第1話 始まりは一ヶ月前
月曜日というものが、竜崎剣斗は嫌いだった。
その日になれば、学生ならば嫌でも学校に登校しなければならない。
剣斗の様に、成績が悪く、出席日数も稼がなければ危うい生徒ならば尚更だ。
学校なんてめんどくさい、と思うのが現代っ子の常である。但し、剣斗の場合はそれに加えて教室の居心地が異常なほどに悪い、という理由が大部分を占めているが。
朝のホームルームが始まるギリギリの時間で教室に入り、寝不足でふらつく身体を無理やり動かして席に着いた。
そして、それとほぼ同時に、教室内の男子生徒から舌打ちや、敵意を隠すことなく顕にされ、女子生徒からは軽蔑の視線を向けられた。
それら全てを無視し、剣斗は窓の外をぼんやりと眺める。
その態度が気に食わなかったのか、関わらなければいいものを、ちょっかいをかけてくるものはいるものだ。
「よぉ貧乏人、今日もケツ掘らして金稼ぎか?」
「うっわ、マジでキモいわ、さっさと死ねよお前」
ゲラゲラと下品な笑い声を上げる数名の男子生徒。
最初に話しかけてきたのが、葛谷大輝といい、頻繁に剣斗に突っかかってくる人物の筆頭だ。
確かに剣斗は貧乏人であるが、もちろんそのようなバイトをしているわけではなく、頭の悪いでっち上げである。
では、なぜ葛谷達はそんなことを言ってくるのか。
貧乏人というのはそれだけで弱者というレッテルを貼られ、クラスでハブられることが多い。
それなのに、彼らのようなものがつっかかってくるのか。
その原因は簡単だ。
「竜崎くん、おはよ!今日もギリギリだね!」
肩で切りそろえられた栗色の髪は、窓から差し込む朝日に反射して薄く輝いている。
大きな目をパッチリと開き、形のいい口元には優しい笑みを浮かべている美少女が、剣斗に話しかけてきているからである。
名を檜島彩音いう彼女は、クラスの委員長と同時に生徒会の副会長も兼任しているしっかり者である。
そんな彼女がどうして剣斗に構うのか?それは本人にもうかがい知れない謎だった。
「あ、ああ……おはよう……」
そう返した瞬間、背筋に悪寒が走った。
原因は
①てきとうな返事をしたからなのか。
②そもそも返事をしてしまったからか。
どっちか一つに絞ってくれれば、まだ対処の仕様もあるだろうが、恐らくはそのどちらもであろう。
ーじゃあどうしろってんだよ……
そう思いながらも、嬉しそうな顔をする彩音の顔を見たら、毒気を抜かれてしまい、舌打ちをする気も失せてしまった。
「おはよう竜崎くん。毎日大変ね」
「彩音は優しいな。竜崎なんかに毎朝話しかけるなんて」
「そうよ。そんな奴ほっとけばいいのに」
「檜島さんかわいそう」
どうやって彩音をあしらおうかと考えていると、数人の男女が近寄ってくる。
1人目は彩音と同じように、悪意を感じさせない態度だが、他数名は明らかに剣斗のことを見下しているのが分かった。
唯一普通に挨拶をしてきた女子生徒が、泉井静。彩音の幼馴染で親友である。
「昨日もバイトだったんでしょ?目の下にクマできてるわよ」
「苦学生なんでね。休む暇もねえんだよ」
心配しながらも、どこか呆れたように話しかける彼女に対して、剣斗は彩香よりも砕けた態度で接する。
剣斗は彼女に色々と世話になっており、その分仲もそれなりに良くなっているのである。
しかし、静も彩音に負けず劣らずの美少女であり、男子生徒からの人気よりも、女子生徒からの人気が高いヤマトナデシコ系のサムライガールだ。
故に、生半可に話そうものなら、
ゾクリ‼︎
問答無用で殺気が飛んでくるのである。
もちろんこれには静も気がついている。
「なんだか……大変ね……」
「そう思うなら助けろ」
苦笑いする静に、冗談を言う剣斗。
こんな風に話せるのは泉井の様に悪意なく、そしてこちらの現状を理解しているものくらいだ。
「そうしたいんだけどね……」
「おい、静や彩音が話しかけてるんだ。もっとしっかりしたらどうだ?」
2人の会話を断ち切ったのは、明るい金髪の美青年。
その顔は不満に染まっており、剣斗のことをよく思っていません、というオーラを隠す気もないようだ。
「すいませんね天城さま。何分こっちは育ちが悪いもんでして」
剣斗も彼に対して悪意を隠さない。
天城光牙という男は剣斗にとって関わりあうのが最も面倒な人間だ。
容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群、カリスマ性もある。だからこそ、クラスメイトからの人望も厚く、女子生徒からの人気も高い。
おまけに彩音や静と幼馴染と言うのだから、世の中は不公平だと認めざるを得ない。
誰もが憧れる存在であるはずなのに、剣斗はどうにもこの男を好きになれない。
自分でもその理由がわかってないのだから不思議である。
「お前、なんだその態度は」
「はいはーい、天城くん座ってくださいねぇ。HR始めますよぉ〜」
光牙が何かを言おうとした時、タイミング良く担任教師が入ったことで中断された。
入って来たのは、黒板の前にある教卓よりもギリギリ大きいかどうかというくらいの身長を有している少女、もとい女性。服装はゆったりとしたものであることが災いして、子供が大人の服を無理して着ているように見えてしまう。
「は〜い、それでは出席取っていきますよぉ〜」
「それじゃ、竜崎くん。また後でね」
担任教師が間延びした声で言うと、彩音たちも各々の席へと戻っていく。
一体あとで何をするのだろうとは聞けなかった。
聞いたら聞いたでさっきから突き刺さっている視線に威力が加わると感じたからだ。
これら全てが、剣斗にとっては煩わしかった。
いっそ、ここではない、別世界にでも行けたらどれだけ楽なのだろうか。
そう思った瞬間だった。
「え……」
世界が沈んでいった。
いや、違う。
世界が沈んでいるのではない。
沈んでいるのは自分だ。
「なん、だよこれ‼︎」
「いや、いやぁ‼︎」
「くそ動けない‼︎」
正確に言えば、この教室そのものが沈んでいくのである。
その中で、最も動きが速かったのが彩音であった。
他の生徒よりも沈んでいく速度が速い。
「あ、あや…」
「檜島‼︎」
それを目にした光牙が手を伸ばそうと動くが、それを遮る影が横から割って入った。
「り、竜崎くん!」
「手ェ伸ばせ‼︎」
剣斗が光牙よりも先に彩音の伸ばされた手を掴み引き上げようと力を入れる。
だが、それよりも引き摺り込む力が強くなり、剣斗ごと彩音を引きずり込んだ。
その日、教室内にいた全ての人間が姿を消した
この事件は後に、集団神隠し事件として語り継がれるのだが、それはまた別の話。
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