閑33話 獲物を祝うダンスのよう
ディスカウント系ショッピングセンター。
最近は、ここで一週間分の買い物をしている。前はもう少し高い店に行っていたのだが、経済的理由でここになった。なにせ大食らいが二人も存在するのだ。
品は案外と悪いものではなく、商品の回転が早いせいか鮮度も良い。アパートから少し遠いが、どうせ車で移動するので距離は関係なかった。
「おっ買い物、おっ買い物」
白のワンピース姿にポシェットを提げたサキが機嫌良く口ずさむ。リズムに合わせ金色の髪がサラサラと揺れ、少なくとも見た目は天使のような姿だ。
車を降りた亘はドアロックする間にも、サキにグイグイ手を引かれてしまう。
「お買い物」
「行きたい場所があるんだろ。ほら、好きに見てくるといい」
「んっ、分かった」
サキは店の中へとスキップするように駆け込んでいった。行く場所は分かっている。普通の子供であればお菓子コーナーだが、サキの場合はそうではない。もっと別だ。
「さて、買いますかね」
亘は苦笑しながらショッピングカートにカゴを載せ歩きだした。
入口付近の青果売り場から、鮮魚売り場、精肉コーナーまで順番に回っていき必要なものをカートへと放り込んでいった。
だが、苛々する。
青果売り場では、痛みやすい果物をお手玉のようにして重さを確認する男の姿があり、少しでも大きく形の良いものを必死に探し野菜を選り分ける女の姿がある。
鮮魚売り場に行けば、パックされた魚を指で押す老人。
精肉売り場に行けば、試食が貰えなかったと泣く子供。
とっても苛立ってしまうのだ。さっさと帰るべく、サキのいるであろう場所へと向かう。
「……やっぱりな」
お揚げコーナーでサキ発見した。陳列された各種お揚げを眺めながらウットリとしている。亘に気付くや、小走りで駆けてきて期待に満ちた目で見つめてくるではないか。
亘は気分を切り替え苦笑した。
「ほら、どれか買ってやる。これがいいのか」
「違う、その横」
「高いやつか。仕方ないな」
「やたっ」
お揚げを頭上に掲げたサキがぴょんぴょこ跳ねると、ワンピースの裾がふわりと揺れ動く。そんな姿にほっこりして、亘のイライラが少し収まった。
ショッピングカートを押しだすサキと一緒に買物を続ける。サイズが合ってないのでフラフラと覚束ないが、それを見守りゆっくりと歩く。ほんわかした気分だ。
けれど、それも総菜売り場に行くまでだ。
親に抱っこされた園児が、総菜の並んだ台より上方で土足をバタバタとさせていた。
「…………」
目を逸らしレジに向かう。そこでも、小賢しく少しでも早そうなレジを狙い、右に左にと場所を変え横入りする者がいた。
「…………」
心を無にしてレジに並び、支払いを終え荷詰め台へと行く。
商品を詰めていると、目の前の透明ビニールのロールをガラガラ、ガラガラと大量に引き出し鞄へと押し込む者がいた。横では、買ったばかりの肉を開封しビニール袋に詰め直し、空トレイを放置する者がいる。
「…………」
もうウンザリだった。
買物袋を提げ、自分の車に向かうと、そこでトドメが待っていた。
ガムテープで部品を留めたような車がトナラーしていたのだ。他に空いている場所はあるのに、もっと近くが空いているのに。なぜ隣に駐めるのだろうか。
「うがあああっ!」
亘は爆発しそうな心を抑えるべく、コンクリート製のパーキングブロックを踏みつけた。落ち着こうと深呼吸を繰り返すと、サキのポシェットの中から心配そうな声があがった。
「マスター大丈夫? なんかさ辛そだけど」
それは神楽だ。お子様用の小さなポシェットから顔をそっと覗かせている。
「大丈夫だ。自分は落ち着いている、怒ってもない。ちょっと異界に行って悪魔を倒したい気分なだけだ」
「だから異界で悪魔とかさ、そじゃなくってもっと普通に……ほらさ、そこの看板見てよ。全身もみほぐしマッサージで気分すっきり、だってさ。行ってみたらどう?」
少し顔を覗かせた神楽が近くの看板を指さした。
「ふむ、確かに。気分転換か……」
「ボクとサキだったらさ、その辺でウロウロしてるからさ。行っといでよ」
「……そうさせて貰おう」
◆◆◆
「マスターってばさ、かなりきてるよね」
「機嫌が悪い」
「なんかさ、感情が抑えきれてない感じがするよ」
「確かに。ん?」
ポシェットの中の神楽は心配そうな声だが、サキは足下の蟻を眺めている。どこを見ているか、何を考えているか分からない表情だ。
と、そこに猫が突進した。
軽く足を引きずっているが、けれど懸命な様子で一直線にサキへと向かってきた。騒々しく鳴きながら足元をチョロチョロする。
「邪魔」
サキは獣の目で呟いた。ビクッとする猫だが、それでも逃げはしない。何度か鳴く声が徐々に切羽詰まっていく。窮鳥懐に入れば猟師も殺さずではないが、サキも不思議そうな顔をする。
ポシェットの中から神楽が顔を覗かせ、猫をマジマジと見つめた。そして、おやっと目を開かせた。
「この猫……またケガしたんだ? しょーがないなぁ、『治癒』。ほら、これで治ったよ」
「知り合いか」
「そだよ。前にケガを治してあたげたんだよ」
「なるほど」
傷の治った猫だが、必死に鳴き声をあげることに変わりはしない。
「ボク猫語分かんないや。サキは分かる?」
「狐語なら」
「じゃあだめだね。何か用でもあるのかな」
まるで言葉が分かるみたいに、猫がたたっと走って少し離れ振り向くと、ひと声鋭く鳴いてみせた。
