宝物の夏

久遠マキコ

約束

 空気に色が付いたのかと思わせるくらい、景色は夕焼けの色に照らされていた。

 民家や畑が一望でき、そんな中に人々が細かい点としてゆったりと動いている。

 ちょっと手を伸ばせば隅まで届きそうなくらい狭いこの場所も空だけは高く、どれだけ手を伸ばしても小さな雲一つすら掴めそうにない。


「ねえ。これ、持っててくれない」

 加減を知らない暑さから逃げるためにやって来た山の中で時間を潰し、そろそろ解散の時間かと思っていると、不意に紙切れを渡された。

「これは?」

 中途半端に、しかし丁寧に手で切り取られた紙切れには短い文章が一つ書かれていた。

 綺麗に整ったその字は紛れもなく彼女の字で、にこやかに話す顔を見て、また何か思いついたのだと知る。

「いつの日か生まれてくる子供か、あるいはもっと先の子供にでも渡して」

 言いながら彼女はテツにも似たような紙切れを渡していた。

「孫っておい。それまで持ってろってか」

 紙切れを空に掲げながらテツが呆れたように言うが、その表情は柔らかい。

「そうは言っても持っていてくれるんでしょ」

「違いない」

 ふんと鼻を大きく鳴らすが否定しないのがテツらしい。

「それまで生きてられっかね」

 火照った体に気持ちの良い風が吹くと、木々が揺れて枝葉が擦れた。

「大丈夫」

 風が止んでから彼女が言った。

「テツもノブちゃんもきっと生きてる。私達と子供達とで今日の日の事を思い出すの。あんな事があったな、こんな事もあったなって。宝物だって埋めたのよ。これはその地図なんだから」

「相変わらずのお転婆だな」

「余計なお世話。私だって明日には十五よ。これからは淑女として生きていくんだから」

 風が吹いた訳でもないのに、自然と会話が途切れた。

「もう、十五になるのか」

 思わず口から零れてしまった一言に彼女は笑った。

「二人も十五でしょ」

「ナツはそう見えねえんだよな」

 テツがいつものように皮肉めいた言葉を乱暴に投げる。

「テツも十五には見えないくらい老けてる」

 彼女、ナツがそれに反応にしてテツとやり合うのを見て私は笑う。

 もう何度も見て、すっかり見慣れてしまった光景でも面白いものは面白い。

 二人の掛け合いを聞きながら何もない空に視線を移す。

 空は色を変え、今や金色に輝いていた。

 こんな日がいつまでも続けば良い。

 そう思っても、そうならない事は皆が分かっていた。

 だからだろう。

 三人が共に過ごす事の出来る最後の一日をいつも以上にいつも通りであろうとしている。

「この日を忘れない」

 呟いた一言に二人は言葉を切ってこちらを見てきた。

「この金色の空の下で過ごした宝物みたいな日々を忘れない。ナツが忘れても、俺が忘れない」

 自分に言い聞かせるように言うと、ナツは微笑み、テツは腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。

「約束だからね」

「約束だ」

「しゃあねえな。俺も忘れないでおいてやるよ」

「えー、テツも?」

「へっ、悪いかよ」

 ナツがふふふと笑いながら茶化すと、テツが律儀にそれに噛みついた。


 この日もいつかはありし日の夏の一コマに成り下がってしまうだろう。

 だから今、この胸に楽しさと同居する虚しさをこの身にしっかりと刻み込もう。

 ナツやテツ、その子供達と共に約束が果たされる遠い未来に今日という日の事を語るために。

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