円森荘2号室『元ヒーローと、元怪獣』

Aパート


「ただいま」


 家に帰り着いて、そう一声掛けてみれば、腰にズシンと衝撃が来る。

 見てみれば、僕の腰に、漆黒の髪をした少女がしがみついている。変な意味など一切ない。念の為。

「……」

 そして、無言で顔を上げ、僕の目をじぃっと見つめてくる。

 切れ長で眠たげにも見えるその目の中の瞳は、どこまでも黒い。日本人のそれよりも深い黒色。顔立ちが整った美少女顔も相まってか、巷に聞く『ヤンデレ』というやつに見えるかもしれない。

 だからと言って闇を感じるかと訊かれると、そうでもない。微かに光を感じる。それが、彼女に明確な『意志』がある事を教えてくれる。

「いい加減、『お帰り』の一言ぐらい言いなさい」

 我ながら、なんとも母親めいた台詞だ。しかしこの少女、常識を知らないどころか、そもそも人間としての生活というものをまるで理解していないのだ。


 あれは彼女と同居を始めて間もない頃。夕飯の支度をしていた時の事だ。

 いつものようにアパート特有の狭い台所に立ち、出来上がった料理―と言っても簡単なものだが―を皿に盛り、居間のちゃぶ台に載せていると、どこからか、ぐぅぐぅ、というお腹の鳴る音が聞こえてきた。

 狭い部屋に二人でいて、なおかつ自分の腹以外から音が聞こえたのなら、十中八九、彼女のものだろう。だが、彼女の顔をチラ見してみれば、これがどうして、何事もないかのように振舞っているではないか。

 「もしや、意地を張っているのか?」などと見当違いの予想をしつつ、僕はテキパキと皿を並べる。

 そして、ようやく食事にありつけると、箸を手に取り、「いただきます」と礼をする。それから箸を付け始めて――そこでようやく、何かがおかしい事に気付く。

 彼女は、まず箸を持つどころか、料理を見てすらいなかった。僕の事を、その真っ黒な目で見ていたのだ。僕自身、あまり周りからの視線を気にしない人間ではあるが、それでも料理に手を付ける事なく、僕の事を見ているというのは、何とも変な感じがするものだ。

「どうした? 食べないのか?」

 そう問いかけて、彼女が返した言葉は――


「食べるって、何?」


 ああ、なるほど。その言葉で納得した。そもそも彼女は、食事という、生き物にとって当たり前の行為を知らなかったのだ。


 まぁ、それも仕方のない話ではある。何故なら――




「……む。なんだ、テス子。まだ料理はできてない……ぞ?」

 相も変わらずラフなTシャツとジーンズ―まぁ原因は僕の懐が寒いからなのだが―に身を包んでいる彼女、テス子が、何かを懇願するように僕の服の裾を引っ張る。

 テス子、というのは便宜上の名前だ。

 彼女の真の名は……『Ω・テスター』。


 そう、かつて『試験官エグザミナー』と自称していた異次元の科学者集団が送り込んだ、最後の怪獣兵器。『実験器具テスター』という、感情無き道具。言ってしまえばロボットのような存在だ。

 彼女は数ヵ月前に地球に襲来し、ブライトマンによって海底に沈められ、そして『ダーケスト』の手により地上に舞い戻った。


 その後、ブライトマンとの決戦で、光となった、はずだったのだ。


「……これ、なに?」

 それが、今ではこんな美少女となって、僕の家に転がり込んでいるなど、何とも奇妙な話じゃないか。本来なら、倒すべき相手にして、決して相容れないはずの僕の元にやってくるなど。しかも、どうやら『生命体らしさ』とやらを身に着けて。


「……エロ本なんてどこで拾ってきた……ッ!」

 しかし、未だ人間未満の知識に感情しか身に着けていない為か、時折こんな訳の分からない行動をするのが玉にきずと言える。まぁ、昔は僕も同級生から「何考えてるかよくわかんない。真面目だけど」とよく言われたものだが。


 ああ、そうだった。まだ自己紹介をしていなかったな。僕は『明星アケホシ光輝ミツキ』。現在、大学一回生。取り柄は、真面目な事。というかそれしかない。だが、普通の人間ではないのは確かだ。


 何故なら、かつて、光の存在『ブライト』と合体し、『ブライトマン』に変身していたのだから。


 そして今は……この円森つぶらもり荘で、かつて命のやり取りをした相手を(理由も分からず)居候として養っている、冴えない苦学生だ。


 ……「美少女と二人生活なんて羨ましい」? ……まぁ、悪くはない。かもしれない。


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