転がっていた燭台と杖でそれぞれブン殴って終わり。二人を荒縄で縛り転がしたオズワルドは、床に落ちていた『ディザイア』と呼ばれた武器を手にとった。重さはそこまでない。職員の男が手にしていたのを真似て構えてみる。試しに引き金を引いてみるがカチンと虚しい音が響いただけで何も飛び出さなかった。
「ちょっと、私に向けないでよ!」
引きつるニチカにも持たせてみるが、やはり反応はなかった。明らかに魔関係の武器ではありそうなのだが……魔力を糧にしているわけではなさそうだ。何か起動するための条件があるのだろうか? 目を回している職員を見下ろしながらオズワルドはつぶやく。
「コイツら起こして聞いてみるか?」
「……強く殴りすぎたかも、全然起きなさそうだよ」
どうして治癒のようなポピュラーな回復魔法がこの世界にはないのだろうかと、少女は疑問に思いながら床に目を移す。撃ちだされた紫の液体は、今はもう蒸発して穴を残すだけになっていた。見上げればいまだ煌々と輝く『えっちぃの』がそびえたっている。これも早めに破壊しなければ。その重労働を思ったニチカは軽い溜息をつきながら言った。
「この銃、魔女協会が開発したって言ってたけど、魔水晶とセットでここにあったってことはファントムも関わってるのかな」
「可能性はあるんじゃないか」
「だとしたらいつの間に魔女協会と組んでいたんだろう」
それからしばし手の中のディザイアをじっと見つめていた少女は、それを師匠にグッと押し返しながら口を開く。
「何、考えてるんだろう」
「?」
「こんな混乱引き起こすような物作るなんて……許せないよ」
間違いなくこれは悪い物だ。しかもマモノ達を凶暴化させている闇のマナを利用している。ところが非難めいた視線を銃に向ける少女を、師匠はバッサリ切り捨てた。
「だからお前は単細胞だっていうんだ」
「んなっ……」
久しぶりの暴言に顔を上げると、オズワルドは銃を見分しながら淡々と言った。
「こういう武器が現れたとなれば必ず対抗する防具も出てくる。上手く利用すればか弱い者がマモノから身を守るのにも使える。どちらにせよこの武器の出現はこの大陸全土の技術を底上げするだろう。そういう観点では喜ぶべきことだと俺は思うけどな」
「でも、悪いものかもしれないじゃない。使ったら呪われるとか」
「そんなものどうとでもなる。製作者の意図なんか無視するために俺みたいな魔女が居るんだ」
口を開いたニチカは、反論しようとパクパクしていた。だが、だしぬけにニヤッと笑う。今の言葉を聞いて反撃の方向性を変えることにしたのだ。
「そう、ね。そういう考え方もあるかもしれないわね。逆に利用してやろうって魂胆なんだ」
「あぁ」
「なら当然あなたが作るんでしょ? その対策とやらを」
「は?」
オズワルドは、とりあえずこれを改造してより強化された武器でも作ろうと目論んでいたのだが、妙な話の飛びっぷりに思わず振り返る。視線の先の少女は不敵な笑みを浮かべていた。
「そこまで大口叩くのなら、対策を考えるくらい余裕なんじゃない?」
「ばか、そんなもの他のヒマな魔女に任せとけ」
「作れないんだ?」
ピクッと男の肩が跳ねる。よし、もう一押し。
「ふーん、世紀の天才魔女オズワルド様が、こんな未知の武器ぐらいに負けるんだ。へぇぇぇぇ」
そこまで言ってギクリとする。ツカツカと寄ってきた男が目の前に立ったのだ。スッと額の前に指を構えられニチカは目を閉じる。
(調子に乗りすぎた……ッ!)
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