ブラッド・ライン #12

 ふたりの間を、奇妙な沈黙が支配した。

 叶は己を落ち着かせる様にコーヒーを飲み干すと、カウンターで洗い物をする女性に「あ、もう一杯いいですか?」とカップを持ち上げつつ頼んだ。請け合った女性がカップを取りに来る間、瑠璃香はアイスティーを飲んで軽く咳払いをした。つられて咳払いした叶が問いかける。

「決意は結構だが、それで娘に迷惑かけてちゃ世話ねぇな。所で、その遺言状の内容はアンタとマサ・ダンダしか知らないんじゃないか? だったら何でいのりちゃんが狙われるんだ?」

「それなんですが」

 言いかけて、瑠璃香は口ごもった。叶はテーブルに肘を突き、身体を前傾させて言った。

「全て話すんだろ? 話さないんならこの依頼は本当に無しだ」

 表情を曇らせて、瑠璃香は絞り出した。

「実は、うちの事務所に盗聴器を仕掛けられていたんです」

「何? 随分ずいぶん手の混んだ事するな」

「ええ。遺言状の内容を段田氏と話し合った直後から、脅迫めいた電話やメールが来る様になって、気になって調べたら見つかったんです。警察には届けたんですけど、犯人は未だに特定されていません」

「それをやらせたのが、マサ・ダンダの弟だと?」

「確証はありませんが、タイミングがタイミングなので、恐らく」

 叶の問いに答えた瑠璃香は、アイスティーを飲み干して紙ナプキンで口元を拭った。叶は二杯目のコーヒーを受け取りながら更に訊く。

「それはともかく、何でいのりちゃんに事情を教えないんだ? 何も知らないのに急に命を狙われて、可哀想だろ?」

「それは、かつて段田氏と皆口さんのお母様との間で、彼女が成人するまでは父親については教えない約束になっていて、段田氏は今でもそれを遵守じゅんしゅなさっています」

律儀りちぎだね」

 皮肉っぽく言ってコーヒーを口に運びかけた叶が、何かに気づいて手を止めた。

「ちょっと待てよ、アンタがオレに言った一週間ってまさか?」

「そうです。あと四日で、皆口さんは二十歳はたちになります」

 故人の遺産を相続する場合、成人していなければ後見人が必要となる。非嫡出子の上に母親を亡くしているいのりが遺言状の内容に従うには、成人している必要があった。つまり、瑠璃香はいのりが法定相続人として認められる年齢を迎えるまで、叶にボディガードをさせる魂胆こんたんだったのだ。叶は天を仰いで数回首を振ってから言った。

「ったく、だったら最初っからそう言ってくれよ。オレが融通ゆうづうの利かないクソ真面目な探偵だったら、今頃いのりちゃんはケガくらいじゃ済まなかったかも知れないぜ」

「本当に、申し訳ありませんでした。その上で、改めて皆口さんのガードをお願いできませんでしょうか?」

 瑠璃香の謝罪しゃざいついでの再依頼に、叶は渋い顔で返した。

「ガードは続けるさ、いのりちゃんからも頼まれてるからな。アンタの依頼を受けてもいいが条件がある、事情を全部いのりちゃんに話すんだ。親同士の約束なんざ知った事か」

 瑠璃香はうつむいて目を泳がせていたが、唇を引き結んで顔を上げた。

「判りました。段田氏には私から説明します」

「OK。じゃ、引き受けよう」

「ありがとうございます」

 依頼を承諾しょうだくした叶に、瑠璃香は深々と頭を下げながら、先に叶が突き返した前金入りの封筒をテーブルに置いた。数秒迷って、叶は封筒を取ってジャケットの内ポケットへねじ込んだ。


《続く》


 




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