「ついて来て欲しいみたいだね。行ってみよっか」
「行こう」
サキが立ち上がると猫は走りだした。少し行って振り向くが、軽々とついてくる様子を確認すると本気で駆けだす。チーターばりに躍動感ある疾走だ。
むっと唸ったサキは対抗心を持って追いかける。駐車場を飛び出し、道路を横切り広場を駆け抜けるが、偶然見かけた人がその早さに目を丸くした。
追いかけっこは、猫が雑木林で急停止して終わった。
「これって、なんだろ。鞄? でもって、異界の扉があるし……」
ぽつんと赤いランドセルが薄暗い林の中に落ちている。ポシェットから抜け出した神楽は、辺りを見回した。
「ふむふむ、もしかしてさ。そーゆーことかな」
「引き込まれたか」
「しょーがないなあ。ボクにお任せだよ」
ポシェットからするりと抜け出した神楽は空間をノックするように叩いてみせる。波紋が広がるように景色が波打ち、そこに扉が開いた。
即座に猫が飛び込んだ。
「あっ、もーっ。猫ってば勝手なんだからさ」
「狐が一番」
「はいはい、それよかさ。追いかけよっか」
「毒喰わば」
「毒でも何でもいいけどさ。ボク、アイスが食べたいよ」
「同感」
神楽とサキは雑談しながら飛び込んだ。
異界の中はやはり雑木林であった。先に飛び込んだ猫の姿はもうない。
辺りの気配を探った神楽は目を険しくさせた。そして聴覚の鋭いサキは異界に響く女の子の泣き声を捉えている。
「……あっちだね」
「だね」
サキが地を蹴り駆けだし、神楽も羽を煌めかせ矢の如く飛行する。木々の間を縫うよう進み、あっという間に空き地へと到着した。金網で囲われ、錆びた工事看板や鉄パイプなどの資材が放置されているような場所だ。
その中心に女の子がいた。サキよりなお幼い姿で、あちこちケガをして血が出ており、地面に倒れ込んだまま泣きじゃくっている。
周囲にいるのは数体の悪魔だ。
目と鼻が大きな顔。身体は華奢で長い手足が生え、短い尾が生えている。女の子の周りで跳ねる様子は、獲物を祝うダンスのようだ。
それを懸命に威嚇する猫の姿もまたあった。精一杯に毛を逆立て、小さな身体で女の子を守ろうと庇っている。
神楽の目が据わり、サキもまた口をへの字にした。
「マスター以外はさ、守る必要なんてないかもしんないけどさ。これはさ、あれだよね」
「くるものがある」
「そだね」
同時に行動を起こし女の子の元へと向かう。どちらも並の悪魔など問題にならないほどの力を持っており、もちろんその実力を遺憾なく発揮することを厭わなかった。
◆◆◆
「助けてくれて、ありがとなの」
回復魔法ですっかり傷の癒えた女の子が声をあげる。とはいえ、死に瀕した恐怖で顔色は青ざめていた。それを慰めるように、猫が尻尾をぴんっと立て2足歩行モードですがりつきながら何度何度も頭突きをしている。
「お礼ならさ、その猫に言いなよね。ボクたちを呼びに来たんだからね。自分もケガしてたってのにさ」
「うんっなの、後でいっぱいお礼言うの。でも、神様たちもありがと」
「あのねボクね神様じゃないんだけどさ……でもいっか。好きに思いなよ」
「小さな神様、ありがと」
「目を見よ」
「はいっなの、金色の神様」
サキは目線を合わせ覗き込むと、緋色の瞳を怪しく輝かせた。女の子は不思議そうな顔になると、それで悪魔に襲われた恐怖が完全に癒やされてしまう。
「サキってばさ、案外と面倒見がいいんだね」
「崇める者は相応に」
「なるほど、わきゃっ。猫がー」
助けを呼びに来た猫が神楽に頭突きをする。たまらず墜落すると、前足で背中を押さえながら、何度も頬を擦りつける。悲鳴をあげる神楽をサキが笑ってみているのだった。
異界を脱出し女の子が全てを忘れた時には、二体の悪魔もまた姿を消していた。
「なんかさ、猫毛がついてら。もーっ、猫ってばさ」
「猫も良いやつ」
「そだよね。なかなかの忠猫だったよね」
元の駐車場へとトコトコと戻っていくのだが、ポシェットから顔を出していた神楽が、ふいに中へと引っ込んでしまった。
怪訝な顔をしたサキの前に、不機嫌そうな亘が現れた。
「こら、どこに行っていたんだ。心配したぞ」
「あっ。これ神楽が」
それまでの威勢はどこへやら、サキは必死にポシェットを逆さにして振る。けれど、神楽は中でしがみついて絶対に出て来ない。仕方なくサキは上目遣いで説明をする。
「猫」
「ん? 猫だと」
「猫に呼ばれた」
「まさか猫語が分かるということか。それで猫の集会に呼ばれたのか」
「えっ、ちが」
「多少は分かるけどな。ニャーはお腹すいたで、ミャッは何かの要求だろ。でもあれは人間の言葉を喋ってるつもりだったか。そうなのか」
「さ、さあ……」
何を言っているのだろうか、とサキは豹変した自らの主を見つめる。偶にわけが分からないぐらい豹変するのだ。理解し難い。
「まあいいだろう。猫に呼ばれたなら、遅くなっても仕方が無いな。どうだアイスでも食べるか?」
「食べる!」
金色の髪をかき混ぜられたサキは大喜びになり、そしてポシェットの口をしっかりと押さえ頷いた。中から暴れる気配が伝わってくるが、しっかと押さえて手を放さない。
「よし買いに行くか」
「やたっ」
ポシェットの中からは悲痛な声がしばらく響いていた。
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