第10話 とある冒険者
ヴァリキルス王国に限らず、この世界には「冒険者」と呼ばれるもの達が存在する。
彼らは、王国や個人で発注される、各地に存在する遺跡の調査、活性化した魔物の討伐、その他諸々の依頼をこなすことで生計を立てている。
冒険者になるために必要なのは、銅貨20枚、もしくは銀貨1枚を払うこと、もしくはそれに相当するものを冒険者ギルドに提供すること。ただそれだけである。
それ故に、老若男女問わず様々な王国民がギルドに所属し、任務中に命を落としても自己責任だ。
冒険者ギルドの本部というものは、毎日が宴会場のようなものだ。
一仕事終えた冒険者達が、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。それは冒険者になれば誰もが経験するもので、それ故に毎日それが絶えることなく続いている。
中にはもちろん、依頼を受けるものもいるが、その大半は報酬のほとんどを使って飲み食いしている。
そんな中を、脇目も振らずに依頼受付へと歩いていく人影があった。
それは、空色の瞳を持つ、軽装備で身を包んだ十代程度の少女である。夕焼け色の髪を靡かせ、颯爽と歩くその姿は、誰もが目を惹かれるほど美しいが、それを誰もしなかった。寧ろ目を背けている者すらいる。
彼女はそんなことには目もくれず、様々な依頼が貼り付けてある中で、実入りのすくない物を選んだ。
「これ、お願いします。人数は私だけ。報酬は現金に換金してからお願いします」
少女は、慣れた口調で受付へと声をかけた。その中から出てきたのは、浅黒い肌を持ったスキンヘッドの男性。その肉体は服越しでも分かるほど隆起しており、鍛え上げられたことが見て取れる。
だが、その顔はどこか違和感を見る人にもたせた。なぜか口紅をつけ、薄っすらと化粧をしている。
「おう、ユイちゃんか。悪いなこんな顔で」
「どうもガトーさん。娘さんは元気そうですね」
「ほんと元気すぎてなぁ……これがまた可愛いんだ」
ユイと呼ばれた少女は、男性の姿を見て微笑んだ。初めてユイがガトーに会った時は、本気で女装癖を疑い距離を取ったものだが、話を聞けば娘さんのごっこ遊びに付き合った結果らしい。
段々と娘の話に逸れていくが、ユイはそれを黙って聞いていた。この場合、無理に話を戻そうとする方が面倒だと分かっているからだ。
長々と話してから、受付前に小規模な列ができていることに気がつき、ガトーも話を切った。
「すまんなユイちゃん。それで、何の任務だ?」
「はい。“裁きの森”の巡回任務ですね。そこそこの値段なので、暇つぶしにはいいかと」
「裁きの森ねえ……王国があれ関係の任務を出すなんて珍しいな……」
実際、王国が裁きの森の巡回任務を出すことなど、これが初めてのことだった。
裁きの森は、罪人を追放した後、一定の期間が経てばその死体を回収する時のに、王国兵士が大隊を率いて進軍する。それ以外は基本的に不可侵とされているのである。
そんな裁きの森への巡回任務。怪しいと言わない方が怪しいと言うものだ。
冒険者は、死んでも遺族に手当というものがでない。
故に、下手な罠を踏んで命を落とさないようにこのような依頼は受けないのだ。
だが、そのような依頼をユイは進んで受けることが多かった。
彼女は冒険者になって日が浅いわけではなく、どちらかといえば若いながらも古参の部類に入る。
そんな彼女が疑わしい依頼を受ける理由は、彼女以外誰も知らない。それ故に、まわりの冒険者彼女を「死にたがりの拳闘家」や、「命知らずな古参兵」と呼んでいた。
「ほれ、受注したぜ。気いつけていけよ。俺は責任取れねえからな」
「はい。それでは、正午には向かうと先方に伝えてください」
ぺこりと一礼をして、ギルドから出て行った。
**************
正午。
ユイは、依頼書に指定された通りに裁きの森への入り口へと向かった。
裁きの森は、罪人を収容する監獄のようなもので、その内部は特殊な魔術式によって操られた魔狼族が闊歩している。
誇りなき戦いをしない魔狼族に、罪人の監視、もしくは処刑をやらせるのだから、その魔術式を作った人間はそうとう神経が捩くれているのだろう。
そんなことを考えていたユイは、すぐにそれを振り払い、任務へと集中力を高めた。たかだか巡回任務だと言っても、危険度が低いわけではない。魔狼族に襲われる可能性もないわけではない。
「銀3級冒険者、ユイだな」
高めていた集中力が聞こえてきた声に断ち切られた。振り向くと、そこには小隊と思われる人数の騎士が歩いてきていた。尊大な態度で話しかけてきたのは、彼らの隊長であろう大柄な男性だった。
「私は、王国軍所属小隊長のドルハムだ。この度は、依頼を受けていただき感謝する」
「………ええ、よろしくお願いします」
全く感謝の念など感じられない口調に眉をひそめながら、ドルハムから差し出された手を取った。
その手は、まるでユイの手を握りつぶそうとするかの様に強く掴まれた。
「だが、本来これは我々の仕事だ。余計なことはしない様に」
だったら依頼などしなければいいのに。
そう思いながら、ユイはドルハムの手を“少し”強く握った。
「グァッ⁉︎」
「た、隊長‼︎」
「貴様、隊長を離せ‼︎」
すると、ドルハムが呻き声を上げながらひざまづいた。
大袈裟な反応を、彼の部下たちは疑うことなく、ユイに敵意を向けてくる。もちろん彼の反応は演技だ。
彼女をこの部隊から孤立させるためのものである。
王国騎士団というものは冒険者を信じていない。寧ろ見下してすらいる。
ーー嫌な仕事だけど……実入りはいいからな……
敵意を向けられながら、ユイはその手を離しため息を吐いた。
こんな調子ではマトモに仕事など出来ないかもしれない。
だが、この一行は何も気がついていない。
この裁きの森が、今では誰のものになっているかということに。
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