第54話 銃口を向けられ

「あのねボクね言ったよね。ちゃんとデートしなさいってさ。なのに、どうして異界に来ちゃうかな。ボク信じらんないよ」

 スマホから飛び出した神楽が亘の眼前に仁王立ちした。もちろん浮いてだが、そのまま腰に手をあてプンスカと怒って詰め寄ってくる。小さな手がペチペチと亘の額を叩く。

「失礼な奴だな。異界に来たんじゃなくて、異界の方から来たんだ。どうしようもないだろ」

「なにそれ。そんなはず、あるはずないじゃないのさ」

「それこそ知らん。大体だな、お願いしてデートのフリして貰っているんだ。あんまりデートとか言ったら七海に悪いだろ」

 しかし神楽ときたら、また呆れ顔の半眼になって亘を一睨みしたかと思うと、七海のところへスイッと飛んで行ってしまった。

「ごめんねナナちゃん。うちのマスターこんなだけど、見捨てないでね」

「いいですよ。私、気にしてませんから」

「良かった。ねえ、本当にうちのマスターが、異界に行こうって言い出したわけじゃないの?」

「違いますよ、ここで普通に休んでましたよ。そしたら突然異界の中にいたんです。びっくりですね」

「そっか、そうなんだ。ナナちゃんが言うなら本当なんだね」

 何やら二人で話し頷きあっている。なんだか責められて、信頼されてないようでもある。ちょっと哀しい。


 ため息をついた亘はDPアンカーを起動させ、魔方陣の中から棒を引き出した。

「五条さん。それ、何ですか。どこに持っていたのですか」

「これか。これはDPアンカーという機能で取り出した棒だ」

 亘は驚いた七海へと、テスターに参加して新装備を一足先に手に入れたことを説明する。新製品を手に入れた際のような、少し得意げな感じになったのは仕方ないだろう。

 その棒を一振りする。

「さて、異界なら悪魔が出るよな。こうなっては是非もなし、現れた悪魔は倒さねばならん。かかる火の粉はなんとやら、だな」

「マスター、そんなこと言って顔が笑ってるよ。まったくこれだから……んーとね。悪魔の気配が幾つか。それと人間の気配が幾つかあるね」

「人間か……もう契約者が来たのか。流石に駅前だと人が多いな。文句を言ってくるヤツじゃないといいけどな」

「んーん。数も多いしさ、そんな感じとは違うよ。これ普通の人間じゃないかな」

「それは大変です。すぐ助けに行きましょう!」

「ちょっと待とうか」

 七海は慌てるが、しかし亘はそれを引き留め腕組みした。そのままゆっくりと話しだす。

「例えばだ、ある日突然悪魔に襲われたと考えてくれ」

「えっ? あ、はい」

「現れた悪魔に恐い思いをしていると、突然その悪魔を倒す人が現れました。目の前で悪魔を易々と倒してくれました。さて、助けられた人は助けてくれた人をどう思う?」

「えっ? 感謝するのではないでしょうか」

「最初はそうだろうな。でも、悪魔を簡単に倒すような人だぞ。しかも同じ悪魔を連れて操る……デーモンルーラーを知らない人からすると、それをどう思うだろな」

 その辺を漂う神楽をひょいと掴んで、その頭を撫でてやる。

 アニメやマンガなら突然現れた正体不明の存在に命を救われたとしても、感謝され信頼されてめでたしめでたしだ。しかし、現実はどうか。

 例えば殺人犯を、別の見知らぬ人物が銃で撃ったとする。救われた人は大喜びで近づいていくだろうか。その銃が自分に向けられるのでは、と恐怖するのではないだろうか。

「自分たちは神楽を可愛いと思うが、普通の人からすると恐怖の対象になるかもしれない」

「そっか、普通はDPとかを知らないんですよね……」

「自分たちが戦った場合はどうだ。悪魔相手とはいえ肉を断ち骨を砕き、そして悲鳴をあげる悪魔にトドメを刺す。最初の頃は、それをどう思ったか思い出してみろよ」

「……恐かったですね。コボルトがではなく、それをすることが……」

「だろう、普通ならそう思うよな。いくら命の恩人でも、そんな奴が隣にいて平静としてられるものか」

 亘の手から解放された神楽は飛び上がり、定位置の亘の頭に座り込む。そうして人間同士の話など興味なさそうに欠伸をしている。

 じっと考えていた七海だが、ややあって顔を上げた。

「でも……それでも私はここに居る人たちを助けたいです」

 決意ある眼差しだ。

 まあこうなるだろうな、と亘は優しく笑ってみせる。そして七海の肩をポンッと叩いた。それは、普段からすれば考えられないぐらい大胆な行為だった。

「じゃあ、そうするか。こっちは極力目立たず、神楽とアルルを先行させて敵を倒させるとしよう。上手いことばれないように助けようじゃないか」

「はい」


◆◆◆


――ドンッ!

