デーモンルーラー ~定時に帰りたい男のやりすぎレベリング~
一江左かさね
プロローグ
「マスター、前から2体。近づいてくるみたいだよ」
「そうか、片方は自分がやる。もう片方を頼むぞ」
「うん、了解だよ!」
マスターと呼ばれた背広姿の男と、巫女装束をした少女が言葉を交わす。
それ自体は別段おかしなことではない。しかし元気よく応える少女が腰掛けるのは、男の肩の上だった。少女の身長は人形サイズで男の顔ほどもない。さらに半透明の羽を煌めかせ浮遊しだす姿は、明らかに人外の存在であった。
「来るよ!」
少女の声が響く。
同時に、異形の生物が電柱脇の藪を突き破り飛び出してくる。
大きさは小柄な子供ほど、土気色した肌に腰蓑だけを纏う姿だ。皮が張り付いただけの頭は髪が半ば以上抜け落ち、手足は節くれだち枯れ木のように細い。痩せ細った胴は肋が浮きだすが、腹だけは異様に膨れている。
それは餓鬼草子に描かれる、『餓鬼』そのものの姿だった。
頬骨も露わな顔で飢えと渇きに苛まれた目が鈍く輝く。水気のない口中には変色した乱杭歯が剥き出される。
姿だけで怯みそうな異形を前に、しかし男はニヤリと笑ってみせた。そのまま、手にする金属バットを振り上げる。
「りゃぁあ!」
気合いとともに踏み込み、振り下ろす。
――ゴスッ!
鈍い衝撃音と同時に餓鬼が魂消る悲鳴をあげた。憐れな仕草で頭を庇うが、金属バットを振るう男に躊躇いの言葉はない。そのまま手を緩めることなく滅多打ちしていく。
か細い腕を叩き折り、頭部を狙い金属バットを振り下ろす。
ゴンッという音がグジュッと湿った音に変化しても、男の手は止まらない。金属バットを振るう姿はどこか憑かれたようなもので、顔には薄く笑みすら浮かんでいる。
そんな凶行を前に、宙に浮く小さな少女がため息をつく。
「あーぁ。ほんと、何ていうか凶暴だよね。ねぇ?」
やれやれと首を振り同意を求めた先には、一足遅れで現れた別の餓鬼がいた。
その餓鬼は呆然とした様子で、仲間の惨状を見つめている。さすがの餓鬼も、襲った人間に殴打されるとは思いもしなかったのだろう。
「じゃあ、キミの相手はボクだから。はい『雷魔法』っと」
少女が軽く手を上げた先に紫電を纏う光の球が現れる。それは人の拳ほどの大きさで、腕を振り下ろす動きに合わせ、一瞬で加速すると音もなく飛んでいく。
餓鬼に命中するや爆発した。
『異界』と呼ばれる空間がある。
現実世界とは似て非なる異なる世界。それゆえに異界だ。
そこに広がる光景は、例えごく普通の住宅街に見えたとして、現実を写し取った似て非なる虚構でしかない。
普通に生活する人々が足を踏み入れる場所ではなく、それどころか存在すら知らぬ。だが、何かの拍子に迷い込んでしまえば、そこを闊歩する異形に襲われ二度と元の世界には戻れなくなる。
「ふう、スッキリしたな」
そんな恐ろしい空間にあって、餓鬼を撲殺した男はわざとらしく汗を拭う真似をしてみせた。
「……マスターってばさ、ホント凶暴だよね。餓鬼を殺して平気なの?」
「とても心が痛んでいる。奴らに襲われたから、仕方なく身を守っただけだ」
「仕方なくねぇ……大体さ、スッキリとか言ってなかった?」
「気のせいだろ」
男のニヤニヤと笑う姿に、小さな少女は額に手をやり、ため息をつく。その仕草が様になるほど、ため息をつき慣れている。
「はぁっ、もういいや。それよかさ、餓鬼がDP化してるよ。早くDPを回収しなきゃ消えちゃうよ」
「おっと、そうだったな」
倒された餓鬼の手足は先からボロボロと崩れだし、姿自体が透けるように存在が希薄となっていく。まるで、その存在が抹消されるように消えゆこうとしている。
男は慌てた様子でスマホを取り出し餓鬼へと向ける。ピピッと短い電子音が鳴ると、画面に6DPという表示が現れた。
この異界に存在する異形は、DPと呼ばれる未知の物質により肉体が構成されている。倒されると、そのDPへと戻っていくがそれをDP化と呼ぶ。
男が行ったのは、霧散していくDPをスマホへと取り込む行為だ。その取り込んだ量が6DPという単位で現されていた。
「餓鬼二体で6DPか。1DPで五百円に換金だから……今のペースで戦ったとして戦闘時間と遭遇間隔に誤差を考慮し……一時間で40DPぐらいか? 時給換算すれば二万円。毎日一時間としても、一ヵ月でなんと六十万円!」
「毎日は無理でしょ……」
「まあな。でも半分としても三十万円だ」
「マスターってばさ、守銭奴だよね」
小さな少女は、またしてもため息をつく。
そんな様子を前に、男は悪びれた様子もなく人差し指を振って見せる。あまり似合った仕草ではないが、本人は調子にのってか、チッチッチと効果音まで付けていた。
「これはな、人に害なす存在を倒した報酬だよ」
「ふーん。あっそう」
「そのついでに仕事のストレスも発散できるなんて、ああ異界って最高だな」
「異界でストレス発散ってさ……そんなこと言うの、マスターだけだと思うよ」
「そりゃ素敵だな。ナンバーワンよりオンリーワンだな。さあ、次の獲物を探そう」
男が意気揚々として歩き出す。
付き従う少女は深々と、それはもう深々とため息き、人間って好戦的なのかなぁ、と呟いた。
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