閑3話 大事な相棒

「さて、これからの異界探訪に備え、スキルとアプリの習得をしようか」

「あのねボクね、強いスキルが欲しい!」

「そうだな、よく吟味して選ぼう」

 マグカップにコーヒー片手にコタツにつく。騒いでいた神楽も、どら焼きに惹かれコタツ上へと着地した。このアパートの住人の誰一人として、同じアパートに悪魔がいるとは思いもしまい。

「せめてスキルを決めてから食べような」

 さっそくどら焼きに手を伸ばそうとするのを窘める。神楽は名残惜しげに引き下がるが、目はどら焼きに囚われたままだ。

「うー、わかったよ」

「さてそれでは……、元から取得できたスキルに加え、レベル10で開放されたスキルについて考えよう。とはいえ、実はあんまりないんだよな」

「そだよね」

 スキルがツリータイプの派生系であるため、雷魔法(初級)、治癒(初級)、補助(初級)から派生し開放されたスキルしかない。


 雷魔法から、雷魔法(中級)3Pと、雷雲(初級)4P。

 治癒から、治癒(中級)4Pと、範囲治癒(初級)と状態回復(初級)3P。

 補助から、補助(中級)4P。


 名前と取得ポイントをノートに記していく。やはりスマホ画面で見るより、こうして紙に書いた方が理解しやすいアナログ世代なのだ。ついでに最初から習得可能だったスキルも同様に記載しておく。


 不要は、自爆1P、性技5P

 接近は、突撃2P、羽ばたき2P、剣技3P、格闘技3P

 気になるは、万魔法4P


 スキル内容は不明だが、名前からある程度は推察できる。

 例えば雷雲だが、雷魔法からの派生系という点を考えてみれば、範囲攻撃で間違いない。これはゲーム知識を元にしているが、どうせ似たようなものだろう。もちろん、全く違うという可能性もあるが。

「何を習得するかな……スキルポイント8なら、あまり種類を増やすより一つに絞って特化したいな」

「そうだね」

「神楽は取りたいスキルがあるか? 何かあるならそれを優先するつもりだが」

 使用するのは本人なので、希望は聞いておくべきだろう。亘はペンを指先で振りながら尋ねる。

 神楽は何故かノートを眺め、もじもじとする。

「あのね、ボクね。5Pのスキル覚えてもいいよ。マスターならボク何でも……」

「はいはい。冗談はいいから、真面目に考えような」

 窘めただけなのに、何故か亘は蹴られて耳をガブガブされてしまった。あげくすっかり不機嫌になった神楽のご機嫌とりに苦労する。

 解せぬ、と亘は嘆息した。

「まずは雷魔(中級)を選択しよう。それと状態回復(初級)を選ぶとしよう。これでどうだ」

「ふんっだ、雷魔(中級)と、状態回復(初級)を取得」

 そっぽを向きながら宣言した神楽が一瞬、淡く光を纏う。ステータス画面にはスキルが追加されており、ふて腐れていても無事習得できたようだ。

 これで残りのスキルポイントは1だが、当分は貯めるしかない。

「何を怒ってるんだ、ほら機嫌を直せよ」

「つーん、どうせボクなんてさ、ただの従魔なんだよ」

「おいおい、そんな悲しいこと言うなよ。神楽は大事な相棒だろ。もちろん異界だけじゃないぞ、神楽が居てくれるお陰で、味気ない生活が楽しくなったんだ。とても感謝してるんだぞ」

 何故こんなご機嫌取りをせねばならないのだろうか、実に面倒だ。

「ふーん、本当にそう思ってるのかな」

「ああ。神楽は人生を照らしてくれる女神だ。お前がいないと、もう生きていけない。だからそんな膨れ面なんてせずにさ、ほら笑って笑顔を見せて」

 適当に昔にみたドラマを参考にするが、たしかジゴロな主人公の台詞だった。

「えへへっ。しょうがないなぁ、ねえマスターのどら焼き食べてもいい?」

「一個?」

「二個!」

 神楽は思ったよりちゃっかりしていた。

 どら焼きは犠牲になったのだ。

 なお亘の言葉は、ドラマを参考とはいえど嘘ではない。本心も多く含まれている。これまでの亘の生活なんぞ、うら寂れたものだった。喋る相手もなく独り言を呟くだけ。それで人寂しくなったら近くのコンビニに行き人の気配を感じて満足する。ご飯は独り寂しくかき込むだけ。

 それが今はどうだ。

 神楽相手に明るい会話があり、異界で一緒に汗を流し、帰っては団欒のある食事がとれる。

 女神とまでは言いすぎでも、感謝しているのは事実だ。

「次はDPの方だな。これは大量にあるからな、そうだ、前に神楽の欲しがってた服でもどうだ」

「本当!? 覚えてくれてたんだ。えへへっ、マスターありがと!」

「ショップで服は、ええと装備だろうから防具かな」

 神楽はすっかりご機嫌だ。なんと、どら焼きを一旦横に置いてまでスマホを覗き込みに来るぐらいだ。相当嬉しいらしい。

 防具のページを表示させると、鎧と一緒に様々な服が表示される。高いものは200DPや300DPで、それ以上のものさえあった。

 頭の中で円換算した亘は早まったかと顔を青くした。


◆◆◆


 神楽が選んだのは、服ではなく防具だった。

 しかも軽装甲巫女服と、ネーミングからして怪しげな防具だ。一体どんなセンスの持ち主が、こういった装備を思いつくのだろうか。開発者の顔を見てみたい気がする。もちろん開発者も買う者の顔を見てみたいと思っているかもしれないが。

