夢色の恋に出逢う

くるみ

Chapter1. 近くて遠い距離

Episode.1 恋色

春は過ぎていく



今年は桜の木が早く芽吹いた。


今はもう花びらは散って、穏やかな風はだんだんと夏の暑さを匂わせてきている。


厳しい受験戦争を乗り越え、自宅から近い私立高校を受験したのは今から数ヶ月前の出来事。


そして念願叶って第一志望であった星稜学園高等学校せいりょうがくえんこうとうがっこうに通うことになった時は、思わず涙が溢れた。



「まさか合格出来るなんて」

「本当その通りだな〜」



わたしの独り言に対し、声をかけられたかと思うと後ろからガシッと頭を掴まれた。大方こんなことをする犯人はあの人しかいない。



「お兄ちゃん…」

「ん?」



そう。これはわたしの兄であるしゅうお兄ちゃん。



「せっかく髪の毛セットしたんだから崩さないで!」



そう言ってわたしは頭の上に無遠慮に置かれた手を容赦無く退かす。



「ははっ、悪い悪い」



それにもめげず楽しそうに笑う兄は、同じ高校の先輩となった。



「そんなに悠長ゆうちょうにしてていいの?

今日は全校集会で挨拶するんでしょ?

トモちゃんも『あの馬鹿がちゃんと出来るのか』って心配してたよ」

「ば、馬鹿って…。ったく、冬香ともかは口が悪くて困る。まぁ可愛い妹達に心配されるのも悪くないけどな」



冬香というのはわたし達の妹である。

長男の愁お兄ちゃんに、長女のわたし、それから妹の冬香。こういった具合に、私達水瀬家の子供たちは名前に季節が入っているのが特徴だ。


かくいうわたしも、詩春しはるという今まさに終わろうとしているうららかな季節の名前を授かっている。



「お兄ちゃんは毎回反省の色が見えないもん」

「悪かったって言ってんだろ〜。

 もういいから大人しく学校行くぞ!」



そう言ってわたしの手を引く兄はとても適当な人だけど、本当は頭が良くて今は生徒会の会長まで任されている。

自分の兄をこんなに褒めるのはどうかと思うが、小さい頃から兄はわたしや妹を何があっても助けてくれた。


両親が海外に住んでいる為、家のことは全て兄が管理している。家事などについては分担式だが、器用な兄はそつなくなんでもこなしてしまう。



「勉強…教えてくれてありがとね」



この学園に合格出来たことだって、兄の力なくしては無理だっただろう。



「可愛い妹との素敵な学園ライフの為だ。どうってことないぜ」



そんな寒い台詞の後、先程とは違って兄は優しく頭を撫でてくれた。



「さて、こんなに話し込んでると電車に乗り遅れちまう」



「そうだね!」




そう言ってわたし達は学園に向かった。


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