第300話 痛かったら泣いてもいいから

 光り輝く球がビルの外壁に命中すると、轟音と共に黒煙と炎があがった。舞い散る硝子が陽光に煌めき、建材の破片や紙吹雪と共に落下していく。

 ビルの中から翼を持った人影が次々と飛びだすが、その瞬間を狙った光の球の爆発に何体かが巻き込まれ落下していく。残りは探し当てた攻撃元へと一斉に群れをなして飛翔しだした。多数の羽音と叫び声が混ざり合い、ざわざわとそうがましい。

「来た来た、今日の群れは大きいぞ」

「喜んで言ってる場合じゃないでしょ。危ないから早く隠れてよ」

「確かにそうだな。調子にのって油断するのはいかんな」

「いつもそーだもんね」

「うるさいな。よし、ちゃんと見つかっているな」

 亘はテングの動きを確認すると、素早く地下道入り口へと駆け込んだ。

 最近は顛末書の催促を無視し、せっせとテング退治の日々である。

 頑なに車を使用することを拒み、これ見よがしに徒歩で出かけ、それから大きな狐となったサキに跨がって移動。キセノンヒルズの見える場所で戦闘するのが日課となっていた。

 電力停止で暗闇となっているはずの地下道は、しかし陰々とした火の玉たちによって照らし出され幽玄な雰囲気に満たされている。獣の耳と尾を現したサキが両手を挙げ跳びはね合図をする場所へと駆け寄った。

「もうすぐ来るが、準備はいいか」

「んっ、どぞ」

「マスター急いで、いっぱい来たよ」

 ざわめきと共にテングの群れが地下道へと、滑るように入り込み飛翔しながら一直線に向かってくる。この一本道の逃げることも隠れることも出来ない状態で、しかし亘はほくそ笑みサキの掲げた箱に手を突っ込み多数の玉を掴み取った。なだれ込んだテングが攻撃に移る、まさにその瞬間――。

「やれ」

 辺りを照らす灯りが消えれば、地下道という空間は真っ暗となってしまう。階段から差し込む地上の光はあるが、しかし明るさになれていたテングたちは突然の暗闇に混乱しきり、耳障りな動揺の声をあげた。


 混乱したテングたちが暗闇に慣れる前に、亘は手にしたパチンコ玉を投げつけた。さらに手を下ろした場所へと、的確に箱を差し出すサキとのコンビネーションで、闇の中でも間違えることなく次を掴んで投げつける。

 さらに神楽は自らの探知能力を活かし威力を絞った光球を散発的に放つ。

 闇の中に光の筋と閃光と小爆発が連続、その度に鳥とも人ともつかぬ悲鳴があがる。

 しばらくして――。

「はい、なのさー。これなら大丈夫だってボク思うよ」

「分かった。それなら明るくしてくれるか」

「うい」

「ありがとう」

 朧気な火が再び灯る。

 照らし出された地下道は惨憺たる状態を呈し、通路の床に何体もののテングたちが倒れ伏し苦悶の声をあげ、壁や天井には弾痕のような痕が穿たれていた。満足げな亘に神楽とサキも喜び、まだ息のあるテングを手分けしながら仕留めていった。

「素晴らしい効率だ、苦労して準備した甲斐があった。まさに悪魔的発想……ふふふっ」

 この地下道に目を付け、安全確保のため中に巣くっていた悪魔を念入りに掃討。それから他の出入り口を塞ぎ他の悪魔が入らないようにする。そうして作り上げた空間にテングたちを誘い込み、行動範囲を制限した状態で暗闇をつくりだし一方的に攻撃する。

「ようこそ殺し間へ、って感じだよな。素晴らしい。実に素晴らしい」

「マスターってば変な顔してる」

「うるさい。なんで普通に喜んでるのに変なことを言う、失礼な奴だな」

「ごめんね、ちょっとどこじゃなく変な顔に見えたからさ。でもさ、ナナちゃんとかの前ではやらない方がいいって思うよ。うん、本当に心底」

「……もういい。今日は神楽と一緒に寝ない」

「あっ、マスターが拗ねちゃった」

 神楽は口元を押さえケラケラ笑っている。

 それで余計に拗ねた亘は、階段を駆けあがり一足先に地下道から出た。半分ぐらいは照れ隠しであり、どうせしばらくすれば機嫌を直すので誰も心配はしていない。


 薄暗い地下から出ると、地上は青空の眩しさに包まれている。燦々と降り注ぐ日の光に照らし出された世界は色彩が強く激しく、思わず手で眼を庇ってしまうほどだ。

 しかし、そのとき神楽の切羽詰まった声が追いかけて来た。

「マスター! 上っ!」

「なに!?」

 亘は振り仰ごうとして日の光を一瞬だが直視してしまった。

 眩んだ目の中に素早く動く黒い影を感じ取り、ほぼ反射的に横に動き回避してみせたのは、これまで培ってきた戦闘経験のおかげだろう。だが、それでも衝撃と共に鋭い灼熱を側頭部に感じた。

