第二章 陰謀のしっぽ

第1話 嗅覚少女! 弥生ちゃん!

 湾岸地帯の倉庫街で響詩郎きょうしろう雷奈らいなが雷獣の群れを始末した二日後。

 夕方近くなり、学校から帰宅した響詩郎きょうしろう雷奈らいなの住むバスハウスを一人の少女が訪れていた。


「はじめまして。禅智ぜんち弥生やよいと申します。この度はご依頼をいただきましてどうもありがとうございます」


 バスハウスの玄関前で礼儀正しくお辞儀じぎをするその弥生やよいという少女は、響詩郎きょうしろうが依頼して呼び寄せた仕事の仲間だった。

 一見、普通の人間にしか見えないが、彼女はこれでも立派な妖魔であり、響詩郎きょうしろう雷奈らいなの倍以上もの時間を生きている。


「よく来てくれたな。俺は神凪かんなぎ響詩郎きょうしろう。こっちは鬼ヶ崎おにがさき雷奈らいなだ」


 彼女をバスハウスの中に招き入れると、響詩郎きょうしろうは隣にいる雷奈らいなを紹介した。

 にこやかに接してくる響詩郎きょうしろう弥生やよいも笑顔を返した。


響詩郎きょうしろうさんのことはおじいさまからよく聞かされています」


 弥生やよいの祖父である老妖魔・禅智ぜんち内供ないぐ響詩郎きょうしろうは数年来の友人関係だった。

 今回そもそも禅智ぜんち内供ないぐに仕事の依頼をした響詩郎きょうしろうだったが、内供ないぐは高齢のために体調が優れず、代わりにその孫娘である弥生やよいを使いによこした。

 弥生やよいとはこれが初対面だったが、内供ないぐが太鼓判を押す人材なので間違いないだろうと響詩郎きょうしろうも仕事を頼むことにしたのだった。 


「ひと休みしたら早速今夜から仕事にかかろうと思うんだけど、大丈夫か?」


 お茶をれながら響詩郎きょうしろうがそう尋ねると弥生やよいは快諾した。


「はい。大丈夫です。ただ、本当にお二人のお住まいにお邪魔してもよろしいのでしょうか?」


 遠慮がちにそう言う弥生やよい雷奈らいなは笑顔を返した。


「気にしなくていいわよ。狭いところだけどリラックスして仕事に備えてね」


 そう言う雷奈らいな響詩郎きょうしろうはジトッとした視線を向ける。


「狭い思いをしてるのは主に俺であって、その原因を作ったのは雷奈らいな……イテッ!」


 笑顔のまま響詩郎きょうしろうの後頭部をはたく雷奈らいなの様子を見ながら、弥生やよいはおずおずと申し出た。


「あの、失礼ですけれど、お二人はお付き合いしていらっしゃるんですよね? それならやっぱり私がお二人のお住まいに宿泊させていただくのはお邪魔なんじゃ……」

「付き合ってないから!」


 即座に否定する雷奈らいなの隣で響詩郎きょうしろうもウンウンとうなづいて神妙な顔で付け加える。


「この雷奈らいなさんと付き合えるのはかなりの剛の者でないと無理だな……猛獣使いとか、イテッ!」

「黙れ」


 減らず口を叩く響詩郎きょうしろうほほを容赦なくつねり上げながら、雷奈らいなは取りつくろうように弥生やよいに笑顔を向けた。


「ま、まあ気兼ねしないでいいわよ。あなたも同じ仕事の仲間になってもらうんだし、一緒にいてくれたほうが話しやすいもの。私の部屋で寝泊りしてね。女同士だし楽しいわよ」


 二人の様子に弥生やよいはかわいらしい笑い声を立てた。


「ふふ。仲がいいんですね。お二人とも。うらやましいです」


 いよいよAランクの仕事に向けて彼らの初動が開始されることとなった。

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