第3話 本領発揮! 弥生の超嗅覚

 日没後。

 雷奈らいな響詩郎きょうしろう、そして弥生やよいの3人は住居であるバスハウスの1階リビングで打ち合わせを行っていた。

 弥生やよいはバスハウスの中を興味深げに見回して楽しそうな声を上げる。


「面白いおうちに住んでいらっしゃるんですね」

「変なところでしょ?」


 苦笑してそう言う雷奈らいな弥生やよいはブンブンと首を横に振る。


「そんなことないです。素敵だと思います。私は古い木造家屋にばかり住んでいたから、こういうの憧れます」


 弥生やよいの目の輝きが、彼女の言葉が本心であることを大いに語っていた。

 少女らしいその様子に雷奈らいなは思わず微笑を浮かべる。


「ふふふ。ありがと。ところで弥生やよいちゃんは見た目は全然変わらないけど、人族なのね」


 人族。

 その言葉に弥生やよいうなづいた。


弥生やよいでいいですよ。私たちは元を辿れば人でしたからね」


 妖魔には必ずと言っていいほど前世があり、もとは動植物であったり、無機物であったり、人であったりする。

 夜の間、妖魔らは自分の意思で姿を生来のものに戻すことができるが、人族の妖魔は夜になっても姿は昼の間と何ら変わりはない。

 だが、能力の面ではしっかりと本領を発揮する。


響詩郎きょうしろう。本当にそんなんで分かるの?」


 雷奈らいな響詩郎きょうしろうを振り返り、彼が手にしているビニール袋の中身について言及した。


弥生やよいがおじいさんの能力を受け継いでいるなら問題ないさ」


 響詩郎きょうしろうはそう言うとビニール袋の口を開けた。

 彼らがチョウ香桃シャンタオから請け負ったAランクの仕事とは、日本国内への妖魔の密航を手引きしている人物をあぶり出して捕らえることだった。

 警察の専門家でも捕らえられない相手の尻尾しっぽをつかむための数少ない手がかりとして、響詩郎きょうしろうが持っている小さなビニール袋の中に入っていたのは小指の先ほどの灰だった。


「密航者が忽然こつぜんと姿を消した船室の中に、唯一残されていたのがこの灰だったってわけだ。分析の結果、これがタバコの灰であることは判明したが銘柄めいがらまでは分からない。そんなわけで遺留物としての価値はないと見なされたまま、警察に保管されていたんだ」

「それを捜査協力のために香桃シャンタオさんが借り入れたのね?」

「そういうこと」


 そう言うと響詩郎きょうしろうは灰の入った袋を弥生やよいの前に差し出した。


「これの分析を頼みたい」

「了解しました」


 弥生やよいは快くそれを引き受け、袋の口を小ぶりでかわいげのある鼻の近くに持っていく。

 響詩郎きょうしろう弥生やよいに対して求めているのは、嗅覚による犯人の追跡だった。

 超嗅覚能力の持ち主である禅智ぜんち内供ないぐの孫である弥生もまた、しっかりと祖父の能力を受け継いでおり、彼女の頭の中では瞬時にしてニオイの分析が成されていた。

 10秒ほどニオイを嗅ぐと、弥生やよいは袋をテーブルに置いた。


「この灰には微量ながら吸った本人の呼気が残っています。間違いなく妖魔が吸ったもので、しかも吸った日時は事前情報にある船の入港日と同じ日ですね」


 弥生やよいの分析に雷奈らいなは仰天して目を丸くした。


「そんなことまで分かるの?」

「はい。これを吸っていたのは獣族の妖魔で女性です」


 驚いて言葉を失う雷奈らいなをよそに、響詩郎きょうしろうはより詳細な情報を弥生やよいに求めた。


「獣の種類は?」


 弥生やよいは束の間、得た感覚を頭の中で整理してから響詩郎きょうしろうの問いに答えた。


「いくつかの可能性が考えられますが、猿やイタチなどのようにニオイが強くはないですし、クマなどの大型妖魔に比べると繊細なニオイですので、おそらくイヌ科かネコ科のどちらかだと思います。このニオイだけだと、そこまでが限界ですね」


 まだあどけなさの残る少女にも関わらずその冷静な分析は、彼女が頼れる存在であると響詩郎きょうしろうをずいぶん安心させてくれた。


「十分だよ。よし。じゃあ次はこれが落ちていた場所に行ってみよう」


 笑顔でそう言う響詩郎きょうしろう雷奈らいなが横から口を挟む。


「行けるの?」

「ああ。桃先生にお願いして該当する船をチャーターしてもらった。ただし、料金はこっち持ちだから借りられるのは一時間だけな」


 目的がハッキリとしてきたため、雷奈らいな俄然がぜんやる気を見せて言った。


「そこに行けばもっと詳しいことが分かりそうね」


 相棒の目が燃えてきたのを見て、響詩郎きょうしろうは口元を引き締めて力強くうなづいた。


「ああ。警察による指紋採集や警察犬を使った捜査でも不自然なくらい痕跡が残っていなかったそうだ。だけど弥生やよいの鼻があれば、警察が見落とした何かを見つけられるかもしれない」

「ご期待に沿えるようがんばります」


 弥生やよいも両拳をキュッと握り締めて気合のこもった顔を見せるのだった。

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