「ぐっ!」

 蹌踉めき膝を突き、辛うじて回復した視界でテングの一体に襲われたのだと確認した。どうやら一体だけ地下道に入らなかったらしい。どこの世にも他と違う行動する輩はいるが、このテングもそれらしい。

 鼓動に合わせひりつく側頭部に手をやれば、ぬるりとした感触だ。手の平が真っ赤に染まり、かなり出血していると気付くと途端に痛みが襲ってきた。

「マスターっ!?」

「大丈夫だ、この程度なら浅手だ。少し痛いが問題ない。痛いけど戦いってのはこういうものだ、ひりつくような痛みと危機感。互いに傷つけあって油断をしてはいけない。そうだよ、こういうものだよ」

「なに言ってんのさ、もうっ! 『治癒』だよ」

「そのままでも良かったのに」

「気を付けて、まだ襲ってくる感じだからさ」

「執念深いテングだ」

 亘はぼやきながら空中に目をやり、自分を襲ったテングを確認した。

 ビルの外壁や看板などを蹴っては変化自在に飛び回り、縦横無尽の動きは眼で追うだけで精一杯なぐらいだ。こうも自由に動き回られると対応し難く倒す事は容易ではない。だからこそ地下道の狭い空間に誘い込み倒していたのだ。

 空中から墜ちるように道路へと迫り、そこから直角に近い軌道変更。神楽が迎撃に放った光球を回転しながら避ける素晴らしい動きをみせ、テングは速度を落とさず突き進んで来る。

「あ、それ」

 亘は手にしてものを投げた。

 テングは墜落した。

 ごろごろと地面を転がりながら亘たちの横を通り過ぎ、ガードレールに激突したテングは黄色いものに包まれている。すかさずサキが突撃するが、どうやら自分の主を傷つけられ怒りきっているらしく、羽をむしり腕をへし折るなど最期まで必要以上に嬲っていた。


「やれやれ使わずに終わるかと思ったが、役に立って良かったよ」

 その黄色いものは、ゴミ捨て場から拝借してきたネットであった。それを投網のようにして投げつけ、空中にあったテングを絡め取ったのである。

 そして神楽はもう亘に張り付かんばかりだ。

 残った血に汚れるのも構わず、傷を負った辺りを確認するように触りまくる。

「ほんと大丈夫? どこも痛くない? 痛かったら泣いてもいいからね。もいっかい回復しよっか、ううん回復しておくからさ『治癒』。これでどう? 気分とか悪くないよね、どっか何か変な感じだったらボクに言ってね」

「なあ神楽や」

「やっぱりどこか調子悪いの!?」

「少し静かにしてくれ」

「……なにさ!」

 ふて腐れた神楽は亘の頭を蹴飛ばした。

「どうして蹴るんだ、ちょっと言っただけじゃないか」

「ボクがとっても心配してるのに失礼だもん」

「心配なんて必要ないだろ。神楽の魔法を使えば、問題なく治るのは当然だからな」

「ほんっとマスターってば、そーゆーとこがダメなんだから。ボクもう知らない。今日はもうマスターと一緒に寝たげないから」

 神楽はそっぽを向いてしまった。

 どうやら拗ねてしまったらしい。

 だが、どうせ大したことではない。放っておけば――亘と同じく――寂しくなって仲直りをしてしまうのだから。

「あそこまで辿り着くのはまだまだ難しいな。しばらくはDP稼ぎだな。それはそれとして、どうしたものかな……」

 亘は遠くに佇むキセノンヒルズを見やり呟いた。

 ただしその悩みは見ているものではく、もっと別のことである。

 怪我は神楽のお陰で治りはしたが、しかし流れた血の跡は消えない。すると本部に戻ったときに、一つの問題が生じてしまう。それが何かと言えば、怪我したことが七海にばれてしまうのである。

 そうなると七海は悲しそうな顔をしてしまう。

 亘がどこかに出かけ悪魔退治をしても別に止めはしないが、しかし怪我をして戻ると本当に心配をして悲しそうにするのだ。

 心配させたくない相手に心配させてしまう。さらに、これまで他人から心配される経験が殆どない亘としては、どう反応していいのか分からず困ってしまうのだ。

「ばれないように、戻ったら証拠隠滅をしないとな」

 腕組みしながら頷く亘に再び黒い影が襲い掛かった。敵ではないが、それ以上に厄介な血を狙うサキだ。すっかり血の味を覚えてしまったらしい。

「やめろって、くすぐったい。やめろ耳を舐めるな」

「好き」

「耳を噛むなって。何だか様子がおかしくないか?」

「好き好き」

「やめろ、なんで服を脱がそうとするんだ!? 神楽、サキの様子が変だぞ。止めるのを手伝ってくれって、なあ神楽ってば。神楽さん!?」

 亘とサキがじゃれ合うような格闘が繰り広げ、神楽はそちらをちらりと見やったものの静観するばかりだ。しかも小さくもない胸の下で腕を組むと、そっぽを向いてしまう。

 どうやら、いつもより多めに拗ねているようだ。

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