 光球によって一体の悪魔が消し飛んだ。馬の頭に人の身体といった姿で、まるで馬の被り物をして茶色い全身タイツを着用したような姿の悪魔だ。

 そんなふざけた見た目でも、なかなかに強い。

 レベルアップしてAPスキルを取得した亘や七海なら一人でも倒せるが、普通の人間であれば数人がかりでないと厳しいだろう。

 神楽とアルルは、その悪魔を魔法でもって容易く倒していく。

 しかし案の定というべきか、助けられた人はそれを感謝するどころか、悲鳴をあげ逃げ出す始末だった。無理ないとはいえ、治癒魔法で怪我を直されたことや、助けられたことすら気付かないぐらいだ

 そんな人たちを相手に、時に神楽とアルルが追い立て、時に亘と七海が素知らぬ顔で誘導しエントランスへと人を集めていく。そこが安全な場所という訳でもないが、神楽の探知によれば多くの人が集まっている場所だった。


 何人目かを誘導したところで、亘が疲れたようにため息をついた。

「ふう。人助けというのは思ったより疲れるもんだな」

「でもその甲斐あって何人も助けられましたよ。神楽ちゃん、どうですか。まだ逃げ遅れている人はいそうですか?」

「んっとね、向こうに一人いるよ。近くに悪魔はいないみたいだね」

「それならお話するだけですから簡単ですね」

「パニックになってなければいいけどな。さっきの爺さんなんか、絶対動かないとか言って柱にしがみついてたからな」

 少し前に助けた老人を思い出して亘は苦い顔をした。せっかく逃げるように促したのに、食ってかかって口角から泡を吹くぐらいだったのだ。見捨てて放っておこうと、かなり真剣に考えたぐらいだ。

「あははっ。でもボクが『ばあっ』て、脅かしたら悲鳴あげて走りだしたよね。面白かったー、今度の人も脅かしたいな」

「結構性格悪いヤツだな。年寄りだと心臓が止まるかもしれんだろ。大人しくしてろよ」

「はーい」

 神楽は元気よく返事をすると亘の懐へと姿を隠した。アルルも七海の鞄にしがみついてアクセサリーのフリをする。そうして逃げ遅れた人へと近づいていった。


 逃げ遅れていたのはビジネススーツの女性だ。きりっとした顔立ちの美人で、ドラマのヒロイン役を務められそうな雰囲気がある。こんな状況でピンチになったこの女性を助け、そこからロマンスでも起きやしないかと密かに考えてしまう。

 紳士的な笑顔で話しかける。

「そこの人大丈夫ですか? よければ下のエントランスまで一緒に……」

「止まりなさい! そこを動かないで!」

「はっ?」

 亘は目をしばたかせる。その女性の手に拳銃があったからだ。銃口を向けられるのは初めてで、まるで現実感がない。モデルガンにしては、金属質な良く出来た色合いである。ひょっとすると、ひょっとするかもと思って七海を背後に庇っておく。

「銃だと? いきなり何のつもりだ」

「黙って。さあ二人とも両手をあげて、後ろを向きなさい。警告しますが、これは本物の拳銃なのよ」

「本物ねえ……だったら、こっちを撃つつもりか?」

「そうです。脅しではないんだから、怪しい動きをすれば撃ちますから!」

 拳銃などドラマや映画の小道具ぐらいでしか目にかからず、ましてそれを向けられることなどあり得ない。だから撃つと言われても現実感がなかった。おまけに亘はレベルアップ効果とAPスキルの身体強化で気が大きくなっている。余裕を持って相手を観察した。

 女性の顔は緊張の面もちであり、引き金に指すらかけていない。ひょっとすると、話に聞く安全装置とかも解除されてないかもしれない。

 亘は女性の背後に目をやり、声を上げた。

「あっ、向こうから悪魔が」

「何ですって!」

 女性の気が背後に向いた隙を逃さず、亘は手にしていた棒で拳銃を持つ手を軽く打ち据え狙いを逸らした。驚いた女が銃を構え直すより先に、そのまま棒の先端で腹をついてみせる。さすがに殺すわけにもいかないので、軽く打ち据えた程度だ。

 まるで熟達の武術家のようにいとも容易く棒を振るえてしまう。これも身体強化のお陰で思うがままに身体が動かせるお陰だ。異界の外でならこうはいかない。

 どうしたものかと思案する亘の懐から小さな姿が飛び出した。

「マスターの仇!」

 光球が勝手に放たれる。それが命中した女性は小さな悲鳴をあげ倒れ伏す。手を離れた拳銃は思いのほか重い音をさせ床に転がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る