閑45話 一般的な契約者の状況
ただし、出席日数と成績は留年ぎりぎりの辺りになる。
一年目の途中ぐらいまでは真面目に学んでいたが、急に自由度の高い大学生活になった事で徐々にサボり癖がついてしまったのだ。それで親には大学から成績と出席率が通知され、罰として小遣いが減らされたのだが……奉にとっては何の問題もなかった。
なぜならば、デーモンルーラーというアプリのおかげだ。
これを使い悪魔を召喚し異界という場所に行くだけでデイリーミッションとしてDPというポイントが得られる。異界の悪魔を倒せばさらに貰える。このDPを換金しさえすれば小遣い程度は充分に稼げるのであった。
しかし、何も考えていないわけではない。
このDPによる儲けを将来的にはビジネスモデルとして起業しようと思っているのだ。だから異界で知り合った者と交渉説得し、チームを組んで活動をするようになっていた。
その日が訪れたのは、日課の異界探索を終えた時であった。溜まり場となった奉のアパートに戻ると、後からやって来た仲間が告げる。
「奉社長。なんか異界じゃないのに、外に悪魔が出てるよ」
「まーた冗談きついよ」
「でもテレビでも言ってるし、さっき自販機の横で一匹倒してきた」
ネットで確認すれば、既に悪魔出現でお祭り状態。テレビを点ければ、警官と悪魔が戦うシーンが現れ、ヘルメット姿の中継レポーターが興奮した声で現場中継をしていた。
「うむむむっ」
奉は大袈裟な仕草で腕を組み、わざとらしく唸りをあげた。
「分かった! これは、説明会であったDP飽和という現象に違いない」
「えっ、本当に……どうしよ。やばいよ、やばい」
一人が声をあげると、他の者もざわつく。
奉のアパートには十人近い仲間が集まるため騒々しいぐらいだ。管理会社からは騒がないようにと再三の注意を受けていたが、奉も含め誰も気にはしていなかった。
「諸君、これはビジネスチャンスだ」
奉は立ち上がり宣言した。
二十歳かそこらの者が言うには失笑もののセリフだが、とりあえず部屋にいる十代前半から中頃までの少年少女は大真面目に注目している。大半が帰っても親が仕事で居なかったり、喧嘩して家を出たりした者ばかりだ。
「我がインフィニティ・ライジング社は悪魔を狩ってDPを得るだけではない。最終的には個人や企業、さらには行政から依頼を受け護衛や警備を行うビジネスを展開したいと思う」
その発想はなかったと、皆がざわつく中で奉は続ける。
「まずは付近の悪魔を無償で倒し、地域に貢献しつつ我々の認知度を上げる。同時に戦力確保のため、全員のレベルを二十以上とする目的を掲げたい」
「「「おおおっ!」」」
「これからは我々の時代だ!」
奉は両手を広げ宣言をした。社員となる少年少女一同は声をあげ拍手をし、両隣の住人は壁を蹴って祝福してくれた。
◆◆◆
夜明けを待って、奉は行動を開始した。どう行動するかは、夕べの内に考えてある。アパートの駐車場で、車止めのコンクリートの上に立ち仲間に指示を飛ばす。
「全員整列、点呼!」
見れば確認出来る人数だが、奉はお約束を大事にする。アパートの大家が不審げな目で様子を窺っているようだが、とりあえず気にしないでおく。
「奉社長、全員揃ってます」
「よし。それでは、ここを拠点として悪魔駆除を開始する。我が社は社員の安全を第一に考えるので、行動は常にスリーマンセルを基本とする」
「奉社長、スリーマンセルってなに?」
「あれ、アニメとか見ない? ほら忍者がスリーマンセルしてるでしょ。まあ三人一組って事なんだけど。それはそれとして――」
言って奉は自分のスマホを取り出し掲げてみせた。
「いよいよ行動を開始する。全員召喚! ――来い、テッソ!」
