第3話 五聖龍の勇者


集められたのは、王様の座るような巨大な椅子がある広場だった。

先ほどの女性以外にも、装飾華美な格好をした人間が数名おり、どれも品定めをするかのように剣斗たち総勢36名を見ていた。


「よくぞ集まってくれた。勇者の諸君」


その中心にある玉座に座っていた初老の男性が口を開いた。

おそらくは、彼がこの集団のリーダーだろう。


「余は、このヴァリキルス王国の国王、レイド・K・ヴァリキルスである。この度は、よくぞ余の呼びかけに応じてくれた。褒めてつかわす」


実に偉そうで、無礼な態度に剣斗は開いた口が塞がらなかった。

どうしてここまで上から目線でこちらを見下せるのか分からない。

呆然と立ち尽くしていると、レイドと名乗った男の隣に立っていた大柄な男が声を荒げた。


「貴様ら、王の御前であるぞ!頭が高い‼︎」


突然の怒声に誰もが驚き、跪くことで恐怖心を抑えようとした。

その中で微動だにせず、真っ直ぐレイドを見つめている人間が三人いた。


1人は、このクラスメイト達の担任教師である草壁穂花。

小さな体を震わせながらも、レイドの前に立ち、生徒を守るように手を広げている。

もう1人はこのクラスのリーダー的存在である天城光牙。しっかりとレイドの眼光と付き人の怒声に耐え、睨みつけている。

そして最後の1人は、レイドのことを睨みつけもせず、ましてや震えて縮こまってすらいない。ただ辺りを見渡して、状況を確認していた。


それは、誰からも認識されていないようで、それでいて異様な存在感を放っている黒髪の少年、竜崎剣斗である。


「なんだ貴様ら、王の御前であると」

「こ、この子達は貴方たちの部下でもなければ、奴隷でもありません!横暴な態度は止めてください‼︎」


ガタガタ震え、涙目になりながらの、穂花はそこを動かなかった。

その姿に心を打たれ、女神に向けるような視線をしている生徒も少なくない。


「そ、そうだ!だいいち、あんたらにそんな権利はないはずだろ‼︎」


穂花に続いて、光牙もここぞとばかりに叫んだ。だんだんと跪いていた生徒たちも立ち上がり、不平不満を口々に吠え始める。


これは明らかにレイド側のミスである。

半端な恐怖政治で御しきれるのは本当の恐怖を実際に理解している者だけだ。

彼らのように、ヌクヌクとした世界で生きてきたものには効果が薄い。

やるのなら圧倒的な恐怖政治か、姫君に接するように下手に出るしかない。


「き、貴様ラァ……!」

「よいゲオルグ。彼女の言うことはもっともな話である」

「しかしレイド様、こやつらは……!」


レイドが諌めようとするが大柄な男、ゲオルグは未だに剣斗達に対しての高圧的な態度を崩さなかった。

気まずい。

ゲオルグは睨みつけ、威圧するばかりで、交渉というものをする気配がない。

生徒達も生徒達で、萎縮しすぎるか警戒心を剥き出しにするかで話にならない。


「あのさ、発言してもいいか?」

「な、なんだ貴様は‼︎」

「竜崎、邪魔するなよ」


その緊張感の糸を断ち切ったのは、ずっと会話に参加せず、虚空を見つめていた剣斗だった。

突然の言動に光牙は意を唱え、周りも口々に文句を垂れる。


「空気読めないんでいま聞かせてもらうが、あんたらは自分で戦おうとかは思わねえわけ?」


張り詰めた空気が切れたかと思えば、それらが全て剣斗へと注がれた。

おそらく、レイド達が高圧的な態度に出ていたのも、このことを問い詰められない為であろうと剣斗は考えていた。


「自分達で頑張りました。でも、それでも“災厄現象とやらに勝てませんでしたっていうんだったら話は別だ」


だけれど、恐らくはそうではない。


「普通、戦いの後ってボロボロになって満身創痍になるだろう?でも、アンタラにはかなりの余裕があるんじゃないのか?」


レイド達は何も答えない。

事実を言われると人と言うものは何も言えなくなるものだ。


「………何が、言いたいのだ少年」

「いや、特に何も?単なる確認だったから」


ようやく口を開いたレイドに、剣斗は興味なさそうな態度で話を打ち切った。

実に不気味で、掴み所が無かった。

それが、きっと彼らの警戒心を煽ったのだろう。


だがこの時は、誰もその先のことについては予想できなかった。


「その少年が言ったことは、あながち間違いではないよ」


剣斗に向けられた敵意の渦の中に、飛び込んでくる第三者の声が聞こえた。

男性の声だが、幼さが残り、未だ成熟はしていない少年の声だった。


「一体何をしに来たギース」


ゲオルグがその声の主へと威圧的な声を浴びせた。

それを受けたのは、無作法に王の間へと入って来た少年。

ボロ切れを身に纏い、不吉な空気を放ちながらこちらへと向かってくる。


「これはこれは国王陛下、この度は五聖龍の勇者召喚の儀式の成功、おめでとうございます。このギース、感激の至りでございます」


ニヤニヤとしながら、ギースは王の前に跪いた。

礼儀を知らないところは剣斗達と変わらないが、状況を理解している分、彼の方が余計にタチが悪い。


「五聖龍の、勇者?」


ギースのさりげない一言に、クラスメイト達は反応した。

『勇者』と言う単語はそれだけで誰かの心を騒つかせるものだ。


「おや?国王様は彼らに勇者の件をお話しでないので?」


侮った声音でレイドを見上げたギースは、苦い顔をしている彼らを視界の端に収めながら、一瞬だけ誰かを凝視していた。

その視線の先にいるのは、誰だったのか、一瞬すぎて分からなかったが、確実に誰か特定の人物を見ていた。


「これから陛下が説明しようと」

「では、私の口からお教えいたしましょう‼︎」

「ギース貴様」


ゲオルグの言葉を遮りながら小走りで走ってきたギースは、まるで舞台役者のように大袈裟な仕草をしながら剣斗達にむけて話し始めた。


「五聖龍様は申したのです。災厄を退けるには、我らの力を宿せし五人の勇者と、その眷属の戦士達のみ。それらを呼び出し、共に戦うことで世界は破滅から救われる。ですので、皆様方、どうかよろしくお願いします」


まくしたてるように言われたその内容に、誰もが唖然とする。

阻止するために呼び出されたことは分かっていた。

先ほど、金髪の少女の説明で分かっていたことではある。

だが、戦うというものは聞いていない。

恐怖が伝染し、呼び出されたクラスメイト達はザワザワと話し始めた。

あるものは咽び泣き、あるものは恐怖に震え、あるものは理不尽に怒った。


だが、それもギースの放つ言葉によってせき止められる。


「ご安心ください勇者様方。貴方たちは聖龍様のご加護によって人知を超えた力を宿しておりますので」


ねぇ、とギースがレイドに同意を求めるかのように微笑みかけた。

それに対して、レイドは苦い顔をしながらも頷いた。


異世界転移。

勇者様。

そして人知を超えたチート能力。


それらを聞いて、気分の良くなるものは多い。


「それでは、勇者の儀式へと参りましょう」


胡散臭い。

それしか、剣斗には考えられなかった。

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