40.少女、種蒔きをする。

「お、起きがけにその顔は、ひ、卑怯」

「あ?」


 呆れたような顔をした男は、意外にも素直に上から退いてくれた。


「お前が嫌がるから寝てる間にしてやろうという俺の思いやりがわからんのか」

「だからってさぁ! だいたいカギ掛けてたはずなのにどうやって入ってきたのよ!?」

「企業秘密」

「犯罪だーっ!」


 枕を掴んで投げつけるが、片手でボスッと簡単に止められてしまった。ベッドから飛び降りた少女に、師匠はニヤリと笑った。


「良いから早く起きて手伝え、今日は忙しいぞ」

「え、なに? 何するの?」

「すぐに分かる」


***


 例の西にある枯れてしまった花畑。いつもの服に着替えたニチカは到着するなり目を丸くした。


「あっ、おねーちゃんだ。おはよう!」

「こっちの準備は万全だぜ!」


 昨日いっしょに遊んだ村の子供たちはもちろん、大人たちもがその場に集結してガヤガヤと雑談を交わしていた。なんだかアレに雰囲気が似ている、町内会のゴミ清掃。


「おはよ。みんなどうしたの?」

「ウルフィくんにお願いされてねー、みんなを集めてきたのよ」


 昨晩ウルフィが泊まった家の子が元気に言う。キラキラとしたまなざしをこちらに向けながら無邪気に続けた。


「なんでも、奇跡を体験させてくれるんだって!」

「何かしらねぇ~」

「ねー」


 和やかに話しては居るが、ニチカは一抹の不安を隠せなかった。いったいあの男は何をさせようと言うのか。


「おはようニチカ。なんだか凄いことが始まりそうだね」

「マキナくん」


 苦笑しながら現われた彼は、周りの人たちに挨拶をしながらこちらに寄ってきた。その後ろに付き従うバイオレットも居る。


「えぇと、私も何をするのか聞かされてないんだけど」

「そうなの?」


 その時、村の方から弾む元気な声が飛んできた。


「みんなぁ~、おっまたせー」


 体高の倍はありそうな荷馬車を引っ張ってきたウルフィは、がたんと止めると積んであった麻の小袋を次々と咥えて皆に配り始めた。


「はい、はい、どんどん回して~」

「これ何?」


 マキナから回ってきた袋を開けてみると、中にはいろんな形をした種が入っていた。三角の、四角いの、丸いの、他にもいっぱい。


「それ、花の種だよー。詳しい説明はご主人がするって」


 そこでようやくやってきたオズワルドがニッコリと営業用スマイルを浮かべる。昨日村を騒がせた「氷の悪魔」の登場に、村の少女たちが突きあって黄色い声をあげ、ニチカはツッコミを入れたい気持ちをぐっと我慢した。


「おはようございます皆さん。急な申し出にも関わらずご協力感謝いたします。さてやって頂きたいことは単純です。花祭りに間に合わせるために枯れた花を取っ払って、どんどんその種を植えて下さい」


 その指示に皆がポカンとして固まる。やがて大人たちが恐る恐るといった感じで口を開いた。


「あのォー、花祭りは明日なんだけども……」

「と、言うか前夜祭があるから今夜からなのよ。今年はこんな状態だし、仕方ないけど造花で間に合わせようって決定したの」


 笑顔のままグググとこちらを向いたオズワルドから無言の圧力を感じ、少女の背すじを冷たいものが伝わった。


(わかってます! わかってますわよぉ~)


