第4話 六人目


儀式。


それは、異世界から来た人間がこの世界の環境に慣れるための通過儀礼のようなもので、五聖龍に呼び出された剣斗達は、これによって与えられた力を発揮できる。らしい。


剣斗としては、あまり乗り気しない話である。

光牙達は本当にその儀式を受けるということを理解しているのだろうか?

儀式を受けて、力を得るということはつまり、戦うことを承諾するということだ。


それが嫌だから、剣斗は儀式待ちの列の最後尾に着いた。

逃げ出せたら一番良かったのだが、武装している兵士達が背後に控えているため、逃げ出すことは不可能だろう。

それならばせめてと、儀式は最後にと悪足掻きをしているのである。


「お気に召さないようだね、少年」

「……えっと、ギースさん、だっけ?」

「ええ。不満げなご様子だったので、気に止まってねぇ」


ニヤニヤと笑うギースに、剣斗は呆れたように嘆息した。

見たところ、年は自分とそう大差ないと思われるギースのことを、剣斗は信用していない。

先ほどのレイドとの問答で、剣斗は相手側の弱みをつき、クラスメイト達に違和感を持たせようとした。

だが、それもギースが割り込んできたことで無力化されてしまった気がする。


「不満というか、あんたらの思惑が分からない」

「思惑なんかないさ。ただ私たちは救われたいだけ」

「だったら自分でやってくれや……」

「…………君は、他の奴らとは違うみたいだね」

「冷たいだけだろ、多分」


探るように話しかけてくるギースをあしらっていると、儀式を終えたと思われる生徒が剣斗の元へやってきた。


「よぉ貧乏人、ビビリは最後尾か?」


誰かと思い記憶を探ると、そういえば葛谷とかいう名前のやつだったような気がする。

こちらを見下してくる彼の手の甲には、漢字の「火」のような紋章が刻まれており、それを見せつけるかのように手を挙げていた。


「俺さぁ、火龍の勇者なんだってよ」

「へえ……」

「だからよお、これからも俺に逆らったりしたら、どうなるか」


そう彼が何かを言おうとしたが、それを遮って剣斗の元へ来た者がいた。


「竜崎くん、これどうしよう⁉︎」

「え、檜島?なにがって……あんたもなんだ……」


葛谷は焦燥した彩音の顔を見て声をかけようとしたが、彼女の目にその姿は写っていないようで、剣斗を睨みつけてから、そそくさと取り巻き連中の元へ歩いて行った。

そう言いながら手の甲を見せて来た彩音には、「水」のような紋章が刻まれている。


「ようするに、あんたも勇者とか?」

「これつけるのすっごい痛かったんだよ‼︎」

「あ、そこなんだね……」


選ばれたことではなく、その過程が嫌なわけなのである。


「彩音、あんた足早すぎよ、まったく……」


それに続いて、静もやって来た。

まさかと思い、剣斗は彼女の手の甲をちらりと見る。

そこには案の定、2人と同じような紋章が刻まれていた。


「ああ、私もよ。本当に嫌んなっちゃうわ」


剣斗の視線に気がついた静は、ひらひらとそれを見せた。刻まれているのは「風」の紋章。

この調子ならば土と、何かあと一つだろう。

そうこうしている内に、儀式の間から歓声が上がった。

おそらく四人目が現れたのだろう。

今度のはこちらに来ないで儀式を終えた生徒達に合流したようだ。


「ど、どうしよ竜崎くん……私勇者なんて無理だよ……」

「それだったら私だって…………」


暗い表情になる彩音と静。


さすがに無視し続けるのは悪いと感じた剣斗は、何か声をかけようとしたが、上手い言葉が出てこない。

どうしようかと悩んでいると、新たな人物が割り込んでくる。


「心配ないさ。2人のことは、俺が必ず守ってやるから」


爽やかな笑顔を放ちながら、話しかけて来たのは、先ほどよりもどこかカリスマ度合いが増した気がする。

よく見れば、微かに白いオーラが溢れていた。


「俺が光龍の勇者に選ばれたんだ。2人にも、みんなにだって、危険な思いはさせない‼︎」

「そ、そうだよね。私だけじゃないもんね」


ちらりと剣斗を覗き見ながら、彩音は呟いた。彼女の顔から不安は幾分だが解消されている。

しかし、剣斗は不安をより一層深めた。

女子生徒からは黄色い歓声が、男子生徒からは雄叫びのようなものが上がった。

異常とも言える彼のカリスマ性は、こういう場面での発揮はあまりよろしくない。

全員の頭から「戦いに出る」ということに対しての危機感を忘れさせてしまう。

熱に浮かされてしまっているのだ。

それを表すかのように、どんどん列が進んでいく。


「そろそろ俺か……」


はぁ……、と深いため息を吐きながら、儀式の間へも歩いていく。

が、その手を握る誰かがいた。


「……あ、あの、竜崎くん。が、頑張ってね!」

「…………なにをかは聞かないでおくよ」


強めに握られた彼女の手をゆっくり外し、剣斗はその足で儀式の間へと歩いて行った。


そこには、ギースが同じような格好をしたもの達を引き連れて恭しく礼をしていた。


「ようこそ、竜崎剣斗さま。あなた様が最後でこざいます」

「あんた、瞬間移動でもできるのか……」

「いえいえ、火龍の勇者様が来た瞬間に移動を開始しただけでございますよ」

「そういえばいなかったな……」


この男は何よりも信用できない。


今の剣斗はこの世界にいる人間達を信頼していない。

その中でも最も信頼できないのがギースだ。彼の眼は、まるで全ての人間を嘲笑っているかのように淀んでいる。

そんな人間を信じろという方が無理だ。


「さあ、どうぞこの儀式石に手をかざして下さい」

「…………了解です」


部屋の中央に浮いている、ひし形の結晶体。それに触れることで、儀式が始まった。


「……………………あれ?」


手をかざし、数秒待ってみる。

だが、なんの反応もない。もう一度、力強く手をかざしてみる。

やはり反応がない。


イラついて、思わずそれを殴ってしまった。

きっと、それがいけなかったのかもしれない。


「がっ……⁉︎」


脳髄に響く轟音に、思わず倒れ伏し、のたうちまわる。

まるで獣の咆哮のようなそれは、鳴り止むことなく剣斗の頭に響き続ける。


そして、剣斗の意識は一度途絶えた



**********



「それは誠か、ギースよ」

「はい。私の目で拝見しましたので」


儀式を終えた勇者とその眷属の子供達を下がらせ、レイドはギースから儀式についての話を聞いていた。


「まさか……予言が本当になつてしまうとは……」

「仕方がありません。これも五聖龍様のくださった試練なのでございます」

「そうかもしれんな…………」


全ての原因は、最後に儀式を受けた少年にあった。

鋭い観察眼でこちらの弱いところをつき、ギースがいなければ恐らく更に追求されるような状況に持って行った少年。


「魔法属性は“黒”、そしてやはり六人目、邪竜の勇者です」

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