Cパート
「ギシャシャシャーーッ!!! ハヤクアイツヲ……武装天使ヲ仕留メロ!」
「くっ、しゃらくさい!
『グギャアアア!!!』
「えぇい! ちょこまかとォ! ならばこれで! フォトンスラッシュ! ストォォーム!」
『ギャグアァァ!!』
「いやぁ、中々に派手な子ですね。顔は良く見えないですけど」
「……君、どうしたらそんな風に図太くなれるんだい?」
元郷さんの褒めているのかいないのかよく分からないお言葉は、爆音で聞こえなかったことにしよう。今はそんな事気にしてる場合じゃない。
今現在の状況をざっと説明するなら、「ちょっと破廉恥な感じの子が唐突に現れたと思ったら、急に魔法のステッキめいたものを取り出して、蜘蛛軍団相手に爆撃を始めた」ってところだろうか。そして僕らは何とか糸の拘束から脱出し、再び路地に隠れる事が出来た。
あからさまにあり得ない光景を目にして僕は……元郷さんの言う通り、酷く落ち着いていた。
もうちょっと動揺とかした方がいいんだろうけど、うん、僕って演技ド下手だからなぁ。ブライトの事とかブライトマンの事を誤魔化すのに、どれほど苦労したか。思い出すだけで涙でそうだ……あ、やばい、本当に涙でそう。
「ところで、どうやってここから脱出します? 道路は穴だらけで爆撃の真っ最中だし、かといって別なところに行って、この異空間? から自力で逃げられるとは考えにくいですし……」
「となると、やはり鍵はあの女の子かな」
そう言いながら元郷さんは、空中を舞いながら爆撃を繰り返す魔法少女(?)を見やる。
まぁ、それしかないか。あの子と蜘蛛の怪人のどっちがこの空間を作ったのかは知らないけど、少なくとも無力な人間がどうこうできる代物じゃないっていうのは分かる。
……くそぅ、ブライトマンになれないのがこんなにも不便だったなんて。ブライトマンになれさえすれば……と思ったけど、変身しても元郷さんが脱出出来なければ意味がないじゃないか。ブライトマンは単独で異空間からの脱出は出来ても、異空間そのものを破壊できないのだから。発生源が特定されてれば話は違うけど。
「これでトドメだ! 鳴り響け! 終末の音色! あまねく悪に裁きを!」
おっと、そうこうしてる内に、あの子が何やら物騒な事言ってる。これはもしかしなくても――
「逃げろ!」
元郷さんが声を発するのと同時に、足を動かす。できるだけ遮蔽物の多い奥へ、奥へ!
「――ジ ャ ッ ジ メ ン ト ! 」
その言葉が聞こえた瞬間、僕の身体は爆風で吹き飛ばされ、建物の壁に叩きつけられた。幸い、路地の幅が狭かったおかげでそこまで痛くはなかったが、耳をやられた。キーン、という耳鳴りだけが僕の耳を支配し、巻き上がった粉塵で目も開けていられない。
それからどれぐらいの時間が経っただろうか。
「――君! 明星君! 無事か! しっかりするんだ!」
気が付いたのは、元郷さんの声が聞こえ、体を揺さぶられた時だった。目を開けてみれば、自分があの路地で寝転がっていた事に気付く。路地の隙間から見える空はオレンジ色に焼け、通りは仕事帰りの社会人でごった返しているらしく、バタバタと靴音が聞こえてくる。
「……なんとか、無事みたいです。ついでに食材のほうも」
未だにくらくらする頭をなんとかしっかりさせ、辺りを見回す。
見たところ、あの謎の空間の中で起きたような惨事は見受けられない……どころか、あの子蜘蛛や蜘蛛怪人、そしてあの魔法少女っぽい誰かの激しい攻撃の跡が、一切見当たらない。それに、ずっとビニール袋に入れて持っていた鍋の具材も、どういうわけか汚れ一つない。
「……あれは、夢、だったんですかね?」
「……そう、信じたいね」
結局、僕らはまるで、狐につままれたかのような気分で帰路についたのだった。
後ろの方……つまり路地の奥の闇から、蜘蛛怪人の発していた声が聞こえたような気がした。多分、風の通り抜ける音だろう。
******
「たっ、ただいッ……ま?」
「あ、一子ちゃん、お帰り」
「やぁ。お邪魔させてもらってるよ」