 皆の輪から抜け出し、向き直ったニチカはすぅっと息を吸い込んだ。そのまま勢いよく頭をバッと下げる。


「みなさんお願いしますっ、信じられないかもしれないけど騙されたと思って協力して下さい!」


 場がシンと静まり返る。だがそれはほんの一瞬だった。子供たちがワッと駆け寄って来たのだ。


「いいよ! ニチカが言うんだもんっ、ボクしんじる!」

「あたし奇跡見てみたい!」

「いっぱいいっぱい種を蒔くよ!」


 子供たちはさっそく辺りの枯れ草を抜きはじめた。それを見ていた大人たちはしばらく顔を見合わせていたが、困ったように笑いだす。


「参ったなぁ、子供らに任せて大人がやらないわけにはいかないじゃないか」

「仕方ない、やるか。どっちにしろ新しいのを蒔かなきゃいけなかったしな」

「となると道具が必要だな。納屋から取ってくるぜ」

「じゃあ私たちは炊き出しをするわ。朝ごはんもまだの人居るでしょ?」


 一丸となって動き出した村人に、少女は感激した様子で手を握りしめていた。


「ほんと、ロロ村の人たちって優しいのね」


 その言葉を聞いたオズワルドは、フッと口元をゆがめてこう言った。


「違うな。お前の呼びかけが無ければ大人たちは動かなかっただろう。子供たちと仲良くなっていたお前の手柄だ」


 ポンと頭に手を乗せた師匠は、去り際に短く言った。


「よくやった。上出来だ」

「え、あ……」


 戸惑っている内に男は行ってしまった。少し乱れた髪に手をやり、少女はぽつりと呟く。


「いま、褒められた?」


***


 種まき作業は順調に進んでいった。昼ごろには枯れ草の撤去もすみ、一度耕して油粕などの肥料を入れる。


 むせ返るほど豊かな土の香りの中、草むしりをしていた少女は泥だらけにも関わらずいい笑顔だった。


「ニチカ、なんだかご機嫌だね」

「え、そう?」


 ニコニコしながら振り向いた少女に、オオカミは首を傾げる。


「なんかあったの?」

「べつに~?」


 オズワルドからの一言が確実に影響していたが、ニチカは自分がなぜこんなにご機嫌なのか深くは考えなかった。


「土いじりなんて初めてだけど、思ったより楽しいのね」


 サラサラとした土と豊かな香りに触れているだけで心のドロドロが溶かされていくようだ。目を凝らすと土と同化するようなオレンジ色のマナがヒラヒラと浮遊していた。


「穴掘りたのしーよねーっ、昨日もご主人とここで――」


 楽しげに土を掻き出していたウルフィがピタリと止まる。


「昨日も?」

「そっ、そそそ、そういえばこここ、この花畑に埋まってるんじゃ」

「何が?」


 急に震えだすオオカミだったが、その答えを聞く前にニチカはあることに気づいた。


「バイオレットさん、具合悪いんですか?」

「い、いえ……そういうわけでは」


 少し離れたところにいた彼女は真っ青な顔に――というか真っ青を通り越して軽く土気色になっている。あの無表情の彼女とは思えない顔色にますます首を傾げる。マキナも気づいたようで草むしりの手を止めて振り向いた。


「具合が悪いのなら座って休んでいたらどうだい?」

「……お気遣い、ありがとうございます。では少しだけ」


 ふらふらと去っていく彼女に二人は心配そうな目を向けた。


「大丈夫かな」

「あんな彼女初めて見たよ、ホムンクルスにも体調不良ってあるんだ」


 木蔭に座ったバイオレットは胸を抑えうつむいていた。その肩は苦しそうに上下している。


「やっぱり様子を見てくるよ」

「あっ、私も――」


 だが追いかけようとしたニチカは、いきなり後ろから襟をひっぱられた。


「ぐぇっ」

「……色気のない声を出すな」

「いきなり引っ張るからでしょ! やめてよもうっ」


 やはりと言うか後ろに居たのはオズワルドだった。彼はそのままどこかへ連れて行こうとする。


「わっ、わっ」

「来い、頃合だ」

「何がっ!?」


 あいかわらず説明がなさすぎる。少し離れたところまで連れて来られたニチカは、自分がこれからやるべきことを告げられた。


「奇跡なんてまず起こらない、だがそれらしい現象を作ることは出来る」

「っていうと?」


 肩にポンを手を置いた師匠は、丸投げした。


「頼んだぞ、精霊の巫女」

「なぁぁぁっ!?」

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