41.少女、奇跡を起こす。
頭をガンと殴られたような衝撃に耐え、怒りで拳を握りしめる。
「どっ、どういうこと!? なにか魔女道具を使って花を咲かせるんじゃないの!?」
「そんな需要のないもの俺が作ってるわけないだろ」
「今ここ! 必要としてる!! なうヒアー!!」
ダンダンと地を踏みつける。ほんとにもうこの男は詐欺まがいというか見切り発車というか。
「あれだけ私に言わせておいて、やっぱり奇跡は起きませんでしたって!!」
「なら頑張れ、これだけ良い条件を揃えてやったんだから」
「……え?」
かがんだ男は足元の土を一掬い持ち上げる。袋から取り出した種を一つその中に埋め込むと説明を始めた。
「俺が用意した種は、この辺りに適した種の中でも特に成長の早い花だ。土壌に混ぜた肥料は最高級かつ元の土に合わせてバランスを調整した特製品。花が育つのにこれ以上ない好条件がこの場に揃っている」
「……あなた実は花屋の息子なんじゃ」
「馬鹿言え、このくらい知識さえあれば調合と一緒だ。で、ここからはマナのチカラを借りる『来い』」
スッと土の表面を撫でるようにすると、オレンジ色の光が鳥のような形に変化しオズワルドの手にまとわり始めた。指に留まらせたそれに語りかけるように、彼は命を下す。
「『豊穣なる大地の精霊よ、命の芽吹きを助けよ』」
しばらく首を傾げていた鳥は、羽ばたくと土の中に溶けた。すると――
「うわっ」
見ている間に土の中からみずみずしい緑の双葉がポコっと飛び出す。早送り映像でも見ているようにスクスクと成長したつぼみは、やがて可愛らしいピンクの花を咲かせた。
「とまぁ、こんな具合だ」
「ふぁぁ、ホントに咲いちゃった」
土ごと花を受け取ったニチカは、その愛らしい花びらをつついてみる。造花でもなんでもない、本当に生きている花だ。
「土のマナにお願いすればいいのね? 私に出来るかな」
花を大地に埋めなおした少女は不安そうに言う。炎の精霊に世界を開いて貰ったとはいえ、マナ操作の仕方はまだよく分からない。まさかこんなぶっつけ本番でやる事になろうとは。
「花祭りが開催できるかどうかは、お前の技量次第ってことだ」
その言葉にチラっと師匠を見上げる。
「……あなたは、上手くいってほしい?」
失敗すればマキナとの賭けに負けるということだ。すなわちニチカはここに残ることになる。
オズワルドは答えずにじっと少女を見下ろす。風が二人の髪を揺らしては抜けていく。
やがて口を開いた彼は、どこか事務的に喋り始めた。
「……一つ言い忘れていたが」
「なに?」
「お前との契約は『そちらからなら』一方的に切ることが可能だ」
その意味を考えて目を見開く。それは、つまり
「お前が決めろ。俺たちと来るか、ここに残るか」
「だ、だって、それじゃいつまで経ってもフェイクラヴァーの問題が……」
「それも問題ない。あのマキナとか言う小僧の実家は魔術に関するとある大企業だ。情報を集めるだけならそっちの方が効率的かもしれん」
「でもっ、でも!」
もやもやとしたわだかまりが胸のあたりに溜まっていく。違う、そうではない、ニチカはその心の内が知りたかったのだ。なのにどうして自分に選択肢を委ねるのか。
そんな思いがこみ上げて、結局言葉にはできずに黙り込む。オズワルドはどこかを見つめながらそっけなく言った。
「その方が、お前にとって幸せじゃないのか」
「!」
「俺についてくる……より」
急にこみ上げてきたものを見られたくなくて、少女は逃げ出すように駆け出した。
(なんで? なんで急にそんなこと言うの?)