「あれ、明星さんに、大家さんに、えっと、テス子さん、でしたっけ?」
どたどたと慌ただしく帰って来た一子ちゃんを、にこやかに出迎える。が、一子ちゃんは――まぁ、当然ではあるけれど――数歩後ずさり、自分の部屋の番号を確認する。
間違えてはいない。ただ、本来の部屋の主が、ちょっと留守にしてるだけでね。
「あの……
「あー、うん。先輩……君のお兄さんに、「先に上がって、準備をしておいてくれ」って頼まれてさ」
「準備? ……って、なんの?」
「君達兄妹の、歓迎会をと思ってね。今日は彼と、君のお兄さんに鍋の具材を買ってきてもらってたんだよ」
そう、打田さんが頼んだのは、こういう事だったのだ。思えば、僕がここに初めてやってきた時も、今はいない1号室の住人と一緒に、歓迎会を開いてもらったのを今更ながらに思い出す。
で、疲れて倒れてしまいたいのを我慢しつつ帰宅すると、打田さんが元郷さんの部屋の前で待っていた。どうせだから、越してきた彼ら兄妹の部屋でやろう、という事になったのだ。しかし、元郷さんは部屋に具材やら何やらを置くと、唐突に出て行った。
なんでも、「忘れ物をしたから」との事らしい。何を、とまでは聞かなかったけど、まぁ、訊くだけ野暮ってものだろう。仕方がないから、僕と打田さんの二人で歓迎会の準備をしていると、一子ちゃんが帰って来たというわけだ。
テス子? ああ、僕が買ってきた黒ゴマプリンに目の色変えて飛びついて、一心不乱になって全部食い尽くして、後は部屋の隅でボーッとしてるよ。まぁ、下手に何かされるのも困るしね。
と、テス子の様子を見て口元が歪むのを自覚していると、一子ちゃんが悩ましげな声を出す。
「どうかした?」
「いえ、お兄ちゃんが忘れ物なんて、珍しいなって」
「珍しい?」
打田さんが訊き返すと、うん、と一子ちゃんが頷く。
「多分明星さんはご存知だと思いますけど、お兄ちゃん、忘れ物なんて滅多にしないんですよ。それどころか、他人の心配ができるぐらいで」
「へぇ。しっかり者のお兄さんなんだね」
そう言われるとそうだ。正直な話、あの人が自分の忘れ物をしているのを、僕は一度たりとも見た事がない。もしかしたらしているのかもしれなけど、基本的にあの人は忘れ物をしないというのが、彼を知る皆の見解だろうと思う。
慎重すぎるきらいがあると言えばいいのか、それとも記憶力がいいのか。家を出る時や教室から出る時なんかは、必ずと言っていい程、自分のいた所の周囲を確かめてから出ていく周到っぷりは、僕も見習わないといけないと思わざるを得なかった。
今日だって僕、財布忘れたりするぐらいだし……って、あ。
「そういえば元郷さん、僕が財布を持って行くの忘れてるのに気づいてなかったみたいだし、今日は調子が悪い日とか……じゃないかな」
「え、お兄ちゃん気づかなかったんですか!? どうも、兄がご迷惑を……」
……そこは謝らなくてもいいんじゃないかな、とは、あえて口には出さなかった。
******
僅かに光で大地を照らしていた太陽は沈み、今は夜。都市部は電気の明るい光をあちこちから放ち、空で輝くのは、やや欠けた月のみ。
しかし、太陽よりもほのかな程度の輝きでは、街の全てを照らす事は叶わない。加えて今は丁度分厚い雲が、光を遮っている。その結果、本来ならば見える筈のものを、人々の目から見えなくしている。
「グ……ギェェ……」
そう、例えばそれは、昼間壮絶な戦いが繰り広げられた大通りの、近くの路地。
闇の黒で包まれた路地は、雨が降っていないのにも関わらず、じめじめとした空気に包まれている。何故か。
「オ、オノレェ……ワ、我々ノ……計画、ガ……」
ずるり、ずるり。身体を引きずる音が、そして不気味な怨嗟の声が、路地に木霊する。
通りから差し込む人工の光の反射で微かに見えるのは、明らかに人間のものではない皮膚。黒みがかった奇妙な色合いに、針のような太い体毛。
加えてその姿も、人間からかけ離れている。本来の腕の下、あばらの辺りから生えている、細長い腕。右半身には二本。左半身には一本。欠けてこそいるが、這いつくばって動くその姿は、まるで蜘蛛の如し。
