Bパート
「おー、イテテ……腰が……」
「あはは……大丈夫だったかいって、聞くだけ無駄か」
あの後、大家さんから『お使い』を頼まれた僕は、スヤスヤと寝てるテス子を起こさないように、メモだけ残して出ていこうとしたのだが、僕が出掛けるのを察したかのように、急に起き上がって抱き着いてきた。
無言でゆらりと立ち上がるだけでもびっくりしてしまったのに、そこから勢いよく、それこそタックル気味に抱き着いてくるものだから、その時の衝撃で腰が痛くてかなわない。しかも凄い腕力で締め付けて離してくれない。まるで、どこぞのロボアニメで主人公のロボに締め付けで破壊される敵のような気分だった……。
十数分に渡る無言の格闘の末、帰りにテス子お気に入りの黒ゴマプリンを買ってくるのを条件に、僕は解放された。
いや、別に彼女が欲しいって言ったわけじゃない。単純に、彼女が黒ゴマプリンを大好物にしていて―何故かは分からないけど―、それを前にすると僕よりもそっちに目が行ってしまうから、それで買収したってだけだ。
……なんだか敗北感を感じるのは、なんでだろう。
「しかし、あの大家さん、唐突に「鍋の具材を買ってきて欲しい」だなんて……」
「手が離せないって、なんか急な用事でもあるんですかね」
「うーん……大家の仕事ってよく分からないけど、とにかく大変なのかもね。なら、仕方ないかな?」
嗚呼、「自分で行けばいいのに」なんて口走らないのが、この人のいいところだ。良い人間すぎる。普通文句を言うものなのに。
かく言う僕も文句を言っていないが、僕とは違って本気で気遣っているのだろう。多分。きっと。
「ええと、野菜は買ったから、次は肉か」
「ご丁寧に、店まで指定しちゃってますねぇ」
「『肉のがにまた』、かぁ。変わった名前だねぇ……」
そんな調子でのんびりと街を歩く僕ら二人。ここしばらくは街を歩いてなかったから気にしてなかったけど、怪獣頻出期の頃よりも、凄く活気づいていると思う。なんせ、街なんて怪獣から見ればオモチャの街も同然だ。ちょっと触れただけでも瓦礫がバラバラと落ちるし、ある意味危険地帯だとも言える。そんなところだっていうのに、今ほどではないが、意外と人気があったものだ。
……なんだか申し訳なくなってきたな。確か怪獣災害って保険が効くらしいけど、それって僕がブライトマンとして戦った時に偶然壊れた建物も入ってるんだろうか。というか、あの頃のブライトマンの戦いって、怪獣災害に含まれてたんだろうか。含まれていようとなかろうと、どっちにせよ凄く、複雑だ……。
「ん? どうしたんだい。なんだか、元気が急に無くなったような……」
「え、あー……ほら、今って平和だから、ちょっとボケーッとしちゃっただけですよ。あ、あはは……」
「そっか」と、ただ一言だけで納得し、彼は前に向き直る。
……言えない。まさか「僕、実は昔ブライトマンとして戦っててェ~、それでちょっとこの辺りのビルなんかも巻き添えにしちゃったりしてェ~」なんて、そんな「俺昔はワルやってましたけど今は改心しました」みたいな事、言えるわけがない。
(僕だけ)気まずい空気を出しながら、僕らは目の前に見えてきた『肉のがにまた』に向かって行った。
******
「うぅ……すいません、昼飯奢ってもらっちゃって……」
「あはは、いいよいいよ。気にしないからさ」
「まさか財布を置き忘れてくるなんて……」
「そんな落ち込む事でもないさ。僕もたまに忘れてしまう時があるしね」
――嗚呼、なんていい人なんだ、この人は。
何度目かになる褒め言葉を心の中で呟きながら、僕は何も入っていないポケットに手を突っ込む。
変わった名前の肉屋で牛肉を購入し、その後お使いで頼まれていた食材を全て買い終えた僕らは、時間も丁度いいという事で、適当にどこかで昼食をとろう、という事になった……のだが。
財布を忘れたのに気付いたのは、近場にあったファストフード店に入って注文した時だった。いつもズボンの前ポケットに財布を突っ込んでいるのだが、よくよく思えば、財布を入れている時のあの感触がない。もしやと思って弄ってみれば、案の定。
「買い物の時に気付かなかったのか?」と聞かれそうだが、これに関しては弁明させてほしい。というのも、今回のお使い、予め大家さんから具材を買う分のお金を持たされていたのだ。で、それを先輩が持っていて、僕は荷物持ちとしてついていく形となったのだが、その結果、うっかり財布を忘れてしまった、というわけである。
「この御恩は必ず……」
「はは、律儀だなぁ」
いやいや、本気ですよぼかぁ。こんな情けねぇミス晒すならまだしも、それで奢ってもらっちゃったんだから、そりゃあ何もしない方がおかしいですよ。
とまぁ、そんな感じで昼食をとった後、僕ら二人は帰路についていた。
