65.少女、出走する。

 本部脇のテントに放り込まれたニチカは、中に広がる大量の衣装に目をくらませた。真紅のドレス、深い海色のタキシード、格式の高い礼服が並んでいるかと思えば「誰が着るの?」と疑問に思うようなピエロ服まである。


「す、すごい」

「ほらほら早く。そうだねぇ、お嬢ちゃんならこっちの背中の空いた――いやここは可愛らしさを全面に押し出して……」


 どうやら衣装係だったらしいおばさんが、手慣れた様子で見繕っていく。腕まくりをしたかと思うと大量の衣装をむんずと掴んで脇にどけ始めた。


「燃えるねぇ! 今回の参加者は自前の衣装ばっかりだったから、ここを利用してくれたのはお嬢ちゃんぐらいだよ」

「そうなんですか?」

「確かに自分で用意した方が豪華にはなるけどねぇ……」


 しばらくして可愛らしい、薄桃色を基調にした見るからにフワリと軽やかな――平たく言うとベタな魔法少女のような格好に仕上がったニチカを見て、おばさんが満足そうに頷いた。


「うん、良い感じじゃないか」

「ちょっとヒラヒラしすぎじゃないですか? 露出が多くて恥ずかしいって言うか」


 スカートの素材が微妙に透けているのが恥ずかしく、ニチカはすそを引っ張って足を隠そうとする。だが、おばさんは豪快に笑ってドーンと背中を押した。


「お祭りなんだしこれくらいでちょうど良いのさ! さぁ行っといで!」

「わっ、わっ」


 テントから押し出されて転びそうになったが、何とかこらえて勢いのまま振り返り礼を言う。


「ありがとうございましたっ」

「頑張んなよ! アタシも地上で応援してるからね!」


 グッと親指を立ててウィンクする彼女に、笑顔で頷き返す。覚悟を決めたニチカは、ホウキに飛び乗るとグンッと急上昇をかけた。


「わぁ……!」


 そのひらりと揺れるスカートを見ていた女の子が、目を輝かせて隣の母親に報告する。


「ママ! あの子すごく可愛い! 妖精さんみたいっ」

「そうねぇ、それじゃ応援してあげようか」

「うんっ、がんばれー!」


 その子に手を振って、ニチカはスタート地点である空中ステージに昇っていった。白いブロックで出来たステージに降り立つとすぐさま係員が駆け寄ってくる。彼は少女の手首に何かの皮で出来たクリーム色のリストバンドを巻きつけ、早口で説明を始めた。


「急いで下さい、あなたで最後ですよ。魔道具などの類は持ってませんね? はいはいホウキを拝見」


 なかばひったくるようにホウキを奪った係員は、銀色の箱のような装置にそれを通した。ピーと音がなりランプが緑に光る。


「余計な物はついていない、合格ですね。それではあちらに」


 返してもらったホウキを手に、参加者がずらりと並ぶステージの端に移動する。スタートのゲートは華やかな装飾が施されていて、見下ろすと地上からこちらを一心に見上げる観客たちが見えた。黒づくめの師匠がどこかに見えないかと探していると、隣にいた青いドレスを着た美女がチラリとニチカを一瞥し鼻で笑い飛ばした。


「なぁにそのカッコ、おゆうぎ会じゃないのよ」


 失礼な物言いにカチンときたが、彼女の完璧なスタイルとそれによく合った衣装を見て気迫負けしてしまう。


「あ、あの、よろしくおねがいします……」


 こちらが謙虚に出ると、それ以上は言われなかったがフンと顔を背けられてしまった。よく見ればその隣にいた金髪の美少女が、そのまた向こうに居る美青年と何やら言い争いをしている。


(こ、怖い……)


 どこかピリピリとした空気が漂う中、いよいよレースが始まるらしく街中にファンファーレが鳴り響いた。


『みーなさま! おーまたせ致しました! 誰もが死ぬまでに一度は見て見たいと願う風の里レース。その中でも最大規模を誇るシルミア杯! はーじーまーるよーぉぉお!!』


 突然、街を囲う壁の向こう側からハイテンションな声が聞こえてきて、巨大な何かが飛来する。その羽根の生えた台座の上には、マイク(のような物)を構える金きらなスーツを着たメガネの小男が乗っていた。その横には、堂々たる衣装を身につけたシルミアも見える。その姿を見て、観衆からワァァ!!と、歓声が上がった。


『申し遅れました、今年も司会と実況を務めさせて頂きます【役場のさえない平社員クロッグ】でございます、いやーこの日の為だけに役場に務めていると言っても過言ではないワタクシですが――おっと失礼、じょーだん、ジョーダンですよ部長』


 どこからか「こらぁ!」という野次が飛び、会場がドッと沸く。司会は参加者達がつけられた物と同じ革のリストバンドを掲げると高らかに説明を始めた。


『さて、それでは今さら確認するまでもないことですがルール説明! このリストバンドが【マーカー】! 競技者たちには全員着けてもらってます。これで街のあっちこっちに設置されたチェックポイントに触れて、最後に時計塔のてっぺんにある風のオーブにタッチできた者の優勝! いやーシンプル! シンプルだけどだからこそ実力の差が出るんですよ』


 ニチカは右手首にはめられたリストをよく見た。ビーズサイズの暗い玉が横に十個並んでいる。おそらくこれがチェックポイントを通過する度に点灯していくのだろう。


『ついでに、マーカーには風のマナを引き寄せて、他のマナを追っ払う効果があるよ! 炎とか水とか呼び出してライバルを攻撃するのは禁止ってことだね』


 司会の説明に気を引き締める。純粋に風のマナだけで勝負しろと言うことなのだろう。レース中は無防備になるが仕方ない。


『よーし退屈な説明はここまでだ! では主催のシルミア様、一言どうぞっ』


 マイクを受け取った風の精霊がゆっくりと進み出る。それまで興奮してざわついていた観衆も静まり返りその言葉を待つ。大気がゆるやかに流れる中、そっと口を開いた彼は風に言葉を乗せた。


『僕は……美しい』


 地上とスタート地点の両方で師弟がカクリとコケるが、その決め台詞に慣れきっている住民たちは沸き立った。ウオオオと熱気が街全体を包む。シルミアは威厳ある顔つきで続ける。


『そして世界も美しい。精いっぱい生きようとする君たちの姿はとても美しいものだ、何百年と生きて来た僕でさえ、その命は見飽きることのない輝きだ』


 精いっぱい生きることが美しいというのなら、自分も少しは輝けるのではないだろうか。ニチカはホウキを胸の前でギュっと握りしめた。


『さぁ見せておくれ、君たちの全力を!!』


 締めの言葉が終わるや否や、周囲の出走者が一斉にザッと構える。驚くニチカの隣で係員が指示を出した。


「スタート地点について下さい」

「えっ、もう!?」


 慌ててホウキに飛び乗った次の瞬間、ゲートが開かれる。


 ――フライアウェェェェイ!!!


 地を揺るがすほどの大合唱が、風の里に轟いた。

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