第37話 何故この称号が

【アップデートのお知らせ】

更新データ(Vr. 1.1.1)を配信しました。ご利用者におかれましては、更新内容を把握してご理解のうえご利用いただきますよう、よろしくお願いいたします。

『更新内容』

一)取得スキルの内容が分かりにくいとの意見が寄せられましたので、スキルに簡易的な内容が表示されるように致しました。スキル取得につきましては、よく考えた上で実行されるよう心がけてください。

二)クエストの配信が開始されました。クエスト依頼文をよく読み、内容をご理解の上で受注されるようにお願いします。なお、クエスト内容に関するお問い合わせについてはお答えできかねますのでご理解願います。また、クエストによる不利益等に関しましては運営側は一切の責任を負いかねます。合わせてご理解願います。


◆◆◆


 カロリーゼロな黒色炭酸飲料とポテチを準備し、話し合いを始めようとしたところで、それぞれのスマホがメロディを奏で、キセノン社からのお知らせメールが一斉に届いた。

 読み終えた亘が頷いていると、ほぼ同時にチャラ夫と七海も顔をあげる。

「この寄せられた意見とは、五条さんが社長に話した件でしょうか」

「さあどうかな。社長は『聞いておきます』としか言ってなかったな。他からも同じような意見があったのではないかな」

「でもこれで助かりますよね。スキル内容が分かりにくかったですから」

「そっすよ、ガルムの踊るとか、舐めるとか意味分かんないっす」

「神楽のスキルは名前でおおよそ想像がつくけどな」

 亘はコタツの上に置いた自分のスマホを前に腕を組んでみせた。コタツには我が家の如く寛ぐチャラ夫の姿と、きちんと正座する七海の姿がある。

 従魔は神楽とアルルが七海の護衛役として、その肩上に控えているが、ガルムの姿だけがない。一度呼び出されたのだが、鋭い嗅覚があの臭いを捉えたらしくガクブル状態になったのでスマホに戻されたのだ。気の毒なことだ。


「ニホン人狼のおかげで、最後に経験値が一気に入ってレベル12になっ……ん? 新しい称号が増えてら、『獣の天敵』だと? 解せぬ」

「当然っすね」

「まったくです」

 称号とは対象に何らかの原因で付与された概念だ。

 何故この称号が付与されたか首を捻る亘に対し、チャラ夫と七海が至極もっともなことだと断言している。

「なあ、そっちに称号は付いてないのか」

「俺っちにはないっすね。おっ、レベルが7っす。あとちょっとで目標の10っす、やったーっす!」

「私も称号なしです、良かった。レベルも同じ7ですね」

「……そうか二人とも随分と上がって良かったな。頑張った甲斐があったよな」

 良かったなと呟く亘だが、実は内心残念でならない。それはレベル差が縮まったことへの焦りだ。

 レベルが高くなるほど次のレベルアップまでに必要となる経験値は多くなる。だから仕方ないことだと理解しているが、それでもレベルが一つしか上がらなかった焦りがあった。

 これまでの人生で、仕事でも人生でも常に若手に追い抜かれてきたのだ。またここでも追い抜かれるのか、そんな危機感を覚えてしまうのも無理ないだろう。


「DPをどう使うつもりだ。換金とか装備とかAPスキルとかあるからな」

「そりゃAPスキルっすよ!」

「言っとくけどな、APスキルは異界の中でしか効果を発揮しないぞ。だから体育の授業や部活でヒーローになるのは無理だからな」

「ガーンっす」

 チャラ夫が露骨にがっかりしてみせた。

 どうやら、日常生活でチャラ夫無双をしようと、本気で考えていたのかもしれない。きっと同じことを考える契約者連中も大勢いるだろう。だから日常でAPスキルの効果がないことは、むしろ安心というものだ。

 七海は口元に軽く手をあてながらしばらく考えている。慎重に検討しているようだ。

「私もAPスキルですね。エネミーソナーを、取った方がいいかもしれませんね」

「そうだな、それは取得したいスキルだよな……ただ、せっかくチームを組んでいるなら、それで補えるスキルは後回しにしたらどうだ。先にAPスキルの身体強化系でどうかな」

「攻撃強化とか防御強化ですか」

「そうだ。今日怪我したが、APスキルで防御強化してあれだろ。無かったらもっと大怪我だっただろ。だから、そういうのを先に取ってはどうだ」

「確かに、そうですね」

「よっしゃ、だったら俺っちは、攻撃力強化と防御力強化のAPスキルを取るっす……はい完了っす」

 チャラ夫がトントンッとタップしAPスキルを取得した。あまりにもあっさりとした行動で、本当に考えて取得したのか疑いたくなってしまう。

「もう決めたのか。しっかり考えなくていいのか」

「こういうのって、あんま考えてもダメっすよ。思ったら即行動、悩んでも仕方ないっしょ」

 ケラケラと笑うチャラ夫の言葉には一理あった。熟考することも必要だが、どうせ正解がないなら、行動してから悩んでも良いかもしれない。

 そんなチャラ夫の行動に触発されてか七海も取得スキルをあっさり決めた。

「私は防御力と素早さを強化するAPスキルにしようと思います。どうでしょうか?」

「素早ければ回避にも有利だろうし、防御と回避の両方があれば心強いだろ」

 七海がタップして取得している間に、チャラ夫がもう次に移りガルムの新スキルを調べだしている。せっかくスキル情報が分かるようになったのだからと、新しいスキルをみては、面白そうに声をあげていく。

