閑19話 雰囲気がカオス
立春とは名ばかりの寒さにも負けず、五条亘は駅前に立っていた。待ち合わせの最中のためそこから動くことも出来ず、午後の陽射しから少しばかりの温もりを貰って耐えている。
地味な灰色のパーカーにジーンズといった、さして目立ちもしないモブな姿は雑踏の中に紛れ目立ちもしない。
待っていると不安になる。忘れられていないか、すっぽかされてないか本当に相手が来るのか心配になってしまうのだ。それ故に、禿げた男が現れると、ホッとなって嬉しくなってしまう。
「ふむ、待たせたようだのう。五条の……どうした、急に笑顔になりおって」
「べ、別に喜んでなんて、ないんだからね」
現れた藤源次に対し、思わずツンデレ風に答えてしまった。男相手に笑顔を見せてしまうなど、不覚以外のなにものでもない。亘は咳払いすると、気まずい気分をぶつけるように藤源次の後ろへと視線を向けた。
その先で一人の男がびくりと身を縮こまらせる。こちらも禿げ頭で顔つきは厳つく、ごつい。見るからに体育会系といった大柄な体格に藍色の作務衣を着ている。シッカケ一族の僧兵だった。
ここで待ち合わせをしたのは、話に伺いたいとの申し出に応じてである。おかげで、この寒風が吹きすさぶ中で待たねばならなかったわけだ。少しぐらい恨みに思っても、バチは当たらないだろう。
「これ、そう睨んでやるな。異界で共に戦ったのであろ」
「仕方なくだ。そもそも七海を攫って錫杖を突きつけて脅した奴だ。睨んで何が悪いものか」
不機嫌に呟く亘の様子に、男はますます恐縮し怯んでいる。この寒さだというのに、ダラダラ汗をかきだしていることが、禿頭なので良く分かった。
「それは、そのう……」
「あの娘ごを攫っただと!? シッカケの者はそこまでしたのか!」
藤源次が声を荒げた様子に、亘は安堵した。いかに親しかろうと、藤源次はアマテラス側の人間。亘より同じ組織を優先させる可能性があると心配していたのだ。
そのため用心深く行動し、待ち合わせを人目の多い場所にしたり相手の数を一人に絞らせたりと注文をつけた。さらにサキは連れて来ず、七海と一緒にアパートで待機させている。
どうやら、それは杞憂に終わった。
「……そ、その節は大層にご迷惑をお掛けしまして」
「確か従わなければ、七海を傷つけるとも言ってたよな」
「それは言葉のアヤでありまして……貴殿の思い人を傷つけるつもりは、毛頭ございませんでした」
「どうだかな」
亘は念のため周囲を気にしており、話半分にしか聞いてない。もし、平身低頭で平謝りする男の言葉に注意していたら、狼狽えていただろう。
「五条の。気持ちは分かるが、そう険呑な顔をするでない」
「これが地顔だ」
「ふむ、ならば仕方ないのう。さあ、人目も多いゆえ場所を変えようではないか。場所は、お主が準備しておるのだろ」
「そうだな……」
藤源次の言う通りだった。行き交う人々はチラチラでなく、ジロジロとした視線を向けている。ゴツイ禿げのおっさんペアが目立っているせいもある。おまけにその片方が汗をかき、モブい男に頭を下げているのだ。
とても悪目立ちしている。
「分かった。場所は知り合いがバイトしている店だからな。文句は言うなよ」
「ふむ、任せよう」
その返事に、亘はニタリと人の悪い笑みを浮かべた。
◆◆◆
「なんだ、ここは」
店に入った――入る前からも――藤源次は憮然としている。それに亘はとてもイイ笑顔で答えた。してやったりという顔だ。
「メイド喫茶だ。知らないのか」
「五条の。まさかお主……このような場所に来ておるのではあるまいな。ならば、お主との付き合いを考え直さねばならぬ」
「これが初めてさ。注文はコーヒーでいいよな」
「まったく……お主ときたら……」
これが亘なりの嫌がらせと悟り、藤源次は呆れ顔だ。
目論見は大成功している。甘ったるい声が響くメイド喫茶の中にあって、僧兵の男は面食らい気圧されている。禿げ頭の天辺まで真っ赤だ。
