第7話 心配事

 結局のところ、ダルクとパトラはこれ以上遺跡に潜ることをしなかった。遺跡を出たら完全に日が落ちていて、時間もあまりないだろうと判断、その日はギルドに併設された宿屋で戦果の再確認を行うこととしたのだ。そのため、ギルドにて今回のクエストにおいて何を倒せばどれくらいの金額になるかを示した表をもらってきていた。


「えーと……ゴブリンとワームが一体で大銅貨1、イビルラビットが大銅貨3、ホーンヘラクレスが銀貨1で甲殻と角は別途買取、イビルモスが銀貨1で羽を別途買取、でゴブリンの変異種は今回遭遇しなかったからパスで……とこんな感じかしらね」


「買い取り分を除いて銀貨がちょうど40枚分。それに受注したことによる銀貨1枚が追加される。なかなかの稼ぎだと思うぞ」


 この世界の通貨は銅貨、銀貨、金貨が一般的である。それぞれ銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。さらに大銅貨、大銀貨が流通しており、これはそれぞれ、銅貨の10倍、銀貨の10倍の価値を持つ。金貨より上もあるが、それは貴族や王族しか動かさない。

 一般的な街の直属の警護兵の日当が銀貨8枚程度。それくらいあれば家族3人を養える。それを考えれば今回のダルク達の稼ぎは駆け出し冒険者とは思えないレベルであったといえるだろう。

とはいえ、いつ仕事があるかわからない冒険者としては、稼げるときに稼ぐのは常識でもある。それに冒険者は寝床がない。宿泊費がかかるのだ。上級と呼ばれるような冒険者なら拠点を構えたりするが、末端の駆け出しにはそんな贅沢はできないのである。


「問題は相手のほうね。どう思う?」


「うーん、そうだな……。こんな奇策を実行しなかったなら銀貨30に素材分くらいじゃないのか? そもそも奥のほうの魔物は俺たちが引き寄せてしまっているから少なくなっているだろう。とはいえ油断はできないな」


 人数の差を埋めるくらいはできたと考えるのが妥当、あとは運次第といったところだろうか。あのカリギュラとかいう冒険者が本物の実力者ならば負けるだろう数字ではある。だが、ダルクの目にはカリギュラが実力者というふうには映らなかった。

星6以上に昇格するには毎回試験がある。この試験に合格できないものも多く、星6になれば実力を認められたことになる。要するに村人や駆け出しから尊敬される側になるのだ。星6に上がりたてのときにちやほやされた冒険者は勘違いするやつも多いと聞く。カリギュラもそういうやつなのだろう。そもそも、探索パーティーが自分以外女だけ9人だった。女性冒険者も実力者は多いが、カリギュラのそれは明らかに色欲の対象なのだろう。汚職貴族並みに吐き気がする存在だ。


「勝てるといいな」


「そうね、それはそうなんだけど……」


 パトラが言葉を詰まらせる。


「……やはり気になるか?」


「ええ、なんとなくね」


 パトラの気になること、簡単だ、あの隠し扉のことだろう。おそらくあの扉からした嫌な予感を払拭できないでいるのだろう。とはいえ、ダルクに行く気はない。遺跡やダンジョンの探索は軍時代にある程度していたからできなくはないのだろう。だが、未知の遺跡に侵攻するには罠を発見、解除できる人材が必須なのだ。二人にはそれはできない。無闇には侵攻はできないのだ。


「……とりあえず、明日あの扉について報告しよう。何があるかわからないんだ、ここはベテランさん達に任せるべきだ」


「そうね、そうするわ」


 パトラはそういってベッドにもぐりこんだ。


「ちょっと待て、ここは俺が借りている部屋だぞ、自分の部屋に帰れよ」


「節約しなきゃでしょ? パーティーなんだからいいじゃないの」


「借りてすらいないと!? あとそういう問題じゃねえんだよ!!」


「おやすみー」


「おい、寝るな、話はまだ終わってない!」


 ダルクが見るとパトラはもうすでに寝息を立てている。


「無防備すぎる……」


 ダルクは諦めにも似たつぶやきを発した。ダルクは荷物をまとめると部屋の隅に置き、ドアにもたれかかるようにして眠ることにした。

軍時代はよく野宿したものだなと思い出す。寝るときは二人一組になり背中合わせでもたれあう。横にずれない限りはこけなくてすむのだ。何より問題が発生したとき、横になっていては対応が遅れる。それを解消するための行動でもあったのだ。

 そんな殺伐とした世界を経験しているからこそ、この冒険者というのも苦にならない。結局、軍時代に一番怖かったのは貴族連中であり、嫉妬だった。もはや抜けることができてよかったと思うべきなのだろう。

 パトラを見る。安らかな寝顔だ。こいつが冒険者になった理由は何だろうかと思いをめぐらす。小柄で世間知らずで魔族、加えて乗せられやすく無防備。冒険者らしいところなんてひとつも持ち合わせていない。心配なのだ、手のかかる妹を持った気分である。ダルクはこれからもパトラと共にパーティーを組むことを決意し、眠りにつくのだった。




 そんな気分で迎えた次の日、パトラの嫌な予感が的中することになる。

 カリギュラが帰還しなかったのだ。

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