画面の僅か上に魔方陣が浮き上がり、そこから光の粒子が流れだせば鼠の顔をした小柄な人型が現れた。赤い目、突き出た前歯。身体は灰色をした毛に覆われ、手足の指は三本ずつ。後ろには細い鞭のような尾がある。
仲間たちも自分の悪魔を呼び出す。牛鬼や虎人、ボーパルバニーにナーガ、ラミアにユニコーンなどと伝説上の存在が、平凡なアパートの駐車場に出現した。
大家が悲鳴と共に逃げ出していく。素人には刺激が強すぎたらしい。
「では悪魔退治を開始する!」
奉たちは、悪魔を引き連れ地道な活動を開始した。
「テッソ、体当たりで弾き飛ばせ」
奉の指示で鉄鼠が突撃し、倒れた人に馬乗りとなっていたコボルトを吹っ飛ばした。怪我人の治療は仲間に任せ、塀に激突したコボルトに視線を向ける。
「奉社長、コボルトなら問題ないです。私がやります」
「分かった。周りの警戒は任せてくれ」
「ウサウサ食い付いちゃえ!」
「それエグイんだけど……」
洋服を着た兎の口が四つに裂け、大きく開き――まるでクリオネの食事のように――コボルトの頭を押さえ付け中身を吸い出す。かなり衝撃的な光景で、奉は目を背けた。なお、怪我人は治癒も終わらぬうちに、悲鳴をあげ逃げだしたほどだ。
口を閉ざした兎は哀しそうな仕草でメソメソ泣いている。可哀想にと慰めるのは、その使役者の少女だけで奉ともう一人の少年は言葉を濁すばかりだ。
「えーと、とりあえず昼だし戻ろうか」
「そうですね、買い出しを頼んだチームが何か買えてるといいですけど」
「駄目だった場合も考えておかないとな。ああ、社長業も大変だ」
「やあ僕は係長で良かった」
呑気に話しつつ、奉はアパート駐車場に戻った。
予定してあったとおり、仲間が次々と戻って来るが全員無事であった。報告をまとめれば百人以上の人を救い、その倍以上の悪魔を倒した事が判明。初日の午前中としては、上々の成果だ。
周辺警備も兼ね駐車場に座り込み、入手出来たカップ麺をすすり昼食とする。使役する悪魔を椅子や背もたれ代わりとして、のんびりとした雰囲気だ。
「でも、奉社長。助けても全然感謝されないんだよね」
「そうだよね、逃げられるとか悲鳴をあげられるとかで。なんか嫌な感じ」
「普通だったら助けて貰ったら、お礼ぐらい言うのに」
「最近の大人はなってない」
口々に不満が出る。
奉も同じ気分ではあったが、社長として部下の士気低下を防がねばならない。少しも気にしてない様子をみせ、笑ってさえ見せた。それぐらいは会社のトップとしては当然だと思っている。
「諸君、いいかね。我々は感謝されたくてやっているわけではない。これはビジネスだ。まずは、我々の存在を知って貰う事が大事なんだ。いずれ、この苦労が――」
熱弁を振るっている最中であった、駐車場に黒と紺の一団が突入してきたのは。驚きのあまり、奉だけでなく全員がカップ麺を引っ繰り返し中身をぶちまけてしまった。
わっと押し寄せるのは紺色の服に黒の防具を身に付けた集団。
「全員そこを動くな!」
白文字でPOLICEとある透明なシールドを構え周囲を取り囲む。殺気すら感じる険しい目付きで睨み付け、銃器などを向けてくる。
それは、映画やドラマでしか見た事のない機動隊だった。
奉たちが動揺し怯えれば、それを守ろうと悪魔たちが相手を威嚇しだす。警戒した機動隊が構えを強め、もはや一触即発の雰囲気だ。
「はいはい、そこまで。全員落ち着きなさい。まず銃を下ろして、彼らに敵意はないわ。そちらの君たちも自分の悪魔を大人しくさせて頂戴。人間同士で争う場合じゃないのよ」
ハキハキとした声が響き、警備隊の間から赤いスーツの女性が現れた。まるでドラマに出てくるヒロインのように颯爽とした振る舞いだ。