何を隠そう、この異形こそは昼間に亜空間の中で二人の青年に襲い掛かり、そして武装天使なる存在に討ち取られた蜘蛛の怪人である。
だが、その姿は、昼間の時に見せたコミカルな姿よりも、遥かにグロテスクになっている。
しばらくして、雲が流れ、月が再び顔を出し、闇に埋もれていたその姿を現す。
蜘蛛は、右足の膝から下を失っていた。千切れてしまった箇所から流れる緑色の鮮血は、それが着ぐるみでもなんでもない、本物の化け物である事を示している。
――そして、そんな死に体の怪人を上から見下ろす者がいた。
「やはり、貴様らが動いていたか」
その声に弾かれるように、蜘蛛は首を捻り、顔を上空へと向ける。身体もそうなら、顔もやはり人ならざる者である。いくつもの
しかし、そんな奇怪極まりない顔面は、重力に逆らう事無く落ちてきた何者かの強烈なストンプによって、めぎゃり、という骨と肉の潰れる嫌な音と共に、地面に叩きつけられる。
「ゴギャッ!? キ、貴様ァ……」
「答えろ。組織は……『モノリス』は、アレを使って何を企んでいる」
蜘蛛を踏みつけたその人物は、少なくとも全体的な骨格、シルエットで言えば、蜘蛛よりも人間らしい。胸部や膝、肘、手の甲にアーマーのついた漆黒のライダースーツに、同じく漆黒のマントを羽織ったその男の顔は、
顎の無い口元は、マントの襟で隠れており、まるで首など存在しないかのようだ。
その風体は、例えるならばそう――
「シ、死神、メェ……ガグェッ」
「言え。さもなくば、生き地獄が続くだけだぞ」
慈悲。憤怒。憐憫。そういった感情の色が、この髑髏の怪人の声には乗せられていない。ただ、淡々と、問い詰める。
痛ましい姿の蜘蛛を可哀想であると思う事はなく。
何も喋らない蜘蛛に怒りを抱く事もなく。
遅かれ早かれ組織から捨てられる運命にある蜘蛛に、憐れみを感じる事もなく。
「グ、グゲゲ……イズレ、ワカル、ダロウヨ」
「何?」
蜘蛛が、何事かを語りだす。
「コノ世界ハ……『深キ闇』デ繋ガレタ……間モナク……闇ハ深淵カラ湧キ上ガリ……地上ヲ覆ウダロウ……」
くぐもった笑い声で、蜘蛛の身体が揺れる。
「どういう意味だ」
「……コウイウ、意味ダッ!」
その瞬間、ガチリ、という音が、蜘蛛の体内から発せられる。
それが何の音か、髑髏の怪人は知っていたのだろう。無言で、かつ、片手で蜘蛛の胴体を掴みあげると、三角飛びの要領で、次々と路地の壁を蹴り、あっという間にビルの屋上へと飛び上がる。
そして、蜘蛛を天高く放り投げると、自身も遅れてジャンプする。投げられた蜘蛛は、十数m近く放り投げられたものの、程なくして自由落下を開始する。だが、そこに髑髏の怪人が迫る。
髑髏の怪人は身体を翻すと、右足で蹴りの体勢に入る。
その僅か1秒足らずの後、落下してきた蜘蛛の胴体に、髑髏の蹴りが突き刺さる。それと同時に、バン、と破裂音が鳴り、蹴りを入れた右のブーツが蒸気を吹く。更にそこから、怪人は器用に体を捻ると、今度は左足で、回し蹴りを放つ。
その威力は相当なもので、蜘蛛のボロボロの肉体は更に宙を舞う。蹴り飛ばされた蜘蛛の肉体から、緑の血が雨のようにまき散らされる。
「ググ……我ラガ闇ヨ……唯一デ、アレ」
その言葉を最後に、天高く舞い上がった蜘蛛は――盛大に爆発した。
その爆発の光は、蜘蛛の遺した言葉とは裏腹に、まるで太陽のように夜の街を照らす。
だが、それも一瞬の出来事でしかなかった。
下の通りを行き交う人々も、これには「何事か」と騒めくが、誰もその原因を知るものはいない。
そんな人々の喧騒を他所に、髑髏の怪人は、蜘蛛が散った空を見上げる。
「……『深き闇で繋がれた』、か」
そう呟くと、怪人は背後を振り返り、歩き出し、そして闇の中へとその身を躍らせる。
夜の街は、普段と変わらぬ輝きで、地上から空を照らしている。
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