ここでバイトする知り合いには、『堅物の恥ずかしがり屋さんを連れて行く』と連絡しておいたが、まさにそのものの姿だ。
ポニーテールなメイドさんがやって来た。
「ご主人様、お待たせしましたー。ご注文をお申し付け下さいでっすぅ」
「全員に、コーヒーを頼む」
「かしこまりましたぁ、乙女の黒い恋煩いを、ご主人様たち全員分ですねっ」
「なんだよ、それ。とにかくコーヒーを頼むよ。あと、その話し方は何とかならないのか。背中が痒くなる」
「……ウチかて、好きでやっとるわけやないで。仕事やで仕方ないやろ」
知り合いとは、エルムだ。ポニーテール髪にニヤニヤした悪戯っぽい笑みは見慣れたものだが、来ているのはメイド服だ。しかもスカートの丈が短く、しゃがんだら絶対に下着が見えるに違いないぐらいだ。
「むっ、そうか仕事か。仕事なら確かに仕方ないな」
「五条はん、社畜っぽいですな。ま、ええんやけど……それではご主人様たちお待ち下さいねっ」
「うむ」
ウィンクして立ち去るエルムに、亘は偉そうな態度で頷いてみせる。その向かいで、藤源次が苦虫を噛みつぶしたような顔だ。僧兵の男は、目を丸くしてフリフリのメイド服を見ている。衝撃のあまり、目がまん丸となっている。笑える顔に、亘は声を殺して笑った。
「これ、いつまで見ておる。早う話をせぬか」
「はっ!? ……も、申し訳ない。愚僧は、シッカケの里が太郎左衛門と申す。五条殿におかれましては、大層ご迷惑をおかけ申したこと、まずはお詫び申し上げます」
我に返った太郎左衛門が居住まいを正し、深々と頭を下げてみせる。時折目線がメイドさんを追ってなければ、実に誠意ある態度だろう。それについては目論見通りなので、亘は鷹揚に頷いてみせる。
「言いたい事は沢山あるけど、まずは堪えて我慢しよう」
「ありがたきお言葉」
「それで、サキの扱いはどうなった」
「五条の、少し待て。その前に、御坊より渡すものがある」
先を促そうとすると、それを藤源次が遮ってみせた。亘は水の入ったコップを弄びながら様子を窺う。
太郎左衛門が手提げ袋から桐箱を取り出す。
「話の前に差し上げたき品がございます。此度の一件への、お詫びにござります」
「へえ」
亘は片眉をあげながら、薄汚れた桐箱を見つめた。なんとなく中身の予想がついているため、既に顔が嬉しげだ。
「五条殿は、刀剣に興味がおありと聞いております。これなるは、我が里にて加持祈祷に使っておりました御剣でありまする。どうぞ、ご笑納くだされ」
「ほほう、分かっておるではないか」
悪代官ぽい口調で、亘が桐箱を受け取る。賑やかでポップな曲が流れる店内で、この場所だけが時代劇っぽい堅苦しさが漂っている。
横で見ていた藤源次が口を挟む。
「古剣だ。相当古くより伝わっておるらしいぞ。あまり観てはおらぬがの、護摩の火により鋒の焼きが戻っておる。なかなかの品と思うぞ」
「そうか。まあいいさ、これまでのことは手打ちとしよう」
この贈り物が藤源次の差し金だと理解し、亘はイソイソと桐箱を引き寄せた。
「ただし刀剣登録証はないのでな、自分で申請するのだぞ」
「面倒だな。発見届けに登録審査だろ。あれって、面倒なんだよな」
「我が儘を言うでない」
文句を言う亘だが、うきうき気分でで軽口を叩いているだけだ。贈り物の効果は絶大だった。しかし亘にそれを指摘したとすれば、藤源次の面目を潰さないよう仕方なく受け取っただけと答えるに違いない。賄賂ではなく、あくまで贈り物だ。
そこに、エルムがコーヒーを運んでくる。
「お待たせしましたぁ。乙女の黒い恋煩いでっすぅ。ご主人様、甘い誘惑は何杯入れますかぁ」
「なんだそれ」
「もー、五条はん。ちゃんとメニューを読んでえな、砂糖のことやで」
素に戻ったエルムがコソッと教えてくれた。わざわざ分かりにくい言葉にするより、砂糖なら砂糖と言って欲しい。
「自分はブラックだ。そっちの二人には一杯ずつでも、入れてやれ」
「はぁい、かしこまりましたぁ。どうぞご主人様っ」
エルムが手ずから砂糖を入れる様子に、藤源次がため息をついている。
