リツイート・リツイート

さかなへんにかみ

リツイート・リツイート

 誰もが下を向いている。誰もが下を向いてスクランブル交差点を渡っている。歩行者を狙うはずの看板広告も、ビルに取り付けられた液晶画面もその役目を果たさないまま、ただ資源と電力を消費していた。今の渋谷は観光地としての価値を保つために景観こそ保たれているが、注視すればある種整然としてしまっている。こうして立ち止まって眺めているとその異常さを感じずにはいられない。まあ、仕方のないことだ。すでに広告代理業は死んだ。なぜなら俺のようなステルスマーケットツイート、要はステツをするツイッター民が増えすぎたせいだ。今のツイートは量、質においてもCMなんかよりよっぽど勝っている。言葉の重みが違うからだ。マイナンバー制度の及ぼした最大の産物はSNSをパーソナルデータと結びつけたこと。要は一般においての匿名性は保たれていながら、アカウントは戸籍と同義になった。そして個人が特定可能になったことでステツに報酬が支払われることになった。政府は所得税も入る。これは俺たちにとって救いであり、日本財政にとっても救いだ。

 今まさに俺もツイートを入力している。ソシャゲとイヤホンのレビューだ。レビューは一定の知識と文章的魅力が問われる分投稿数も少ないし、報酬もなかなかだ。大抵は専門的な知識のあるやつ、業者が報酬をかっさらっていくが俺のような器用貧乏もいる。ハイアマ層は固定客を引き込みたい企業にとってもっとも重要な層だ。肝心なのは感覚的でわかりやすい表現と適度に専門的な触れ込み、そして「損はしない」の一言。案外それを心得ているツイートは少ない。


Haruyuki@渋谷あたり @haruyiki2314_review 3分

  【イヤホンレビュー】AUSX SA200試聴しました!音がクリアで驚き  ました。ボーカルの伸びがとても綺麗で気持ちいいです。耳が幸    せ……。D型でこの解像度は素晴らしいですね。高価格のイヤホンに  も迫るスペックです。コスパ最高!

  #AUSX #SA200 #レビュー #イヤホン

http://www.lifeearphone.jp/ausx/00000011072/ ライフイヤホンさんより

         RT 2 ♡4  〇1


イヤホンのステツにあっという間にメーカーチェックがついた。この丸いサインはメーカーが確認し報酬の支払いを認めた証。やっぱり新参の中韓企業は定着を最優先とするから報酬がでやすい。これで今日は自己ノルマ達成だ。眼球と指先を休めるためにスマホをポケットにしまい、ちらと腕時計を見た。針は7時56分を指している。待ち合わせは8時だからちょうどいい。彼女ももうじき来るだろう。ほら。

「ごめん。待たせたかな」

彼女に話しかけられた。見るたびに服装なりアクセが変わるから、デートの始まるこの瞬間は楽しみだった。今日も例に漏れず初めてみる格好だ。

「いや、ちょうど来たところだから本当に。でも俺の方が早く来てるのって珍しいな。」

「もっと早くきてくれてもいいんだよ、まったく。今日いつもより遅かったのはヒールが歩きづらかったから。今流行りなんだけど、足に合わないかも。コーデの写真は挙げたいから履いてるけど。」

 ステツは当然ファッションにも適用される。とくにファッションなんかは服なり、靴なり実際にコーディネートして、着ている写真を挙げることは欠かせない。企業も商品の顔になる部分だからセンスやルックスで、厳密にチェックをだすユーザーを決めなければならない。彼女はいくつかのブランドと実質専属契約状態にあるらしい。俺なんかにはもったいないと思うこともある。かたやフォロワー300人、かたやフォロワー3000人だ。

「じゃあ行こうか。」

レストランへ向かう。渋谷は街並みが似たり寄ったりになったせいで迷いやすくなった。観光客からしたら迷路だろう。目印の看板をたどって2人で歩く。二人で歩ていると小さな発見がたくさんある。普段目を向けないものが散らばっている。ここに桜の木があるなんて知らなかった。ここからスカイツリーが見えるなんて知らなかった。いかに自分の視野が狭いか痛感する。そのレストランも広い視野だからかあっさりと見つかった。外観を見る限りなかなかいい店のようだ。アンティーク調な看板と店前に置かれたワイン樽が雰囲気を感じさせる。

「いいね」

俺と彼女はどちらともなくそう呟いて、カメラを起動した。

カシャ。添付。ツイート。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リツイート・リツイート さかなへんにかみ @sakanahen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