56.少女、落ち込む。

 パニックになりそうな気持ちをなんとか抑え込む。ここで叫んでマモノを引き寄せたら一大事だ。素早く辺りに視線を走らせながら目まぐるしく頭を回転させる。


(ホウキで上空に抜けてみんなを探す? ううん、これだけ霧が深いんだもの見えるわけがない。先にこの谷を越えて出口で待つ? ダメだ、出口が一つとは限らないし、そもそも一気に飛んでいけるだけの技量が私にはない)


 どう動くか迷っていたその時、なんの前触れもなく首すじに何者かが触れて来た。


「ひっ!」


 硬直したニチカは動けなかった。後ろに誰か居る……? その『誰か』は、腰に腕を回してきた。そこで確信する、こんな事をするのは一人しか居ない。思ったより近くに居たことに安堵しながらニチカは声を荒げた。


「ランバール! 悪ふざけはやめて」

『……』


 ところがその人物は押し黙ったまま全身に手を這わせて来る。そのことに恐怖を感じて足がすくむ。


「な、何か言ってよ」

『……』

「ねぇったら!」


 霧はますます濃くなってきて、すでに自分の足元すら見えない。まさか、全くの別人?


「いい加減に……っ」


 勇気を出して振り払おうとした瞬間、ニチカの内ももにぺたりと何かが触れる。手はそのままズズズとスカートの中を這い上がってきた。その感覚に思わず叫ぶ。


「うっ、うわぁぁああっ!!」


 とっさに腰の魔導球を外して前に構える。瞬時に杖の形状に変化したのを見て、ただ絶叫する。


『なんでもいいから、とにかく風ぇーッッ!!』


 荒っぽい命令にも関わらず、いや必死だったからこそ大量の緑のマナがかき集められ、ニチカを中心に外側に向かって吹き荒れた。その場だけぽっかりと霧が晴れて、頭上から陽の光が差し込む。


「へっ?」


 そしてようやく少女は現状を目の当たりにする。


 ペタッ、コロッ

 ペタッ、コロッ

 ペタッ、コロッ


 足と言わず服と言わず、彼女の身体に大量にまとわりついていたのは、白い半透明の生き物だった。餅のようなボディはつるりとした大福型で、光沢のある表面はゼリーのようにぷるぷるしている。つぶらな瞳はうるうるとしていて、しきりにピィピィと鳴いて何かを訴えているようだった。