 しかし、それでも80DPで、服の方が高いのだ。世の中とは不可思議に満ちている。

 なお、注文した軽装甲巫女服は生産に数日かかるとメッセージが表示された。どうやら受注生産だったらしい。

「次はアプリ系スキルだな。通称が『APスキル』か。これを幾つか取得しよう」

「マスターが強くなれる奴だね。でも、それって異界の外だと、殆ど効果が出ないと思うから注意してよね」

「そうなのか?」

「ボクらは異界の外でも魔法が使えるけどさ、マスターが覚えようとしてるAPスキルは、周囲のDPを介してスマホが発動させるスキルだからムリだよ」

「なるほど。異界でないと効果が発現しないということか」

 もっともらしいことを言ってみせる亘だが、実は分かったようで分かってない。いつものように、そういうものだと納得し、理解しないまま肯いているだけだ。なお、仕事でもこれをやるため時折困ったことになる。悪い癖だろう。

「よし、残りのDPで極力全部APスキル取得に使うか」

「えっ! マスターがDPをお金にしないなんてさ……どうしちゃったの」

 神楽が目を見開き、わなわなする。まるで信じられないものを見たという顔だ。

 人のことをどう思っているのだと亘は憮然とする。

「失礼だな。強くなれるなら、自分だってそれを選ぶさ。それにだ、これは投資ってもんだ。投資をすればリターンがある。つまり、いずれがっぽり稼ぐための布石ってことさ」

「なーんだ、やっぱりマスターはマスターだったよ」

 神楽は両手を上に向け首を振ってみせた。

 ふんっと鼻を鳴らした亘はAPスキルを確認していく。机の上に置いたスマホをタップしながらAPスキルを確認した。

 取得ポイントは、殆どが200DPだ。しかし500DPもある。それらの中で、気になるものをノートにメモしていく。

 異界位置表示と敵感知のアプリは神楽の能力があるので必要ない。従魔と会話ができるアプリも現在普通に喋っているので必要ない。友好度を上げるアプリも、どら焼きで上がるので必要ない。

 欲しいのは契約者自身の攻撃力や防御力、素早さや生命力、状態異常の耐性などの上昇スキル。そして、取得経験値や取得DPの増加などだ。

「おっと字を間違えた」

 書いていく途中で文字を間違え、それをペンの反対側で擦って消す。これは文字が消えるペンなのだ。なお、これでメモしたノートを車のダッシュボードに置いておくと全部消えてしまい、泣くことになる。

「うわぁー! マスター凄い。消えちゃったよ!」

「これは、そういうペンだから感心されたってなぁ……」

 しかし、なんと表情豊かで可愛らしい従魔だろうか。人生を照らす云々と言ったが、それが心底事実だと思えてくる。

 ほわーっという顔で、神楽は凄い凄いとはしゃぐ。亘はほっこりしながらマグカップのコーヒーを一口する。ついでにどら焼きも食べようとして……神楽が慌てて確保したため手にはとれない。

 確かに譲ったが、だからといって持って逃げなくてもいいだろう。

 やっぱり人生を照らすとまでは言い過ぎかもしれない。

「ここは無難に800DPを使って身体強化関係を取得だな。取得値アップ系もいいけど、まずは基本戦力を充実させないとな」

「いいんじゃないの」

 神楽はどら焼き攻略に忙しく、おざなりの返事をする。ひょいぱく、ひょいぱくと軽快に食べるが、よくそんなに食べられるのかと不思議でならない。


 相談する気も削がれ、亘はそのまま自分用のAPスキルを取得した。

 ステータスを確認すると、スキルが追加されていた。ちょっと嬉しいが、だからと言って何かが変わったという感覚はない。

 神楽が言うとおり異界でのみ効果を発揮するのだろう。

「残ったDPで神楽の武器でも選んどくか、何か希望はあるか? 無ければ勝手に選ぶぞ」

「いーよー」

 食べるに夢中な神楽はチラッと顔を向けて返事をすると、あとはどら焼きにかぶりつく。

 亘はやれやれと、ショップサイトを開きスワイプしながら見ていく。定番の刀や剣もあり、弓や槍などもある。しかし亘が選ぶのは薙刀だ。

「注文するけど。見ておくか」

「んー? マスターが選んだなら、それでいーよ」

 興味なさげに答え、神楽は相変わらずどら焼きをぱくついている。見れば五個も用意していたはずが、残り一個となっているではないか。しかも、それにまで手を伸ばしている。これはひどい。

「おい、こっちはまだ一個も食べてないぞ。どんだけ食べる気だ」

「食べない方が悪いんだよ。仕方がないなぁ、あとはマスターにあげるよ」

 神楽は恩着せがましく言うが、ちゃっかり一片を奪っていく。結局亘には一部が欠けたどら焼きが渡されただけだ。

 やはり人生を照らす女神は言い過ぎだろう。

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