奉は仲間を後ろに下がらせ、しっかりと頷いた。自分は社長なのだからと、気後れしそうな心を必死に奮い立たせている。
「お姉さんは?」
そう呼ばれると、相手の女性は何故か嬉しそうな笑顔だ。
「私はNATSという悪魔対策組織の一員で、今は機動隊に協力しているのよ。まずは確認させて頂戴、あなたたち全員がデーモンルーラー使いでいいわね」
「はいそうですけど」
「なるほどね。実はここで悪魔が暴れていると、または悪魔を連れて暴れる子供たちがいると。そんな通報が多数寄せられたのよ」
「ぶえっ!」
予想外の言葉に奉は心底驚いた。
自分たちの活動がそのように思われているなど、全く思いもしていなかった事だった。機動隊員が身を強ばらせ緊張した様子にさえ気付かない程、ショックを受けてしまう。
「違いますよ、僕らは人助けをしてただけなのに……」
「なるほど立派な心がけね。でも状況を考えるべきだったわね」
「え?」
「悪魔が世間に出現し人を襲っているのよ。そんな時に悪魔を使っていたら、どう思われるかしら」
「でも、僕らはデーモンルーラーを使っているだけで」
「その存在を知る人は限られているわ。いいこと、実際に何人ものデーモンルーラー使いが一般人から集団で暴行を受け重傷よ。ほら、あなたたちも周りをよく見てみなさい」
女性の言葉に奉と仲間たちは周囲に目をやった。
建物の中から隙間や物陰、生け垣や塀の向こうに人々の姿がある。その眼差しには不安と恐怖と敵意が存在し、手には棒や庖丁に石やレンガなど凶器となりうる物が握られていた。
今更ながら気付き、ぞっとなる。
「ある程度で固まっていて正解だったわね。でなければ、今頃どうなっていたか分からないわよ。一般的な契約者の状況はそんなものよ」
「一般的な?」
「なんでもないわ、世の中にはね、
遠い目をした女性であったが、すぐにキリッとした顔になる。
「とにかく国の方でもデーモンルーラー使いについて公表し、味方となる悪魔の存在について周知するつもりよ。ただし、差別や偏見が無くなるには時間がかかるでしょうね」
「そんな……」
「だから、それまでは我々の保護下に入って貰るのはどうかしら」
「刑務所とかに閉じ込められるって事です?」
奉の言葉に、その仲間たちは不安そうに顔を見合わせた。
しかし女性は優しく笑う。
「心配しないで。ほら、私も」
その女性は優しく微笑むと、スマホを取り出し操作。赤と青の線が浮かぶ透明なスライムを呼び出してみせた。同じデーモンルーラー使いであると分かり、奉たちは少し安堵する。
「悪いけれど我々に力を貸して欲しいのよ。世の中がこんな状態でしょ。だから国としては戦える力が少しでも欲しいのよ」
「でも……」
「みなし公務員という形で給与も出るわよ」
起業するつもりの奉からすれば、ありがたくない気分だ。だが、待てよと気持ちを切り替える。まずは公務員として活動、そこから実績と人脈を形成していくのもありかもしれない。
そうと決めれば、奉の行動は素早い。
「諸君、この提案を受けるべきだと思う。まずは身の安全と食糧の確保を優先として――」
演説めいた口調を聞き、機動隊の何人かは何とも言えない顔をした。それが居たたまれない様子であるのは、各人に思い出したくない黒っぽい歴史があるからかもしれない。
奉にも身もだえして過去を忘れたがる日が来るかもしれぬが、それも全てはこの混乱を生き延びてこそだろう。そして彼は仲間共々、NATSの指揮下に入った。
ささやかではあるが、この混乱した状況で人類も少しずつ対策を取りつつある。
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