第十六章

第223話 これからどうするか

 お高いホテルの一室にて朝を迎える。

 微睡む亘を現実へ引き戻した時告げ鳥は、メールの着信音であった。しかし起きるつもりはない。なにせ数日前から激動で、すっかり疲れた気分である。

 ぼんやりと思い出すのだが……デートに始まり死にかけ、神様に面会し、その後は神威に打たれ、名刀の数々を鑑賞。あと、ついでに戦闘もした。これで疲労しない方がおかしいだろう。

 それでも着信音はひっきりなしに鳴り響き、我が眠りを妨げる者に災いあれといった気分だ。

「すいません。私のメールですね。ちょっと確認します」

 その声に、はっ! と目を覚まし昨夜のことを思い出した。

 七海と夕食をする最中、悪魔出没のニュース速報が流れDP飽和が発生したと知った。とはいえ、それで即座に何かが出来たわけではない。

 急いで戻ろうとすれば既に交通機関は軒並み停止。

 それに気付いた亘の行動は素早く、付近のホテルに宿を確保しに走った。しっかり睡眠が必要で休みたかったからだ。とはいえ既に大半のホテルは満室。なんとか確保できたのが、ここ高級ホテルの高い部屋だった。

 もちろん七海とは同室。妙な気を利かせた神楽とサキが――意味深な笑いを浮かべ――スマホの中に引っ込んだものの、結局は疲労に負け寝てしまい朝になったというわけだ。。

 七海が手に取るまでの間も、スマホはひっきりなしに鳴り続ける

 立て続けにメールが着信しているようで、亘も表情を引き締めた。行儀悪くベッドの上に胡座をかいて座り込んだ。

 実を言えばキセノン社は何故か不通で連絡が取れていない。一方でNATSとアマテラス関係から鬼のように着信が入ったものの、明らかに面倒事――世界の危機だから協力しろといった話を持って来るに違いない――の予感がしたので着信拒否している。

 代わりに七海に連絡が入ったようだが……そこから何も伝わって来ない。

「凄い数のメールが来てますよ」

 スマホを手にした七海は、ベッドの端にそっと座った。気遣わしげにスマホを操作している。ホテル備え付けのパジャマは薄手。露わになった七海のうなじを見やり、亘はその肌つやの良さに見とれた。

 同じ部屋に泊まったという事は、七海もある程度の覚悟や了承があるという事かも知れなくて。そもそも、今の亘には一線を踏み越える資格がある。

 けれど自制する。

 一生懸命スマホを確認することは邪魔すべきでないし、相手の気持ちを無視した行動はしてはいけないと思うのだ。よって、僅かに首を伸ばし身体を傾け、斜め後方から七海の胸元を眺めるだけで我慢する。

 きっと神楽が見たら、あまりの情けなさに泣き崩れたに違いない。

「ええっと……えっ!? ……これも、これも。そんな……」

「どうした? 急いで帰る必要があるなら準備しないとな」

「うちの近所や学校とか、そこで悪魔が出没したって。気を付けてって。どれもそんな内容ばっかりです」

「……情報の信憑性は? 幾ら何でも早すぎないか」

 災害時――厳密には違うが、そうと言える状況だろう――には何かとデマや誤情報が錯綜する。豪雨災害で山が崩れたと通報があったとして、現地確認に駆けつけると小石が数個落ちただけという事もよくあるのだ。

「それはないと思います。学校以外に所属事務所からもメールが来ていますから。エルちゃんから連絡がありましたけど、悪魔が出たので家族と一緒に避難所へ向かうそうです」

「さよか……」

 亘の表情が一気に引き締まった。思っていたよりも大事の気配だ。NATSやアマテラスに連絡を取るべきなのだろうが、今更というのも着信拒否していただけにばつが悪い。

「神楽もサキも出てこい」

 軽く呼びかけると亘のスマホから光の粒子が飛び出した。通常であれば操作をせねばならないが、亘の場合は専用ソフトを起動させずとも声をかけるだけで――下手をすると勝手に――己が使役する悪魔を喚び出すことができるのだ。

 白い小袖に緋色のスカート姿をした小さな少女が現れ、背の羽を煌めかせ舞い上がると亘の頭に着地した。何が嬉しいのか、元気の良さを感じさせる可愛らしい顔をニヤニヤとさせている。

「どしたのさ。ひゅーひゅー、マスターの色男」

 続いてスマホから現れるのは、黄金色した長い髪の少女。ベッドの上に上品ぶって着地するが、そこに座り込む亘とさして変わらぬ身の丈である。素晴らしく整った顔立ちの中で緋色の瞳が映え、白いワンピース姿は上品なお嬢様にも見える。

