31.少女、流れに落ちる。

「はいよぉ、みたらし団子おまちどーさま!」


 ちょうど団子が運ばれてきて話が中断する。今の言葉の意味を考えようとしたニチカは、目の前に現れた『ブツ』に唖然とした。


「さぁどうぞ、ここのお団子はこの国一番よ」

「……」


 ほどよく焦げ目のついた白玉にツヤっとした茶色のタレ。確かに美味しそうな団子ではある。ある、が……問題はその量だった。お盆にダイレクトに積まれた串の数はザッと見ただけで五十本を超えている。


「あー、本当においしい。この風味がたまんないのよね」

「ゆ、ゆらさま、ゆらさま?」

「ふご?」


 早くも右手に三本、左手に五本掴んだ姫はなぁに? と、振り返った。綺麗な形の唇をタレまみれにして実に幸せそうだ。


「食べるんですか? こんなに」

「団子はいいわよぉー、腹持ちが良いから戦闘訓練の時なんか重宝するの」

「いや、それにしても」


 食べすぎである。ブラックホールのごとく吸いこまれて行く団子を見守りながらニチカは遠慮がちに一本とった。ほお袋に次々と詰め込んでは飲み込む事を繰り返す姫は憤慨したように愚痴を漏らした。


「だからね、ふご、防衛戦の時の非常食に、もご、団子を推奨しようとしてるのよ、あぐあぐ、なのに重臣たちったら反対するんだから!」


 そりゃそうでしょう、団子は日持ちしませんからね。重臣さんたちの心労を思いながらニチカは苦笑するしかなかった。


***


「なんだ、こんなところに居たのか」


 しばらく由良姫と他愛のない話をしていると、聞き慣れた声が通りに響いた。見れば小脇に何かかかえた師匠が呆れたようにこちらを見ている。


「申し訳ありません由良姫、珍獣が粗相をしませんでしたか?」

「誰が珍獣だ!」

「ふふ、お茶の相手をしてもらっていたの。楽しい時間を過ごせたわ」


 立ち上がりかけたニチカは、オズワルドの背後にいる何かに気づいて動きをとめた。山のような荷物の下で何かが潰れている。


「ウルフィ!?」


 我らが四つ足の友人は目を回しながら顔をあげた。ぽや~っとどこか視線の合わないまま弱々しく言う。


「クンクンクン、あれぇーニチカ、なんだかいい匂いがするねぇ」

「ちょっとなんでこんなムリさせてるのよ! 潰れてるじゃない!」


 怒鳴り声に顔をしかめたオズワルドは、ニチカの手から団子を取ると狼の鼻先に持って行った。


「ほら」

「お団子!」


 バクッと食いついたウルフィはみるみる内に目を輝かせていく。げふっと一つ息を吐くと軽々と立ち上がった。


「おいしーっ! あれ? なんだか急に力が湧いてきたよ?」

「朝食も喰わずに飛び出すからだアホめ」


 単なる空腹だったのか、ウルフィはそこらをぴょんぴょん跳ね回り始めた。


「ご主人! あと何を買うんだっけ、まだまだ運べるよ! 午後には発つんだよね?」

「えっ」


 聞いてないと師匠の方を見ると、彼は肩をすくめていた。


「だいたいの資料は頭に入れた。残念だがこの国にはこれ以上手掛かりになるような本はなさそうだ」

「そうなんだ……」


 フェイクラヴァーに関する情報が掴めるかと思ったのだが……少し落胆するが、ん? と、顔を上げる。


「調べてくれたの?」

「お前に任せていたら何年たってもこの国から出られない」

「う、うぅぅーっ」


 ひどい言われようだが、事実な上に協力してくれたこともあり何も言い返せなくなる。ぷいっとそっぽを向く少女に、由良姫はクスクスと笑った。


「またこの国に寄ることがありましたら歓迎いたしますわ。あなた方の旅の幸福をお祈りしております。あ、だんごを包んで持っていって、五十本で足りるかしら?」

「いっ、いえ! 結構です!! 大丈夫です!」


***


 そして昼過ぎ、一行は桜花国を後にした。なんとか十本まで減らさせたみたらしだんごを頬張りながら、やや北寄りに東へと歩いていく。


「あー、いい国だったなぁ~、桜花国。温泉もあったし」

「やけに馴染んでたなお前」

「うん、だって私のいた日本と文化がそっくりでね――」


 他愛もない話をしながら歩いていく。しばらくすると道はすこしずつ険しくなり渓谷に出くわした。谷底はそんなに深くはなく澄んだ川が音をたてて流れている。その光景を横目に歩きながらニチカはこれから先の行方を尋ねた。


「次はどこに向かうの?」

「あては無いがとりあえずこの山を越さない事にはどこにも行けないからな」


 確か桜花国はこの山を境界にして守られていたはずだ。資料室で見た世界地図を頭に思い描き、これからの道のりに肩を落とす。


「うー、山越えかぁ。バテなきゃいいけど」

「落ちるなよ、拾いに行かないからな」

「そこは助けてよ!」


 冗談だと思いたいが、この男の場合本当にそのまま捨て置かれそうで怖い。疑わし気な視線でその背中を見つめていると、こちらを見上げながら歩いていたウルフィがおねだりをしてきた。


「ねーねー、まどーきゅーもう一回見せて! キラキラ光って綺麗だよね!」


 少し笑ってポケットから取り出す。陽に透かすと透過した光が地面に赤い色を描いた。その色を追うようにウルフィがじゃれつくような動きを見せる。チカラを貸してもらえることになって本当によかった。この調子がんばろうと思っていると、蝶の形をしたマナがヒラヒラと魔導球に寄って来ては消えていく。


「マナって蝶の形をしてるのね。意識するとちゃんと見えるんだから不思議」


 炎の精霊に世界を開いてもらってから、実はそこら中にマナが居たことに気づく。普段は見えないが目をこらせばあちこちに居るのだ。

 何気なく呟いた少女の発言がひっかかったのか、振り返ったオズワルドが唐突に尋ねてきた。


「蝶? お前にはそう見えてるのか」

「え、あなたは違うの?」

「マナは受け手によって様々な形に見えるらしい。俺には鳥に見える」

「鳥かぁ。ウルフィは?」


 そう聞くと、相変わらず赤い光を追い続けていた彼は立ち止まりうーんと首を傾げて見せた。


「僕はそこまで力が強くないから、時々ぼんやり光が見える程度だよ」

「へぇぇ」


 大きくて毛むくじゃらなその身体をじっと見てみると、ウルフィの近くに茶色いぼんやりした光が集まっている。同じようにオズワルドを見ると、青い小鳥がその周囲に居る……気がした。


(人によって好かれるマナに違いでもあるのかな?)


 自分の体を見回してみるが、魔導球に惹かれて赤いマナが集まっているだけだった。


 その時、ふいに目の前を金色の蝶が横切った。何のマナか気になったニチカはふらっとそれを追おうとして崖側に寄り、そして


「ひぁ!?」


 急に足元がガラッと崩れ落ちた。


「なっ、馬鹿!」

「ニチカ!」


 男とオオカミの狼狽した顔がすぐに消える。慌てて目の前の地面を掴もうとしたが、掴んだ箇所も虚しく崩れてしまった。


「うわぁぁぁーっ!!」


 自分の絶叫を聞きながら、少女はザパンッと流れの中に落ちた。

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