買い出しをした後、家とは更に逆方向にある店舗に来たから……徒歩で帰れば二時間かそこらぐらいか。なぁに。今が一時を回ったぐらいだし、余裕のよっちゃんで帰れるでしょ。
******
「そう考えていた時期が、僕にもありました」
「……どうなってるんだろうね、ここ」
げんなりとした声で、元郷さんが僕に問いかけてくるけど、まぁ、うん、答えられるわけないよね、と。
一応説明しておくと、僕らは今、歩きなれたはずの街で迷子になっていた。
うん、変な事言ってるって自覚はある。けど、事実僕らは、いつまでたっても家に帰る事ができないでいた。いやそれどころか、どこまで歩いてもアパート周辺の住宅地の家屋が欠片も見えてこないのだ。
ふと、思い出したかのように腕時計を見てみれば、その針はL字……つまり三時であると明確に示されている。時間はちゃんと流れているようだが……。
「でも、三時なのになんで妙に暗いんだ……?」
「ああ。それにどういうわけか、人気もない」
そう。夜とまではいかないが、街全体が妙にどんよりとした雰囲気に包まれ、今ぐらいの時刻ならそれなりに人がたむろっているはずの通りには、人っ子一人見当たらない。
「……そういや、前にもこんな事あったっけ」
思い出されるのは、防衛チーム『H.O.P.E.』が被害防止用の実験兵器として作った異空間発生装置に纏わる出来事。
怪獣との戦闘の際、必ずと言っていいほど出てしまう街の被害を最小限に食い止める為、限定された存在だけを疑似的な異空間に引きずり込み、そこで怪獣と決着を着けるというものだったが、あろうことか本番で問題が発生。
異星人の技術を流用して作られていたそれは、実は異星人の策略の一端を担っていた。そしてその異星人は、自分達が生み出した侵略怪獣を送り込み、わざと装置を使わせ、あらかじめ仕掛けておいた罠……異空間の中で眠らせていた怪獣を目覚めさせ、二体で一挙にH.O.P.E.を壊滅させようと目論んだのだ。
どうやってその情報を得たのか? ……それはまた、別の話って事で。
当時、どの軍隊よりも最新鋭の装備を持っていたH.O.P.E.を倒せば、後は有象無象だと、連中は思っていたんだろう。だが、その野望は僕――つまりブライトマン――によって阻止された。
あの異星人、名前はなんだったかは忘れたけど、でも、復讐を考えていないとは言い切れないだろう。今の光景こそ、あの時の異空間とは違って、何かこう、人工的というよりも自然的なものに思えるが、連中の技術レベルが上がったと考えれば不思議じゃない。
と、昔の思い出に浸っていると、元郷さんに肩を叩かれる。
「どうしたんです」
か、と言い終わる前に、僕は腕を引かれ、ビルとビルの間にある狭い路地に引きずり込まれる。
一体何なんだ? 意味もなくそんな行動する人でもないだろうに。そう思っていると、元郷さんは口元で人差し指を立て――つまり「静かにしろ」というジェスチャーだ――、次いで通りの方を親指で指し示す。その表情は、先程までの優し気なものから打って変わって、真剣そのものだ。
これはただ事ではないと思った僕は、彼に促されるままに、物陰から通りを覗く。
はたして、先程まで僕らが歩いていた通りを我が物顔で闊歩していたのは、まるで少女向けのアニメに出てくるような、どこか憎めない丸っこさを持った怪物達によるパレードだった。うん、百鬼夜行じゃなくて、パレード。
あれは……蜘蛛だろうか? 二本の足で立ち、残りの三対の腕をわざとらしく振るい、申し訳程度にくっついている牙の間の口から、ネガネガ、と妙な笑い声を上げている怪人。そしてその後ろには、これまたカラフルで子供向けっぽくディフォルメされたような、しかしそれでいて高校生と同じぐらいの大きさはあろうという子蜘蛛の群れが、軍隊の行進のように整列して追従している。
「……何でしょう、あの……あれは」
「分からないけど……何にせよ、油断はできないだろうね」
中々にシュールな光景に、どうにもしまらない感じになってしまった僕に対し、元郷さんは全く警戒心を緩めない。
……こういう事に慣れてるのか? 僕と同じように。まさか……。
そこまで至った考えを振り払うように、頭を振る。まさか、そんなわけあるまい。あんな体験をしてる人間が実はかなり身近にいて、その人も僕と同じように色んな戦いを潜り抜けてきた、なんて事が……あるんだろうか。
「ネガァ~~~! この辺りに『ネガイ
『ネガガ~~~!』
そんな考えに囚われる僕を他所に、珍妙極まりない怪人軍団は『ネガイ人』なる存在を、部下か何からしい子蜘蛛達に探させている。
『ネガイビト』が何をさす言葉なのかは全く分からないが、少なくともこれだけは分かる。奴らは僕らの事を探しているのだろう。
「この辺り」と言った辺り―少し大雑把にも聞こえるが―僕らがいる事を連中は察しているのだ。
