蘇る本能 ♯4
「会ってみたかったんです、探偵に!」
「へ?」
突然の告白に戸惑う叶に構わず、史穂はソファから立ち上がってまくし立てた。
「わたし実は小説家になりたくて、それもハードボイルド小説家になりたいんです。それで昔からハードボイルドの主人公と言えば探偵って相場が決まってるじゃないですか、『マルタの鷹』のサミュエル・スペイドや、『長いお別れ』等のフィリップ・マーロウもそう、だから学校へ行く途中でここの窓の『探偵』って文字を見つけた瞬間、ああもうこれは運命、あそこに行けば本物の探偵に会えて
思いの丈を吐き出して満足げな史穂に対し、叶は苦笑しつつ言った。
「あ、そう……スペードだかフィリップ何とかはともかく、そんなに期待されてもねぇ」
すると、史穂が心底驚いた顔で叶を見下ろした。
「え? 知らないんですか? フィリップ・マーロウと言えばハードボイルド小説のキャラクターの中でもトップクラスの知名度を誇る探偵で、レイモンド・チャンドラーが一九三九年に――」
「あー判った判った、判ったから落ち着いて」
史穂の
「引き受けるよ、君のお兄さん探し」
「本当ですか? ありがとうございます!」
色よい返事をもらえた史穂が、笑顔で礼を述べた。
「それより、学校行かなきゃまずいんじゃないか? 遅刻しちゃうよ」
叶が八時十三分を差した時計を見ながら言うと、史穂は「あ、いけない」と言って鞄を掴み、出入口に向かう途中で叶に訊いた。
「あの、お金の方は?」
叶はソファから腰を上げると、質問には答えないで更に訊いた。
「それはともかく、今日学校終わったら、お兄さんの部屋を見せてもらえるかな? 何か手掛かりがあればと思ってね」
「あ、はい。じゃあ終わったら連絡します」
請け合った史穂が、出入口の扉の前でふと足を止めた。その視線は、扉の上半分に嵌まった磨りガラスの殆どを覆う様に貼られた、やや退色したチラシに注がれていた。中央に、史穂に近い年代の女性の顔写真が大きく載り、その上に『この人を探しています』と大書されている。写真の下には『
「あの、これって」
困惑しつつ尋ねる史穂に、叶は沈痛な面持ちで答えた。
「あぁ。八年前に行方不明になった、オレの妹だ」
「そうなんですか……」
悲しげな顔でチラシを見る史穂に、叶は無理矢理笑顔を作って、
「さ、早く行かないと本当に遅刻するよ」
と促した。史穂は叶に向き直って、
「じゃあ、よろしくお願いします」
と告げて頭を下げ、事務所を後にした。
《続く》
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