ブラッド・ライン #26
演奏が終わり、いのりが頭を下げた直後、またも万雷の拍手が店内に響いた。玲奈が駆け寄って、満面の笑みで告げた。
「凄いねいのりさん!
「玲奈ちゃん、ありがとう」
礼を言ったいのりは、贈られたフルートを愛おしげに見つめた。その様子を見ながら、叶は瑠璃香に言った。
「やっぱり、マサ・ダンダはいのりちゃんのお母さんの事が本気で好きだったんだな」
「そう、ですね」
瑠璃香は目を
誕生日パーティーが終わり、『WINDY』には叶と玲奈、いのり、瑠璃香、風間が残った。
「俺の事は気にしなさんな。何か話があるんならごゆっくり」
瑠璃香に告げると、風間は皆が使い終えた食器等を片付け始めた。叶が手伝おうとすると、風間が手を出して制した。
「お前さんは、彼女の
風間の指し示す先に居るいのりを見た叶は、申し訳無さそうに頷いた。代わりに玲奈が手伝いを買って出たので、叶は安心して、瑠璃香と向き合ういのりの傍らへ寄った。
瑠璃香は軽く咳払いすると、ジャケットの内ポケットから封筒を取り出しつつ口を開いた。
「皆口さん、実は、貴方にお渡ししたい物があるの」
「何ですか?」
いのりの顔が、また強張った。瑠璃香は封筒をいのりの前に差し出して答えた。
「段田雅弘さん、つまり、貴方のお父さんからの手紙よ」
「手紙? それって――」
横で疑問を口にしかけた叶を、瑠璃香が目で制した。仕方無く口を閉じる叶の傍らで、いのりが緊張した
『いのりさん めいわくかけてごめんなさい いのちをかけてつぐないます』
パーキンソン病の状態が悪化し、日常生活もままならない筈のマサ・ダンダが、力を振り絞って必死にしたためたのだろうその文面には、血を分けながらも表立って手を取り合えない子供を思う親の痛ましい程の愛情が
「大丈夫?」
叶の問いかけに頷きながら、いのりが瑠璃香に尋ねた。
「こ、これって、どう言う?」
「まず、段田さんは貴方への資産とブランドの諸権利譲渡を取り止めました。ブランドは売却、資産は
「売却? 随分思い切ったな」
叶が反応すると、瑠璃香が溜息混じりに返す。
「ええ、もうこれ以上ブランドを維持する事は叶わないと思われたらしくて。既に幾つかの投資ファンド等が買い手として名乗りを挙げています」
「そうじゃなくて、命をかけて
明らかに動揺しているいのりが、ふたりの会話に割り込んで訊いた。瑠璃香はいのりを真っ直ぐ見つめて答えた。
「段田さんは、生命保険の受取人を、貴方にしているんです。御自分が亡くなっても、皆口さんが困らない様に」
「そんな」
言葉を失ういのりの肩にそっと手を置いて、叶が
「いのりちゃん、きっとマサ・ダンダはキミに父親らしい事を何かしたかったんだよ。でも、病気が
「探偵さん」
頬を涙で濡らしたいのりが、叶を見上げた。笑顔を作って、叶が言った。
「許してやれ、とは言わないけど、その気持ちは受け取ってやりなよ。一応、父親なんだからさ」
いのりは再び便箋に目を落として身体を震わせていたが、大きく鼻を啜ると顔を上げ、叶と瑠璃香を交互に見て言った。
「はい。ありがとうございます」
瑠璃香は安堵の表情で頷くと、いのりと叶に
「では、私はこれで失礼します」
そこへ、片付けを終えた玲奈が声をかけた。
「弁護士さん、今日は来てくれてありがとう! またね!」
瑠璃香は笑顔で玲奈に手を振ると、出入口へ向かいかけて足を止め、叶を見て言った。
「そう、椛島不動産の社長、
「へぇ。あの早川とか言う奴が
叶が訊くと、瑠璃香は首を
「さぁ、そこまでは。では」
立ち去る瑠璃香を見送った叶は、いのりに向き直って言った。
「じゃあ、帰ろうか。家まで送るよ」
「あ、ありがとうございます」
礼を言ういのりの側に駆け寄った玲奈が、叶に問いかけた。
「ねぇ、ウチも送ってくれるよね?」
「仕方ねぇな、車取って来るから待ってろ」
言い置いて出入口へ向かった叶の背後で、玲奈がいのりに何やらけしかけていた。その数秒後、いのりの声が叶の背中に飛んで来た。
「ありがとう、ともちん!」
叶の身体が、
〈「ブラッド・ライン」了〉
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