魔剣と魔拳の黒龍士

コクリア

プロローグ

夕焼け色に染まる空を虚ろに眺めながら、少年はその命を終えようとしていた。


「最悪……じゃねえか……」


息をするのも辛く、意識を保つことすら億劫になってくる。

それでも立ち上がろうと仰向けになっていた体を動かし、手を支えとしたが、腹の奥から熱い何かがこみ上げ、吐き出すと同時に崩れ落ちた。

赤黒いその液体が、その量が、少年の負った傷の重さを語っていた。


「まだ……何も……終わって……ない……のに……」


這いずりながら、自らの命を奪おうとする脅威から逃げようと必死に動く。

その時だ。


「りゅう……ざき……」


か細く、今にも消えそうなほど弱々しい声が耳に入ってきた。

そこにいたのは、傷を負った少女。

今の空と同じような夕焼け色の髪を持ち、その拳は、厳ついガントレットが装着されており、可憐な容姿を持つ彼女には不釣り合いだった。


少年ほど重い傷ではないが、それでも彼女もその傷が原因で、命の危機に瀕していることがわかった。


「に……げて……な…さい……」


悲痛な懇願の声に、少年は立ち止まる。

これはダメだ。この選択は自分の命を奪うと、頭が警報を鳴らしている。


それなのに、彼女を見捨てるなと、心が叫んでいる。


歯をくいしばり、血まみれの手に握っていた折れた刀を杖代わりにして立ち上がろうとする。


心は折れかけている。身体はもはや死に体だ。それでも立ち上がる。


そうしないと、自分が自分で亡くなってしまうから。


「アッハハ、随分と面白い人だね」


朦朧とした意識の中で、少年は声を聞いた。

傷ついた少女とは違う、明るく弾んだ声。幼さの中に、一抹の妖艶さを含んだような、そんな声だった。


俯いていた顔をなんとか持ち上げ、その声のした方に意識を向けた。


そこには、『黒』がいた。


夜空のように深い黒の髪に、派手すぎず、地味すぎない装飾をあしらったゴスロリドレス。

深淵を覗くように真っ暗な瞳には、どこか恐怖心をこちらに感じさせ、口元は三日月を描くように歪んでいる。


一見すれば、誰もが目を惹く完成された美を放っている。

だが、纏っている雰囲気は、怪しく、どこか危うさを醸し出していた。


ーこの娘は……一体……?


疑問に思っただけで、それを口に出すことはできない。それだけの気力も体力も残ってはいないからだ。


しかし、黒の少女はそんなことは関係ないというように、トコトコと少年へと近づいていく。


「ねえ、なんで立ち上がるの?竜崎剣斗さん」


ニコニコと笑いながら少年の名前を口にする。どうして自分の名前を知っているのか。そんなことよりも戦わなければと、身体を動かすが、やはり動かない。それどころか、腹部に負った傷が大きくなっていく。


立ちたくない。それでも立ち上がらなければいけない。戦わなければ、自分は存在価値などない……


そんな少年、剣斗の頬を、黒の少女は艶めかしい手つきで撫でた。


「ねえ、聞いてもいい?」


足を止めることのない脅威の存在など無視し、その言葉を紡いだ。


「魔竜と相乗りする勇気、ある?」


それが、少年のこれからの運命を決める、醜く、悪辣な契約の始まりだった。

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