ひとちがい #2

 武藤の口から飛び出した『妹』と言う単語に、叶は反応せざるを得なかった。椅子から腰を浮かすやいなや、遮蔽板に激突せんばかりに顔を近づけて訊き返した。

麻美あさみ何処どこに居るか知ってんのか!?」

 叶の食いつきぶりに、武藤はやや顔を引きつらせながら言った。

「おいおい、ちょっと落ち着けよ、あんまり騒ぐと面会止められっちまうぞ」

 叶は更に何が言おうとしたが、本当に面会中止になっては来た意味が無くなってしまうと考え直し、咳払いと共に椅子に戻った。はやる心を抑えつつ、叶は武藤を真っ直ぐ見据えて尋ねた。

「麻美は、オレの妹は何処に居るんだ?」

 武藤は薄ら笑いを浮かべて視線をらすと、表情を曇らせて答えた。

「いやまぁ、それなんだがよ、お前ん所のドアに貼ってあった写真見た時に、どっかで見た事ある様な気がしたんだけどよ、それがなかなか思い出せなくてな」

「前置きはいいから早く教えろ」

 苛立いらだちをにじませた叶が先をうながすと、武藤は右手で頭をきながら告げた。

「それが三日くらい前に急〜に思い出したんだよ。何でかは判らんけど」

「何処だ?」

 かす叶を無視する様に溜息ためいきを吐くと、武藤は首をななめにかしげて告げた。

「本町の『リベラ』ってクラブだ。確か『アミリ』って名乗ってた」

「リベラだな」

 店名を繰り返して腰を浮かせた叶に、武藤が渋面しぶづらで言った。

「あくまでも似てる気がする、ってだけだ、あんまり期待しないでくれよ」

「ああ、判ってる」

 頷いた叶は、武藤を横目で一瞥いちべつして面会室を出た。平静へいせいよそおってはいたが、心の中は大きくれ動いていた。

 もう、九年がとうとしている。

 今まで、探偵の仕事と『熊谷ボクシングジム』でのトレーナー業の合間をって麻美の行方ゆくえを探し続けたが、些細ささいな手掛かりすらつかめなかった。それが、漸く見つかった。まさか、かつてやり合ったヤクザからもたらされるとは予想もつかなかったが。

 ともかく、そのアミリと言うホステスに会って確かめなければならない。

 叶は足早に拘置所を出て、近くのコインパーキングにめていたバンデン・プラに乗り込んだ。


 叶は事務所へ戻る途中でコンビニエンスストアに寄り、弁当と缶コーヒーを購入した。今の精神状態で『喫茶 カメリア』に入ったら、今日聞かされた事を桃子や大悟に話してしまうかも知れない。まだアミリが麻美だと確認できていない状況では、迂闊うかつに他人にらしたくなかった。

 月極駐車場にバンデン・プラを停めた叶は、桃子に見咎みとがめられない様に『喫茶 カメリア』の前を避けて事務所に戻り、応接セットのソファに腰を下ろして弁当を食べ始めた。半分程を胃に収めた辺りで、缶コーヒーをひと口すすってからジャケットの内ポケットに手を突っ込み、スマートフォンを抜き出してテーブルに置き、検索けんさくエンジンに『クラブ リベラ』と打ち込んだ。だが表示された結果の中に店のホームページらしき物は見当たらず、水商売の紹介サイトの記事や口コミ等が数件あるのみだった。しかも、店の紹介文に『会員制』の文字を見つけた所為せいで叶の表情は曇った。武藤の言った『リベラ』が本当に会員制なら、すなわ一見いちげんさんお断りの店と言う事になる。たちまち目の前に立ち込めた暗雲あんうんに、叶は一抹いちまつの不安を覚えながら弁当を平らげ、ジャケットを脱いでかたわらに放り、ネクタイを外してソファに横になった。


 叶が目を覚ますと、外はすでに陽が傾いて薄暗くなり始めていた。寝転がったまま壁の時計を見ると、午後六時を過ぎていた。一般的な水商売なら、そろそろ営業を始める頃合いだ。

 身体を起こした叶は、飲みかけの缶コーヒーを取り上げて一気に飲み干し、外したネクタイを持ってパーテーションの向こう側へ入った。より濃い色のネクタイを選んで交換こうかんし、衣類いるい等を入れた引き出しボックスからタオルを一本抜いて給湯室へ移動し、流しで顔を洗った。ついでに冷蔵庫からペットボトルの水を出して、二度うがいをして三度目はラッパ飲みした。

 給湯室を出た叶は、顔をいたタオルをテーブルに置くとソファに放ったジャケットにそでを通して玄関へ行き、扉に貼り付けて久しい麻美の顔写真を数秒見つめてから事務所を出た。

『クラブ リベラ』に入れば酒が入る事は確実なので、叶はバンデン・プラに乗る事をあきらめてバス停へ向かった。程なく到着したバスに乗ったものの、会社員等の帰宅時間とかぶった為に車内はほぼ満員だった。居住性の悪さに辟易へきえきしながら、叶は本町の駅前でバスを降りた。そこから、スマートフォンで調べた住所を頼りに『クラブ リベラ』を探し始めた。

 大勢の人々であふれ返るメインストリートを抜け、喧騒けんそうから少し遠ざかった辺りで、叶は足を止めて顔を上げた。

 光沢こうたくのある外壁に包まれた雑居ざっきょビルの角に突き出た看板かんばんの中に、黒地に白文字で『CLUB LIBERA』と書かれた一枚を見つけると、叶は深い溜息を吐いた。

「結構な高級クラブだな、さすがに腐ってもヤクザの組長か」

 小声で吐き捨てると、叶はあごを引いてビルの出入口へ足を踏み入れた。すぐ横に貼られたテナントを表示するプレートで、『CLUB LIBERA』が四階にるのを確認し、正面奥のエレベーターに乗って四階に上がった。

 エレベーターを出ると、さらなる静寂せいじゃくおとずれた。今までに水商売の店に入った事は何度かあるが、この様な雰囲気は初めてだった。

 息をととのえつつ、叶は『CLUB LIBERA』を探して歩を進めた。ブーツがコンクリートの床を踏む音が、異様に響く。

 廊下ろうかの一番奥に、如何いかにも高級そうな黒い木製の扉が見えた。その中央に、『CLUB LIBERA』とられた金色のプレートが貼ってある。その左側、ドアノブの近くにインターホンが設置されていて、その下に『当店は会員制です 御紹介の無い方の入店を固くお断り致します』と注意書きがされていた。

 門前払もんぜんばらいの可能性は濃厚のうこうだったが、今更引く訳には行かない。どうしても店に入れないなら、外に張り込んで閉店を待つだけだ。

 覚悟かくごを決めた叶は、生唾なまつばを飲み込んでインターホンを押した。


《続く》

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