一方で太郎左衛門は目を見開き、エルムの仕草を見つめている。それはまるで、憧れのお姉さんを前にした小学生状態だ。お辞儀して去っていく姿を、名残惜しそうに目で追っているほどである。
「シッカケの、そろそろ話を続けようではないか」
藤源次のワザとらしい咳払いで、太郎左衛門が我に返る。どうやら刺激が強すぎたらしい。詫びの品を貰い、態度を軟化させた亘は悪いことをしてしまった気分だ。
「それで? サキの扱いをどうするって?」
「できましたら、その、当方にお渡し願いたい……と、長老衆が申しておりまして」
「へえ、それは面白いことを言う。渡すと思うのか」
軟化しかけた亘の態度が硬化する。目付きが据わり薄い笑みを浮かべた様子に、太郎左衛門が拝み倒すよう机に頭を擦りつけた。
「成長し九尾にまでなったとすれば、もはや手に負えませぬ。古くは万の軍勢を壊滅させたほどの大妖。そうとならぬよう、是非とも封印を……と、長老衆が申しておりまして」
「成長するって何百年後の話だ。それに万の軍勢? 現代兵器なら妖怪の一匹ぐらい、戦闘機とか戦車でドーンっと一撃で倒せないのか」
「その……長老衆が申しておりまして」
太郎左衛門が言葉を詰まらせるため、亘は仕方なさそうに、ため息をついてみせた。
交渉役なんて貧乏くじを引かされた者だ。亘が相手を絞ったせいもあるが、基本的には言いにくい言葉を伝えるために任されたに違いない。そうでなければ、長老クラスが出張ってきて当然だろう。
そういった苦労を亘もしてきたため、あまり太郎左衛門を責めるつもりはない。甘い誘惑ならぬコーヒーを一口する。
「帰って上の者に伝えてくれ。問題は起きない、とな」
「…………」
「どうせ頭の固い長老が喚いてるだけだろ」
「うっ、まあ、その。先達のことを悪くは言えませぬ」
「それって言ってるのと同じだろ。まあいいさ、その辺りの調整は、新藤社長にお願いしよう」
新藤社長の名前に、太郎左衛門が泣きそうな顔になる。
「そのう、五条どのは新藤めと。いや、新藤社長殿と友誼がおありか!?」
「協力関係にあるが、それがなにか」
「是非に是非に……もう勘弁して欲しいと、お伝え願いたい!」
ゴツイおっさんが机に頭を打ち付けんばかりに頼み込んでくる。他人には無関心な、周囲の客も訝しがる様相だ。ちょっとどころでなく恥ずかしくなる。
「この通り、この通りでございます。どうか、お慈悲を」
あの人は――悪魔だが――何をしたのだろうか。ここまで必死になられると、聞くのが恐くなるではないか。インテリヤクザな見た目は、伊達ではないらしい。改めて新藤社長を怒らせてはいけないと痛感した。
とりあえず新藤社長が何をしているのか分からないが、承諾しておく。
「分かった。どうせ新藤社長に話をするんだ。それについても、合わせてお願いしてみよう」
「おお、ありがたい。ありがたい。これで里の皆も救われる……」
本当に何をしたのだろうか。空恐ろしい。
「さっ、話はついたようだの。では、帰ろうではないか。どうも、ここの雰囲気は性に合わぬ」
「確かにそうだな。じゃあさ、場所を変えて古剣でも一緒に観ないか」
「おお、それはいいのう。実はじっくり観たいと思うておったのだ」
「やれやれだな。はははっ」
亘は残りのコーヒーを飲み干すと、藤源次と共に逃げるようにしてメイド喫茶を後にした。同じく、この空間に居るのが限界だった。可愛いのや萌えはいいが、どうにも背中が痒くなる。
なお、太郎左衛門は置いてきぼりにされた。
後日エルムから聞いた話によれば、太郎左衛門はメイドさん特性オムライスを注文し、お代わりまでしたそうだ。
その後は仲間を引き連れ来店するようになり、しかもその人数と頻度が増えているそうだ。おかげで、客の大半が禿げ頭の男となり、店の雰囲気がカオスになっているらしい。少し文句を言われてしまう。
やはり刺激が強すぎたのだろう。
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