「な、なにあなた達……?」


 クッションにしたら程よい大きさのそれを一匹手に取ってみる。ひんやりとした触感がなんとも心地いい。


『コロロッ』

『ぺたん! ペタァァ』

「いっ、ちょっ……」


 再び伸し掛かってきた大群に押し倒される。謎の生物におぼれそうになったその時だった。


 ――お、おぉぉーい


 頭上から聞きなれた声が降ってきてなんとか上半身を起こす。見上げれば崖の上からウルフィたちがこちらを見下ろしていた。希望を見出してニチカは顔を輝かせる。


「みんな!」


 ところが大量のマモノに埋もれる少女を見ていた仲間たちは、それぞれピントのずれた感想を口にした。パタパタと尻尾をふるウルフィが真っ先に言う。


「ニチカ、それお友達? 楽しそうだね~」

「楽しくなんかないからっ、早く助けて!」


 その横で、崖を降りてきながらオズワルドがぼそりと呟く。


「……ずいぶんマニアックなプレイだな」

「違うんですけど! これのどこを見たらそういう感想が出るわけ!?」


 極めつけはランバールだった。爽やかな笑みを浮かべながらとんでもない事を言う。


「オレはスライム系より、どっちかっていうと触手の方がそそる――」

「この変態どもめがああああっ!!」


***


 ようやく救出されたニチカは、改めて襲って来た(?)マモノを見つめた。言葉が通じるかは分からないが問いかけてみる。


「危害を加えようとしたわけじゃないのよね?」


 ウルウルとした眼差しを向けてくるスライムたちは、整列してこちらを一心に見つめてくる。その姿は小動物らしくもあり、動物が好きなニチカはキュンとする。


「ちょっとかわいい……かも」

「ペタコロンは臆病な性格で、人前に現れてもすぐ逃げ出すようなマモノなんだけど、こいつら逃げないね」

「ペタコロン?」


 ランバールの何気ない言葉を聞きとがめる。首をひねった少女は難しい顔をして考え込んだ。


「なんだろう、どこかで聞いたような」

「気のせいだろ」


 それまで黙って居たオズワルドが急に話をさえぎる。彼はペタコロンたちを一瞥すると興味なさげに言い放った。


「そんなヤツらに構ってる暇はないんだ。また霧もかかってきたし先を急ぐぞ」

「またそういう薄情な……」


 確実にこの白まんじゅう達は助けを求めている。このまま見捨てて行くのはどうしても気が引ける。ニチカは師匠の袖をつかんで引き留めた。


「ちょっとだけ調べていこうよ、ね?」

「ニチカにさんせーっ」

「センパーイ、情けは人の為ならずってゆーじゃないですかぁ」


 ウルフィとランバールも賛同してくれる。オズワルドは重いため息をついて口を開いた。


「人じゃなくてマモノだろ……」


 意見は三対一。時間の無駄だと割り切った彼はそれ以上の反対はしなかった。さっさと片付けてしまおうと屈んでペタコロンをつつき出す。


「おいぺったんこ。何が悩みだ、エサ場でも荒らされたか? 天敵でも出たか? それとも単にこのおせっかいなお人よしの勘違いか?」

「おせっかいって、失礼ね!」


 憤慨して拳を振り上げたニチカは、引っかかっていたことを思い出した。


「それに思い出した! あなた出会った当初、私のことペタコロン呼ばわりしたでしょ、これのどこが私に似てるのよ!」


 少女は手も足もない人外生物を顔のそばに持ち上げて訴える。しばらく両者を見比べていた仲間たちは感想を言った。


「そっくりじゃないか」と、師匠。

「ぽやっとしてるところが似てるかなぁ~」そうウルフィが続け、

「醸し出す雰囲気が近いね」ランバールがトドメを刺す。

「!!!」


 ニチカはショックでペタコロンをぼとりと落とす。膝をついた彼女は激しく落ち込んだ。


「ひ、人から見た私って、こうなの?」

『ペタぺタコロロ、ぺたころろー』


 なぐさめる様に白まんじゅうたちがニチカを取り囲んで飛び回る。可愛くて癒されるが複雑な心境だった。


「わっ!」


 急にペタコロン達は少女を押し始め、どこかへ連れて行こうとした。慌てて立ち上がり導かれるまま岩陰と足を進める……と、ひときわ巨大な岩を回り込んだところでぼよんっと何かにぶつかった。


「うぐっ」


 反動でしりもちをついてしまう。少女の後ろからついてきた仲間たちはあ然として言葉を失った。


「え、なに」


 自分がぶつかった物を見上げたニチカもまた、声を失う。


 霧の中でうっすら見えてきたのは、見上げるほどに大きな白いまんじゅうボディだった。しかも一体ではない、岩場だとばかり思っていた周囲の影はすべてペタコロンをそのまま数十倍にもしたようなペタコロン(大)だったのだ。ポカンとしていたランバールが視線をそらさず発言する。


「センパーイ、なんですかねーこれ、突然変異?」

「いや、おそらくは成体……だと思うんだが、ペタコロンってここまで巨体化するのか」


 どうやらこの世界の常識からしても、このサイズは予想外らしい。そこかしこに転がされている彼らは、一歩も動かずにわずかな収縮を繰り返していた。


「寝てるの?」


 声を出すのが憚られて、ニチカはそっと言う。だが怖いもの知らずのウルフィが躊躇なく起こしにかかった。


「おはよー、朝だよーっ」


 その前足でぷるぷるの表面をぐいっと押し込むが、ぼよんっと弾き返されてしまう。


「ひゃああ!」


 ゴロゴロ転がったオオカミは、別のペタコロン(大)にぶつかり、ピンボールよろしくあちこちを転がっていく。すぐにその姿が巨体の向こうに消えていった。ニチカは手を伸ばし、オズワルドは呆れ、そしてランバールは指をさして笑い転げる。


「あああ……」

「何やってんだアイツは……」

「あっひゃっひゃ! ウル君すげーっ」


 不思議な事にこれほど騒いでもペタコロン(大)が起きる気配はなかった。相変わらず気持ちよさそうに目を閉じている。


「なるほど、つまりこれをどうにかして欲しいと」


 オズワルドがそう問いかけると、少し離れたところにいたペタコロン達は瞳を潤ませてじっと見上げて来た。調査モードになった男は顎に手をやり観察を続ける。


「睡眠薬でも盛られたか?」

「けど、そんなことして何になるんスかねー」

「とにかく、起こしてみようよ」


 ニチカの提案で、手分けしてありとあらゆる方法で起こしに掛かることになった。


 まず揺すってみる、ダメ。少し強めに叩いてみる、まるで手ごたえナシ。すぐ側で大声を出してみる、虚しく谷底に反響するだけ。冷たい魔法瓶の水をかけてみる、おどろきの吸収力。


「なにこれ、ものすごい勢いで吸収していくんだけど……」

「これは新しい発見だな、ペタコロンを干してカラカラにしたら部屋の湿気を吸い取ってくれる道具に――」

「なに怖いこと考えてんの!?」


 妙なアイデアをひらめく師匠を一喝し、ニチカは次なる手段を考えた。少し荒っぽいが、火であぶってみる。


「……沸騰してきた」

「煮立ってるねー」


 自分の内包している水分が煮立ってるというのに、ペタコロン(大)は相変わらず平気な顔をして眠りこけている。ここまでやっても目を覚まさない。手詰まりになったその時だった。


 ――おおーい、みんなー、こっちにヘンなものがあるよー

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