第327話 命知らずではあっても無謀ではない

「えいっ」

 可愛い声で七海が叩くと、赤い三角頭をした悪魔はきりもみしながら吹っ飛び、コンクリート壁に激突。しばし張り付いた後に力なく落下し動かなくなった。最近はチャラ夫に抜かされたが、レベルは他の追随を許さない上位にある。優しげな見た目とは裏腹に高い戦闘力を有しているのだ。

 だから、悪魔との戦いに少しも心配する必要はないのだが――。

「大丈夫か、あまり危ないことするなよ」

「はい、気を付けます。ですけど、そんなに心配しなくても大丈夫ですから」

「心配なものは心配だから」

 亘は心配すること頻りだった。

 この辺りは神楽に通じるものがあって、一度仲間と認めれば、かなり過保護になってしまう。それこそ自分の身を傷つけ犠牲にしてでも守ろうとするのだ。

 だから、またもや七海に近づく悪魔を見つけると、鼻の頭に皺を寄せ怒りを露わに、ずかずか進んで三角をした頭を鷲掴み。そのままぶん投げる。

 その三角頭の悪魔は砲弾のように飛んで、二階建て雑居ビルのコンクリート壁に激突。血しぶきがあがった後には、染みしか残らなかった。

 偶々それを目撃した講習会参加者の一人が目を剥いている。

 不機嫌な亘は両手を払うように打合せるのだが、人と悪魔が血みどろの闘争を続ける辺りや、さらには周辺を見やって眉を寄せながら訝しんだ。

「おかしいな、どうにも悪魔の動きが変わった気がする」

「そうですよね。あちらでなくて、こちらに来るようになっていますね」

「言われてみればそうだな」

「襲ってくる感じではなくて、むしろ移動する途中で遭遇するような気が――」

 七海の言葉を遮るように、膨大な音が辺り響いた。


◆◆◆


 その存在が出現した瞬間、老人たちは怯んだ。

 大音量と共に雑居ビルが崩壊し、それだけではなくコンクリートやら何やらの建材が噴き上がるように宙を舞っていた。同時に戦っていた悪魔どもが蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。

 だから立ち止まったまま、粉塵の中に姿を現した存在を見つめている。

「何だあれは大きすぎじゃないか」

「大型悪魔は見たが、それでも大型すぎる」

 巨大な何かがいる、鈍色をして長く太い何かが。滑るように動き身をもたげたそれは蛇だった。しかし大きい。長い胴は巨木のようで、幅差のないまま住宅街の中へと長々続き、尾の先は確認できない。

 如何にも毒蛇といった三角形の頭部で炯々とする赤い目だけで、人間と同じぐらいの大きさがありそうだ。まさに大蛇と呼ぶに相応しかろう。勝てるような相手ではなく、控え目に考えても多少のダメージを与えることが出来るかどうか、それどころか戦いになるかすら怪しいところだ。