「あっ、待って下さいよう」

 取得し終えた七海も同じようにスキルを見だすが、チャラ夫のスキル説明が始まる。

「ガルムの踊るっすけど『敵も味方も楽しくなる』で、舐めるは『味方一体を回復』っすよ。予想外っすね」

「その踊るって説明の意味ないですよね。アルルのフサフサですけど『防御力を強化し敵の攻撃を受け止める』ですね。これも名前からだと全く予想できませんね」


 スキルの批評をしている若者の横で、亘は黙ってスマホを操作している。こっそりと確認したいスキルがあったのだ。調べていることさえ知られたくない5P消費するスキルの説明は『凄いです』の一文だけだった。

 それを見た亘は誰にも気付かれない内にサッと表示を消し、ドキドキしながら神楽を見やった。

「ん? どしたのさマスター。何かあった?」

「い、いや。ないぞ……はははっ、それよりチャラ夫と七海はスキルをどうするか決めたのか」

「私の方はアルルの意見を尊重してフサフサを取得することにします」

「言ってるんだ……」

 ピョンピョン跳ねる毛玉を眺める。何かを訴えている雰囲気はあるが、それが言葉とは微塵も思えなかった。契約者と従魔の間だけにある何かの繋がりでもあるのかもしれない。

「なら俺っちは舐めると踊るにするっす」

「舐めるはともかく、踊るだと? 地雷スキルに思えるが、本気で取るつもりか」

「本気っすよ。楽しそうでいいじゃないっすか」

「まあ……本人がそれでいいなら止めやしないが……よく考えたらどうだ」

「こういうのは、あんま考えたらダメっすよ。思ったら即行動っすよ」

 チャラ夫は先程と同じようなことを言いながらスマホを操作している。現れたガルムは終始怯えた様子のままで、指示されたスキルを習得すると即座にスマホの中に戻っていくぐらいだ。そこには、何となく亘を恐れる感じがあった。

 まだ臭うのだろうかと心配になってしまう。

「ちぇっ、さっそく踊らせようと思ったのに残念っす」

「このアパートはペット禁止だ」

 今後もあるので、しっかりと釘を刺しておく。普通なら言わなくて大丈夫だが、チャラ夫の場合は言っておかないと不安だった。なにせ、勝手に他人のパソコンを漁るような奴なのだから。


◆◆◆


 ひと通り話し合いが終わって、それぞれの家近くまで車で送っていく。平然と乗り込んだチャラ夫はともかく七海は申し訳ないからと遠慮することしきりだった。性格の違いが良く分かる。

「今日はお疲れだったな」

「お疲れさまです。今日は本当に助かりました。ご迷惑かもしれませんが、またよろしくお願いします」

「はははっ、こちらこそよろしく頼むよ」

 亘は顔を綻ばせて応えた。女の子にそんなことを言われ、嬉しかった。今までの人生でそんなこと……などと考えていると、後部座席のチャラ夫が身を乗り出してきた。

「あーっ! 俺っちもっすよ、兄貴、俺っちもよろしく頼むっす」

「そちらは考えさせて貰おうか」

「酷す!」

「はははっ、冗談だ冗談。チャラ夫もよろしく頼むよ」

「うっす! 頼んます!」

 後部座席に座るチャラ夫は元気よく声を上げている。賑やかしいやつと思いながら、亘は人を乗せているため、なおのこと安全運転を心がける。


 外を眺めていた七海が、ふと思いついたように口を開く。

「今日の異界はあれで無くなってしまったんですよね」

「そうだな。チャラ夫は帰りに寄れなくなって残念だが、諦めてくれよ。まさかあそこで主が出るとは思わなかったな」

「別にいいっすよ。また新しい異界を探してみるっすよ」

「それでしたら、今度は私の見つけた異界に行ってみませんか? 古そうな異界ですけど、五条さんたちと一緒なら安全ですから。どうでしょうか」

「俺っちは構わないっすよ」

「こっちも大丈夫だが、ただし基本土日だな。その土日も急に仕事が入って、どうなるか分からないけどな」

 平日なら夜に一時間程度自由になる時間もあるが、しかしそれに付き合わせるわけにもいかない。土日だって残念ながら完全に自由とは言い難い。急な仕事が舞い込んでくることもあって、予定が読めないところがある。

 社会人というのは、本当に自由がない。

「はい。それでは事前にご連絡します。用事が入ったら連絡し合うということで」

「あっ、だったら平日は俺っちとでどっすか。ガルちゃんも回復覚えてばっちりっすよ」

「……土日でお願いします」

「なんでっすかー!」

 それはお前が胸ばかり見てるからだ、と亘は心の中で突っ込みを入れた。

 後部座席に座ったチャラ夫は、斜め後ろの位置から鼻の下を伸ばし、七海の胸を鑑賞しているのだ。亘はバックミラーでそれを確認したが、七海もまたガラスの反射や鏡などで気付いているに違いない。

 女性はそうした視線を、男が思う以上に気付いているものだ。

 

 それぞれを送り届け、初の合同異界攻略は終了だ。

 どこまで活躍できるのか、いつまで続くかは不明だが、これからチームとして本格的な活動を開始することになった。

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