星読み人と異界の勇者

神田未亜

異世界から転移してきた女勇者

 月宮青磁は占星術師である。

 その占いの的中率は百%を誇り、メディアへの露出も多く、全国でも有名な存在だ。

 今日も今日とて雑誌の取材を受けた後、マンションの自室に帰り着き、ドアを開ける。

 そこで硬直した。

「な……?」

 部屋のソファの上に、なぜか見知らぬ女の子が寝ていたからだ。


 十八歳ほどだろうか。ただの女の子ではない。みるからに異様な風体をしていた。

 長い髪の毛は、純金の糸をより集めたような、光り輝く金髪。中世の騎士のような金属でできた胸当てをつけ、足元はロングブーツ。そしてなにより、腰に剣を下げていた。

「なにかのコスプレか……? でも、なんで部屋の中にいるんだ? 鍵は閉めてたぞ。どうやって入ってきたんだ?」

 青磁は気味悪く思った。とにかく、侵入者だ。早く出ていってもらおう。


 青磁は少女を揺り起こす。

「おい! 何だ、お前。ここで何してる。さっさと出て――」

 台詞は、最後まで言えなかった。

 少女に触れた瞬間、一瞬で視界が反転したのだ。

 何が起きたのか分からなかった。気付けば、床に顔が押し付けられていた。

 右腕は後ろ手に回され、関節技を決められている。

 振りほどこうとするが、ものすごい力で固定されていて、ぴくりとも動かせない。


「――誰、あなた。何をするの」

 凛とした声が響いた。鈴を鳴らすような、美しい声だ。

 ほとんど動かせない顔の中、横目でなんとかうかがうと、青磁の後ろに少女がいるようだ。

 どうやら、一瞬で少女が飛び起き、青磁を押し倒して拘束したようだった。

 信じられない速さと力だった。

 唖然とする青磁に、少女は言う。

「答える気がないの?」

 拘束された右腕に力が込められる。

 青磁は痛みに必死に声を上げた。

「何言ってんだ! お前こそ誰だ! どうやって入ってきた!」


 そう言うと少女は、少し拘束を緩めた。

 あたりをぐるりと見回す。そしてつぶやいた。

「ここは、民家……? どうして、こんなところに……」

「それはこっちの台詞だ!」

 少女は自分がなぜこんなところにいるのか、分かっていないようだった。

「魔導師との戦闘中で……。そうか、最後に使われた、あれは転移の呪文だったのね……」

 つぶやきながら、青磁の拘束を解く。


「あなたはここの住人? ごめんなさいね、手荒なことをして。寝込みを襲われたと思ったものだから」

 青磁は右腕をさすりながら立ち上がる。

 正面から見た少女は、絶世の美少女だった。大きな瞳は深い海のような紺碧。長いまつげ。陶器のようになめらかな肌に薔薇色の唇。

 状況も忘れて、一瞬見蕩れそうになった。

「……誰がそんなことするかよ」


「ねえ、ここはどこ? グロッタからどれくらい離れている? 私、どのくらい飛ばされたのかしら」

「ああ? グロッタってなんだよ?」

 青磁には少女の言葉の意味が分からない。

「グロッタを知らないの? モンターニャにある砦よ」

「モンターニャ?」

 聞き返すと、少女は呆れたような顔をした。

「それも知らないの? チエーロ大陸有数の都市でしょう」

「だから、チエーロ大陸ってどこだよ」

 そういうと、少女は今度こそ愕然とした。

「何を言っているの!? この世界最大の大陸じゃない!」

「そんな大陸がどこにあるんだよ! ここは地球の日本だ!」

「ニホン……?」

 少女は呆然とした。


「……とにかく、ルーナたちに連絡をとらないと」

 少女は胸に手を当て、目を閉じる。

 ぶつぶつと何か言っていた。

 しばらくして、悲鳴を上げる。

「どうして!? 念話が使えない!」

「念話?」

 青磁が問いかけるが、少女は耳に入っていないようだ。

 なにやら必死に手を動かしている。

 それから、訳が分からないといった表情でつぶやいた。


「魔素がない……」

「魔素?」

「何言ってるの! 魔法を使うために必要な媒体じゃない! 普通なら、空気中に溢れているわ。でも、ここにはほとんどそれが無い……」

 少女は絶望的な表情をした。

「もしかして、私、時空転移をさせられたの……?」

「時空転移?」

 青磁が聞き返すと、少女は青磁の目を見つめ、はっきりと言った。

「多分、そう。ここは、私のいた世界じゃない。私は……異世界に飛ばされたんだわ」


「異世界……?」

 青磁は呆れた。何を言っているんだ、こいつは、と思う。

 少女は語る。自分は異世界で勇者をしていたこと。魔王の配下との戦闘中に魔法をくらい、この世界に転移させられたこと。

「おいおい、妄想もいい加減にしろよ。そんなこと、あるわけないだろ」

「……信じられない?」

「当たり前だろ」

「……そうよね。この世界は魔素がないんだもの。魔法もあるわけがない。私も今は魔法が使えない。……でも、剣技くらいなら見せられるわ」


 ルーチェが剣を抜いた。

 刀身は純白で濡れたように光っており、真剣であることがすぐに分かった。

「お、おい。何す……」

 突如向けられた武器に焦る青磁に、ルーチェは突きを繰り出した。

 まさに神速。

 残像が残るほどの、目にも止まらぬ速さで突き出された刃は、青磁の髪の周りをかすめるようにして通り過ぎていった。

 瞬きする間に繰り出された突きは、その数七。

 数本だけ切られた青磁の髪の毛が、はらりと落ちた。

「……どう? 剣術は使えること、分かってもらえたかしら」


 青磁は声が出なかった。

 少女が常人離れした剣の使い手であることは間違いなかった。

 そのとき、青磁は気がついた。

 少女の運命が、過去も未来も全く見えないことに。

 青磁は愕然とした。青磁にとって、誰であろうと、人を見ればそれが見えるのが当たり前だったからだ。望みもしないのに運命が丸見えになる。自分のその能力を、青磁は毛嫌いしていた。

 なのに、この少女は何も見えない。

 それだけではない。覗き見えた生年月日の欄には、わけのわからない単語が並んでいた。

 アンノ暦2385年、空の月、炎の日。

 もしこれが本当だとするなら……。

 いや、もし、ではない。自分の占いは間違えることなどない。

 少女は本当に、異世界からやってきたのだ。

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