よしんば、目当ての『ネガイビト』が僕らでは無かったとして、僕ら以外の誰かが目当てだったとしても、無事に帰してくれる保証もないだろう。
逃げ道はないかと見渡しても、ここは路地。あの怪人が我が物顔で居座っている通りに飛び出すか、今にもあの子蜘蛛の群れが出てきそうな薄暗く狭い路地を突っ走るしかない。
「……これは、もしかしなくても万事休すってやつでは?」
「そう、だね」
ごくり、と、どちらともなく息を飲む。
それに、幻聴かもしれないが、カサカサと何かが動いている音も聞こえる。
どう考えてもピンチだ。どっちを向いてもピンチとは。
……だというのに。僕の心は妙に落ち着いている。四面楚歌。背水の陣。それに――
(ブライト)
どれだけ心の中で声を掛けても、何の返事もない。戦友は未だに目覚めない。つまり、変身して奴らをやっつける、なんて選択肢はない。普通なら絶望ものだ。
(……でも、これぐらいじゃあ、絶望なんてしない)
経験。数多もの経験だけが、僕を奮い立たせていた。
――ある時は、宇宙人に囲まれ。
――ある時は、小型の怪獣の巣に放り込まれ。
――またある時は、超巨大な怪獣の腹の中に放り込まれ。
……あれ、最後のやつ、どうやって帰って来たんだっけ……あそこ暗いし、変身するには光が必要だし……あ。
「そうか、そうだった」
「? 何かいいアイデアでも浮かんだ?」
元郷さんは険しいながらも、僅かばかりに期待に満ちた視線をこちらに向けてくる。
それに対し、僕はただ、にっこりと笑みを浮かべ――
「助けを待ちましょう。」
「流石にこの状況でその答えは期待してなかったなぁ……」
「いや、真面目に言ってますよ。僕はね」
「今の状況から鑑みて、到底そうは思えないんだけど。よくて現実逃避だろそれ」
「まさか。諦めてなんていませんよ。諦めず足掻きながら、助けを待つんです」
「いやだからそれが……」
と、その時。
『ギギ! ネガイ人、見ツケタ!』
「……! マズい! 見つかった!」
見つかった。上からこちらを覗く、子蜘蛛の内の一匹。どうも、ただ見つけるだけじゃなく、捕まえるのも任務に入っているのか、その子蜘蛛は重力に身を任せ、僕らに飛び掛かってくる。
なぁに。僕だって諦めちゃいない。子蜘蛛と言ってもそのサイズは人間からすれば十分脅威だが――
「避けろ!」
二人揃って、路地の奥の方へと飛び退く。そして、子蜘蛛が着地したのを見計らい、僕はそいつの横っ腹と思しきくびれを、思いっきり蹴りつける。
ギィ、と呻き声を上げる子蜘蛛を一瞥し、僕らは路地の奥の方へと逃げ――
「……で、何か弁明は?」
「えーっと……何も」
――ようとしたのだが、結局捕まってしまった。そして僕らは今、子蜘蛛が放った糸でグルグル巻きにされている。
……ここから先は、僕の直感頼りだ。「きっと、そうなるに違いない」という、そんな直感。
「こんな状況で運に頼るなんて」と言われても仕方ないが……僕の戦いなんて、大抵は運任せだ。けれど、ただ流れに身を任せるんじゃない。
『最後まで戦え。頭の中から『諦め』という言葉が消えてなくなるまで』
僕の恩師が教えてくれた大事な事だ。
「ネガガァ~……手間取ラセヤガッテ」
子蜘蛛達の親玉がほくそ笑む。表情は変わらないが、きっと笑っているに違いない。「お前達の希望という『願い』は届かない」、みたいな。
「サテ……デハ、オマエノ『ネガイ』ヲ――」
――だが。
「待ちなさァーい!」
――こういう時に限って、悪党の『願い』こそ叶わないものだ。
「ギッ!? コ、コノ声、モシヤ……」
どこからともなく聞こえてきた女の子の叫びを聞き、蜘蛛の怪人のみならず、子蜘蛛達にも動揺が走る。というか、僕も動揺してる。元郷さんは……どうだろうなぁ。動揺しなさそうな、若干してそうな。
「そうッ! お前達『ネガモーフ』を、完膚なきまで、徹底的に叩き潰す、正義の使者!」
「ドッ、ドコダ! ドコニイルッ!?」
「イタッ! アソコ、アソコ!」
本当に女の子の言う台詞かと疑ってしまう程に勇ましく啖呵を切るその声の持ち主を、子蜘蛛達は早々に発見した。
……まぁ、そりゃ見つかるよね。近くのビルの屋上が、妙に輝いてるんだから。
その光の中に、女の子らしいシルエットが現れる。
身に纏っているのは、明らかに衣服だとかそういうのじゃない、白と赤のピッチリとしたタイツ擬き。そして手には、光り輝く、というか光そのものな剣。
「我こそは、武装天使デュナミス! 悪なる者よ、闇の者よ! 我が名を聞き恐れ慄かぬならば、
唐突に現れた救いの主であるその少女は、高らかにそう宣言した。
……うん、なんだか、凄い子が来ちゃったなぁ。色んな意味で。
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