「はっ! はーっはっはっは!」

 しかし大宮は笑い声をあげた。

「いいだろう、ついに来るべき時が来たってことだ。ありがたいなぁ。この死に損ないに相応しい最後の大一番。活躍の場ってことだ」

「ちょっと、それは流石にアレは無理ですよ。逃げませんと」

「真面目な話、簡単に逃げられる相手ではないだろ。誰かが囮になる必要がある」

「それは……」

「木屋君よ、逃げるんだ。お前には家族がいるだろう。だが、俺にはもう何もない。あいつの注意を引いてやる。それこそが俺の役目!」

 言って大宮は、木屋を後ろに追いやる。悪魔ですら逃げ去った大蛇に対し、しっかりと武器を構えてみせた。

 同様の動きは、老人たちの間でもあった。

 武器を手に前に足を踏み出すと、大宮に追いやられた木屋を掴んで同じく後ろに送る。その途中で、やはり簀戸も同じく腕を掴まれ後ろにやられていた。

 簀戸は淡々とした態度に不満をみせ、即座に皆の元に戻った。

「待って下さい。僕も戦います」

 だが、直ぐにまた押し戻される。

 珍しくも強い感情をみせ、軽く暴れるようにして抗っている。だがしかし、同じように戻ろうとした木屋諸共に突き飛ばされ、尻餅をついてしまった。

 そんな簀戸に老人は文字通り上から目線で鼻を鳴らす。

「ふん、ふざけた寝言を抜かすな。お前なんぞ、居て貰っては困る」

「っ!」

「お前さんはまだ若い。少なくとも俺らと同じ歳まで生きろ。それから言え」

「えっ?」

「若い者を生かす、年寄りが命を捨てる理由としては十分だろう」

「皆さん……」

 簀戸は虚を突かれ言葉を失った。

 戸惑いの中で自分の行動を決めかね、やがて決意と共に己の行動を決め――。

「はいはい皆さん、戦う必要はないので後ろに下がってください」

 志緒は両手を叩きながら言った。

 まるで子供たちを宥めて誘導するぐらいの態度で、目の前で行われる皆の決意とか逡巡とか苦渋とか、そうしたものを全部台無しにしている。

 しかもヒヨは楽しげな――何かを楽しみにする子供のような――笑顔だ。

「志緒さんの言う通りなんです。そこ危ないですから、こっちに移動しましょうね」

「言い争ってる時間はない。嬢ちゃんたちも逃げてくれ――」

「あのですね。問題ないのですよ、はい。どうして私たち講師が一緒に来ていると思いますか。こうしたトラブルに対応するためなんですよ」

 ヒヨは人差し指を立て、如何にも説明するような態度だ。

「嬢ちゃんが、あれを倒すのか!」

「いえ無理ですね。私では手が出ませんよ。あれは、さぞかし名のある主と見受けられますから。私が戦っても勝てない自信があります」

「おいおい」

「でも大丈ー夫なんです! 戦った場合なんですから」

 得意そうなヒヨ。

 それは小さな子供が、自分だけが知っている凄いことを内緒にしている態度だ。喋りたくてウズウズして、しかし内緒にしていて驚かせたい。

 この状況に相応しくない態度に、大宮たちは顔を見あわせ困惑するしかなかった。

 だから大蛇から注意が逸れている。

 大蛇の動きに対し反応が遅れてしまい、長く太い胴をくねらせ物凄い勢いで突っ込んでくるものを、目を見開き見つめてしまう。

 家屋に突っ込めば窓硝子が粉々となって、そこから粉塵が勢い良く噴きだし、次の瞬間に建物そのものが弾けるように破壊される。植栽の木々はマッチ棒より脆くへし折られ、電柱も同様で引き千切られた電線が断末魔のように虚しく宙を舞う。

 触れれば轢かれて一瞬で終わるそれを、ただ呆然と見つめ――。

「!?」

 唐突に大蛇に炎が飛来し爆発する。

 さらに尾を何本も持つ大狐が突っ込んできて戦いを始めだす。

 こうなると大宮たち全員は、大慌てで安全圏まで走って避難しだす。この辺りの判断能力は流石であって、命知らずではあっても無謀ではないということだ。

 

◆◆◆


 空から何かが降ってくる、そう判断するやいなや、亘は瞬時に七海を抱きかかえ跳んだ。直後に背後に轟音、風圧を受ける。衝撃を受けた地面から飛んでくる土砂から七海を庇う。

「危ないな……」

 一瞬前まで立っていた場所に突き立つコンクリートの塊。

 向こうに出現した巨大な蛇が跳ね飛ばした建材が、運悪くもここまで飛んで来たのだ。当たっていれば怪我――普通なら死んでいるが――をしていたに違いない。

「さて、どうするか」

 呟く亘が考えるのは、どうやって逃げるかだ。

 肌にビリビリくる感覚からして、出現した大蛇が尋常ならざる相手と感じていた。間違いなく強く、全力で挑まねばいけないだろう。それだけにDPたっぷりに違いないが、しかし今は状況が悪い。

 下手に戦って講習会参加者から犠牲が出ようものなら、間違いなく上層部から叱責されるに違いない。

 亘の思考はどこまでも小市民的で、事なかれ主義で、保身のため面倒を避けたいとしか考えていなかった。自分を組織という枠に嵌め込もうとして一生懸命でさえある。長年染み込んだ下っ端根性もあるが、子供の頃からひたすら目立たず誰からも注目されず期待されずにいたことも影響しているだろう。

 だが、それとは別に。

 サキが目をまん丸に口を大きく開けている。これは蛇に驚いたとかではなく、全く別の理由だった。飛来したコンクリート塊の激突の風圧が、髪に挿してあった白い花を吹き飛ばしたせいだ。

 花は飛んで落ちて、とどめのように降ってきた土砂に潰された。

「ぎゃおおおおおんっ!」

 サキは今まで聞いたことのないような叫びをあげ、獣のように四つん這いで突進。獣の耳と幾本もの尾を現すと、豪火球としか言えない炎を放ち攻撃する。命中した炎が大蛇の鱗の上で爆発的に広がった。

 だが、炎は直ぐに霧散。

 現れた姿には、あまりダメージを受けた様子はない。

 大蛇は滑るように動き、大きな口を開けサキへと突っ込む。これを回避し跳び上がった姿が揺らめくと、空中で大狐へと変じ爪を振るって大蛇へと攻撃をしかけた。巨体同士が激しく激突し、辺りの構造物を押し潰し破壊する。

 斯くして、否応なしに戦いは始まった。

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