 亘の背中にぺちょりと張り付き、頬ずりをしたり歯をたててみたりしだす。

「んっ? 頑張ったか?」

「お前らは何を言っている」

「えっ、マスターこそ何を言ってるのさ。ねえナナちゃん、マスターの子供できた? いつ何体産まれるのさ」

 どうやらナニかを完全に勘違いしているらしい。

 顔を見合わせた亘と七海は顔を赤らめ下を向く。それでけで神楽とサキは察したらしく、露骨に呆れ肩を落とした。

「ああ、やっぱし……これだからマスターは駄目なんだよね。何やってんのさ、がつんといかなきゃ。がつんと!」

「ヘタレ」

「ボクさ、昨夜はお楽しみでしたねって言いたかったのに」

 亘は額に手をやり頭を振った。まるで近所のお節介なおばちゃんと話している気分だ。こうムードや雰囲気というものを踏み倒して騒いでいる。

「今は大事な状況だぞ。DP飽和だぞ」

「ふーん、あっそ。そだけどさ、それがどしたのさ」

「……言われてみると、そうだけどな。とにかく状況確認しないとな」

「状況。うん、異界よりはDPが薄いけどさ、そんだけだね。後はその辺りに悪魔が何体か――あっ!」

 神楽は何かに気付いて声をあげた。その顔が見る間に喜色を帯びていく。

「よく考えたらさ、ボクも普通にマスターの側にいていいんだよ。そだよ、そなんだよ。やったね万歳だね!」

「あのな、そういう問題じゃなくて今は大変な時なんだぞ。分かってるのか?」

 そう叱る亘であったが、実を言えば本人もどこまで大変な事が起きているかは理解していないし、真剣にも考えていなかったりする。


◆◆◆


 七海のスマホに届いた安否を気遣うメッセージは、優に百通を越えていた。それでもまだ着信を告げる電子音が鳴り続け、その交友関係の広さが分かろうものだ。

 亘のスマホに届いたメッセージは、三通だけ。チャラ夫とエルムから無事を知らせるものと、後は非常時に職場から自動配信される安否確認のメールだけだった。後は静かなもので、その交友関係の狭さが分かろうものだ。

「…………」

 なんとなく恥ずかしく、場を取り繕うように母親へと電話をかける。回線は混雑しているはずだが、キセノン社特製のDP回線を使用するおかげか、すんなりと通信は繋がった。

「ああ母さんか。ニュース見た? ……うん、そうらしい。こっちは大丈夫。それよりそっちは……うん、うん。え? 七海を……それなら一緒にいるから大丈夫……なんで一緒かって、なんでだっていいだろ……あー、とにかく大丈夫だから。そりゃ守るさ、なにがあってもな」

 話しながらチラッと見ると、名前の出た七海が顔を上げた。電話の内容を耳にしたらしく、それはそれは嬉しそうに微笑んでいる。可愛すぎて目が合わせられなくなって、亘は天井を見上げるしかなかった。

「それより避難はしなくていいから。家にいる方が安全だから……うん。だだし、何かあったら山のお宮に逃げてくれ……いやいや、冗談じゃなくて本気。そこに知り合いがいるから……うん、本当だから。絶対大丈夫だから。それじゃあ」

 電話を終えて顔をあげると、やはり七海がジッと見つめてきていた。その顔は、一生懸命に笑顔を堪えているようなものだ。

「あの、五条さんのお母さんは私のことをなんて?」

「はははっ、自分は良いから七海のことを第一にしろって。何を当たり前のこと言ってんだかな」

 その言葉にたちまち七海は嬉し恥ずかしの顔だ。代わりに神楽は周りを飛び回り、サキも踊るように跳ねてみせる。

「あははっ。マスターもナナちゃんも、お熱いね」

「熱い」

 亘は無言で手を伸ばした。

 神楽には逃げられてしまうが、キヒヒッと笑っていたサキの頭を鷲づかみにする事は成功した。そのままキューキュー鳴くのも構わず吊り下げお仕置きをする。

「さて、これからどうするかだな。七海のお母さんは大丈夫なんだろな」

「家の方は大丈夫です。連絡がとれましたけど、イツキちゃんと一緒に動いてエルちゃんと合流するそうです」

「そうか。あいつら一緒なら安心だよな」

 エルムとイツキが揃えば並の悪魔など問題ないし、仮に異界の主と同等の悪魔が出現したとしても大丈夫だろう。

「さて、これからどうするかだが――」

「あのですね、サキちゃんが動いてませんけど大丈夫ですか?」

「うん? ああ大丈夫だろ」

 ぶらーんと力の抜けたサキをベッドの上に放り出し、亘はこれからどうするか悩みだした。どこまでも、のんびりとしており世界の大事など気にもしていない。

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