第9話 殺し屋サバド

 仲間たちと別行動を開始した白イタチの妖魔サバドは完全に己の気配を消して建物の陰に潜みながら、停泊中の客船をじっと観察していた。

 船の前では降りてきた3人の人影が何やら話し合っている。

 月明かりの助けもあり、サバドのいる位置からは3人の人物がハッキリと見て取れた。

 それは高校生くらいの男女とそれよりもう少し年下の少女だった。


「何だ。まだガキじゃねえか。一瞬で殺してやろうかと思ったが、とっつかまえて知ってることを吐かせてやるか」


 サバドの声は嗜虐しぎゃくの喜びに満ちていたが、その目は意外なほど冷静であった。


― 万が一あいつらを見逃したことでこの計画が頓挫とんざしたらどうすんだ? ―


 フリッガーにはああ言ったが、その言葉は何も口やかましい相棒の小言を適当にやり過ごすためだけに言ったものではなかった。

 サバドの視線の先に停泊している船はつい先日、彼の親玉である薬王院ヒミカが使用したばかりの船である。

 入港と同時に行われた船への警察の強制捜査に関しては、事前にヒミカが入手していた情報によってうまくやり過ごすことができた。

 だが、立て続けに同じ船を嗅ぎ回られることに、サバドの勘は警鐘けいしょうを鳴り響かせていた。


 ヒミカは警察組織の中のある人物から捜査情報を事前に入手している。

 しかしサバドが見たところ3人は霊能力者ではあるものの警察の人間とは思えなかった。


「どうやら内通者の存在がバレちまってるようだな。外部の人間を使って嗅ぎ回りやがって」


 忌々いまいましげにそう言うとサバドは建物の陰から陰を移動してゆっくりと相手に近寄っていく。

 こっそり接近して気付かれぬ間に相手を仕留めるのはサバドの得意とするところだった。


「よし。決めたぞ。一人はぶっ殺し、もう一人は半殺し、最後の一人は適当に痛めつけて情報を吐かせてやる」


 そう言って息を潜めると、サバドは誰を殺して誰を捕らえるか、思考を巡らせた。

 その目に殺気が宿り、口の両端が大きく吊り上がった。

 それは数多あまたの人間や妖魔をその手であやめてきた殺人者の恍惚こうこつたる表情だった。

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