第2話

 鬼が島への道のりの途中、桃太郎は街を通った。桃太郎が見たことも無いような大きな街だ。大きな通りの一角に人が集まって騒ぎになっているのが見えた。

「何だろう。」

桃太郎は気になって人の輪の中へ入っていった。すると、その輪の中央に、首に縄をかけられた犬、の、ようなものが居た。

 犬のようなもの、と、いうのは半分ほど人間のようにも見えたからだ。その、犬のようなものが数人の男に棒で打たれていた。

「ぎゃん!」

一人の男の棒が頭部に当たり、目の上から血が流れた。

「やめなさい!」

桃太郎は反射的に叫んで飛び出していた。男の前に立ち塞がり、まっすぐに男を見て言った。

「何故打つのです。」

男たちは不思議そうな顔をして桃太郎を見た。

「何故ぇ?見れば分かるだろう。こいつは化け物だ。犬でも人間でもねぇ。」

「それによ、さっき、川で子供を襲ってたんだ。俺は見たぜ。」

「…違う…」

犬のようなものはか細い声で言った。それは、見る間に人間の、少年に姿を変えた。ただし、切れた唇の端からは口内に収まりきれない牙が覗いている。

「あの子は…溺れていたんだ…だから…」

「うるせぇ!」

他の男が棒を振り上げた。桃太郎は腰から刀を鞘ごと抜き、咄嗟に体勢を移してその棒を受けた。相手は桃太郎よりもずっと大きな男である。周りの群集がどよめいた。

「私の名は桃太郎。この力を以って鬼が島へ鬼退治に行くところだ。この者は私の供として貰い受ける!」

がっと桃太郎が鞘を払うと、男の持っていた棒が残りの男の顔を掠めて近くの木に突き刺さった。

「ま、まぁ、ここからいなくなるっていうなら、なぁ?」

男の一人が周りに同意を求めた。

「そそ、そうだな。まぁ、頑張って鬼退治してくれや。」

他の男も周りの群集も、ざわざわと曖昧な同意を示してその場から立ち去った。後には桃太郎と、新参の供の者が残った。

「大丈夫かい?」

桃太郎が声をかけると、少年は涙を零した。

「悔しい…」

「うん。ひどい目にあったね。」

桃太郎はおいで、と声をかけると彼を伴って町外れまで歩いた。旅人が宿りにするであろう、大きな木の下へ腰を下ろすと、桃太郎はおばあさんが持たせてくれたきびだんごを差し出した。

「食べてごらん。元気になるよ。」

少年がそれをもらってほおばると、不思議と少年の傷が消えた。身体には力も漲っている。

「こ、れは…あなたは…あなた様は何者なのですか?」

「桃太郎だよ。まだ何者でもない。そのきびだんごはおばあさんが作ってくれたんだ。」

「そのばあさまもただもんじゃねぇですなぁ。」

突然木の上から声が降ってきた。二人が見上げると、その視線に反するように小さな人影が一つ、二人の前に落ちてきた。

「わが名は猿児、桃太郎様、お見知りおきを。」

「君は?」

「我は猿の物の怪と人間の間に出来た子供。」

猿児は正々堂々と名乗った。

「この通りの身軽さを生かして生きてまいりました。」

そう言うと犬の少年に服を差し出した。

「ホンの手土産ですよ。」

そう言うと桃太郎にも美味そうな果実を差し出す。

「我はこの通り、人に近くありますから、生きやすいですが…そちらのお犬様はお困りでしょう?」

「僕は…走ると犬になってしまうから…」

「お見受けしたところ、犬の妖怪と人間の間の子、と、お見受けしますが?」

犬の少年は着替えながらこくんと頷いた。

「助けていただいたご恩を返さねばなりません。どうぞ鬼が島へお供させて下さい。」

犬は桃太郎に深々と頭を下げた。

「我もついて行きますよ。この身軽さ、役に立つと思いますよ?」

猿児はからからと笑って言った。

「つきましては…その、不思議なだんごをば…」

桃太郎は笑ってきびだんごを差し出した。

「おお。」

猿児は喜んでその団子を食べた。

「むむっ、まさしく体中に力が沸き立つようですよ!」

そう言ってぴょんぴょん飛び跳ねた。その様子を見て、犬の少年も笑った。

「やっと笑ったね。名は?」

桃太郎は犬の少年に問いかけた。

「…疾風。」

少年はそう言って少し照れたように笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る