作業する人込みの中に紛れ込み、止まって息をつく。
(やっぱりオズワルドは、私を厄介払いしたいんだ。そうなんだ)
なぜかこぼれそうになる涙を必死でこらえていると、心配そうな顔をした子供達が覗き込んできた。
「ニチカ! どーしたの? どっか痛いの?」
「疲れちゃった? ぼくたち頑張るから少し休んでていーよ」
その無邪気な声に、涙の元栓をなんとかギュッとしめる。ゴシゴシと袖で目元をぬぐったニチカは精いっぱい笑って見せた。
「なんでもないよっ、大丈夫!」
「そうだよねっ、花祭りはもーすぐだもん!」
「笑ってなくちゃ、お花の精霊さんが来てくれないもんねっ」
その期待に一つ頷いて決意する。そうだ、どちらにせよ花は咲かせなければ。賭けのことはひとまず忘れて、楽しみにしてる村のみんなのためにがんばるべきだ。
ズキンと痛んだ胸のことは無視して、今は目の前のことにだけ集中する。
(その後のことは、その時かんがえよう)
すぅっと息を吸い込んだニチカは、辺りにいるはずのマナの気配を探る。すぐに大量のオレンジ色が見えてきた。
汚れるのも構わずヒザをついた少女は、足元に居た一匹に手を差し伸べようとする。だが――
「あ、あれ?」
スーッと逃げるようにかわされてしまう。他のマナも同様で、なぜか避けられているような気がする。
「なんで?」
途方に暮れていると、ふと腰のポケット辺りに違和感を覚えた。微妙に温かい。というか、熱い気がする。
「ひっ!?」
何気なくそちらに目をやったニチカは仰天した。魔導球が赤く輝き、赤いマナが猛烈な勢いで飛び交っていたのだ。
「こ、こら! 威嚇しちゃダメでしょ!」
だが炎のマナは激しく羽ばたいて土のマナを追い払おうとする。まるでニチカの忠実な番犬だ。
(なんなのこれ、どうしたらいいの)
しばらくそのやりとりが続く。ニチカが近づこうとすればオレンジ色の蝶は恐れをなして逃げていった。
「あああ、もう日が傾いてきてる」
夕暮れには早いが、太陽がだいぶ下りてきた。あと数時間もしない内に花祭りの前夜祭が始まってしまうだろう。
なのに辺りにはオズワルドが咲かせた一輪だけ。苦笑する村の大人たちの間に「あぁやっぱりね」という諦めムードがただよい始めていた。
「ニチカ~、調子はどう?」
トトトッとやってきたウルフィに、少女は泣き顔で振り返る。
「う~る~ふぃ~、上手くいかないよぉ」
「?」
泣きつくように事情を説明すると、茶色のオオカミはぴこん!と閃いたように言った。
「じゃあじゃあ、炎のマナに命令してみたら? しばらくどっか行っててちょうだいってさ」
通常、魔導師は不必要なマナが近くに居る際、追い払ってから術を行使するのだそうだ。だがニチカはそうしたくなかった。
「だってこの子たちは私を守ろうとしてくれてるんだよ。追い払うのはちょっと……」
「ならさ、お互いに仲良くするように言ってみたら? 昨日村の子たちと僕を繋いでくれたように!」
「仲良く?」
言われてマナたちをじっと見つめる。土のマナたちはさきほどから何度も追い払われてるのに、それでも寄ってこようとする。炎のマナも威嚇はしてはいるが、彼らに危害を加えようとしているわけではないのだ。
「あの、ね。そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」
赤い蝶にそっと語りかける。飛び回るのをやめたマナたちは戸惑うようにホバリングした。
「私ね、あの子たちのチカラを借りたいと思ってるの。あなたたちも手伝ってくれると嬉しいんだけどな」
少し落ち着いた炎のマナたちから、次は土のマナへと視線を移す。
「怖がらせちゃってゴメンね。もう大丈夫だからこっちに来てくれる?」
おずおずと寄ってきたオレンジ色の光に、昨日の村の子を思い出す。人もマナも同じなのだと気づくと途端に声が届く気がしてきた。
「よしっ、それじゃあどっちも話を聞いて。あと数時間で花祭りが始まっちゃうの。それにはたくさんのお花が必要なんだけど、元々ここに咲いてたお花が全部枯れてしまったの」
そういえばオズワルドは結局原因を突き止めたのだろうかと頭の片隅で思う。だがすぐにその事を頭から追いやった。
この村で親切にしてもらったこと、仲良くなった子供たちのことを浮かべながら想いを込める。
「だから、お願い! 村のみんなのためにも花畑を復活させいの、協力してっ」
しばらくゆらゆらとしていたマナたちは、いっせいに動き出した。いがみ合っていたオレンジと赤の光が混ざり合い、花畑一面に広がっていく。
「わ……」
すぐに緑の若葉が芽吹き、赤い蝶がその周りを飛び交い温度の調整をする。大地のマナが連れてきたのか水色の蝶が空気中の水分を花に与える。緑の蝶がそよげば風が吹き、色を織りなしていく。
奇跡が起きはじめていた。
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