第15話 表天津家と裏天津家

 事の起こりは、今から千年ほど前まで遡ります。

 我が天津家の祖先であり、我が一族が何となーく陰陽の術を学び始めた最初の人物。彼は天性の愚か者であると、人々から陰に日向に、時には真正面から言われていたほどの愚か者でした。

 どれほど愚かかと言いますと……気になった姫君がいれば式神を憑けて個人情報を収集したり。姫君とお近付きになるためにわざと悪鬼や式神に襲わせて自ら助けに行こうと画策したり。

 ……本木さん、二川さんに西園さんも。そんな呆れた顔をしないでください。僕も、本当にどうしようもない祖先だな、とは子どもの頃から思っていますから。……いえ、だからと言って、憐れむような視線も要らないです……。

 大体、毎回失敗して、周りに迷惑かけて……周囲にいた本職の陰陽師の方などに尻拭いをさせる事になって、後から大目玉を喰らっていたようです。制裁という名目でボコボコにされた事も、一度や二度じゃ無かったと、伝承には記してあります。

 ……本木さんがそう仰りたくなる気持ちはよくわかるんですが、このどうしようもない祖先の黒歴史としか言えないような所業を残しておきませんと。……いえ、二度と同じような事をしないように、という戒めではなくて、ですね。彼の説明をしておかないと、天津家の成り立ちを説明できないものですから。

 そんな誰からも呆れられるような愚か者な彼でしたが、一応気概的なものは持っていたようです。気概と言いますか、正義の心と言いますか。本当に困っている人がいる時は、自ら助けを申し出るぐらいの心は持ち合わせていたようです。役に立ったか否かは不明ですが。

 そして、何だかんだで彼も伴侶を得て、何人かの子を授かる事ができました。子どもは皆、父親に似て丈夫でしぶとく、あの医療の発達していない時代に全員が還暦を迎える事ができたと言われています。

 そのうちの一人が、天津栗実。我が表天津家の祖先であり、父親のレアな気概を存分に受け継いだ、正義の心を持つ人物でした。何人もいる兄弟の中でも、特に優秀であったとか。

 そして、栗実に匹敵するほど優秀だったもう一人の子。天津栗輔。彼は非常に優秀ではあったのですが……残念ながら、性格は父親の悪いところ濃縮百パーセント……いや、ひょっとしたら二百パーセント? というほどの、凄まじい愚か者でした。そんな彼が始祖となっているのが、先ほどから話題にしている裏天津家です。

 裏天津家――当時はそのような呼ばれ方はしていませんでしたが――当主栗輔は、彼の父親がやったのと同じように、気になる姫君に式神を憑けたり、式神や悪鬼に襲わせたりと、愚行を繰り返しました。その度に兄である栗実が尻拭いをして説教もしていたのですが、収まる様子は無く。

 そもそも栗輔は、己は正義の味方キャラであると認識していたように思われます。己のする事は全て正しいので、説教をされる謂れはない、と。

 父親の時には制裁という名目でボコボコにしてくれる陰陽師もいました。ですが、時を経たその時、栗輔を諌める事ができたのは、兄である栗実だけだったのです。そして、栗実は父をそうした陰陽師のように栗輔をボコボコにできるほど強くも、思い切りが良くもなかった。それに関しては、栗輔の方がよっぽど上手だったぐらいなんです。

 止めきれる者が現れないまま、栗輔の暴走はどんどんエスカレートしていきました。そして遂に、こう考えてしまったんです。

 自分は正義の味方なのに、誰にもそうだと認識されていない。何故知名度が上がらないのか。……そうか、正義の味方として活動していないからだ。当たり前だ、正義の味方として活動できる場が無いのだから。

 ……その顔。本木さん、気付いたようですね。そうです、その通りです。

 無いのなら、作れば良いさ、ホトトギス。

 これは後世に祖先の一人が書き足した一文なのですが、つまりはそういう事です。栗輔は、己が正義の味方となるべく、悪役を世に解き放ちました。……解き放ったというか、要は式神や悪鬼を京中にばらまいて、騒ぎを起こさせたって話なんですけどね。姫君の気を引くためにわざと式神や悪鬼に襲わせたのと同じ事を、もっと規模を大きくしてやってしまったんです。当然、京は大混乱ですよ。

 この一ヶ月と少し、邪悪なるモノを調伏する場面に度々居合わせた本木さん達ならわかると思いますが……悪しき想いという物は、悪い物を引き寄せます。栗輔の起こした悪しき騒ぎは、京中に混乱と災厄を引き寄せる事となってしまった……。

 内裏に賊が忍び込む騒ぎは起こるし、疫病や旱害が起こって改元までする事になるしで、数年の間に良くない事が次々と起こってしまったとの事です。

 良くない事が起こるのは政治を統括する者が適任者じゃないからだ、なんて言われてしまう時代ですからね。当時位についていた後朱雀帝にはいい迷惑ですよ。

 最終的に、遂に見るに見かねてブチ切れた栗実が持ち得る限りの権力と人脈と陰陽の術と知識と体力を駆使して、栗輔をねじ伏せました。それで、やっと栗輔も大人しくなったように思われたのですが……まぁ、そうは問屋が卸しません。

 反省したのは、その時だけでした。……と言うか、反省したフリだったんです。

 大人しく己の邸に引き籠った栗輔は、いつか栗実の監視の目が緩んだ時こそ、再び正義の味方となるべき舞台を作り上げようと準備を始めました。己の子ども達に、己の戦力として加えるべく教えを授け、栗輔のコピーとも言えるほどよく似た思考を持つ人物を大量生産するという、最悪の準備を……!

 性格がとんでもなく愚かである事を除けば優秀な人物でしたからね。準備は着々と進んでいったんです。

 ですが、栗実は栗実で優秀でした。……と言うか、弟の性格をよくわかっていたんですね。このまま大人しく引き下がるわけがないと予感していました。ですが、証拠も無く、何もしていない段階では、再びねじ伏せるわけにもいきません。

 ですから、栗実も子ども達に教育を施したんです。栗輔とその子ども達……裏天津家が再び動き出した時に対処できるように。兄と弟の戦いに、その子ども達が加わった形になります。

 その後、再び栗輔は動きましたが、栗実もすぐに動き、京は事なきを得ました。ですが、そこはしぶとい血を持つ天津家。栗輔をねじ伏せても、子ども達は諦めなかった。それどころか、更にその子ども達にも、栗輔の教えを受け継がせ始めたんです。

 仕方なく、栗実の側でも孫世代に同じように教育を施しました。そして、また天津家同士での戦いになる。裏天津家をねじ伏せる。しぶとく生き残っては上手く逃げおおせてしまう裏天津家が次の世代に同じ教育をする。仕方が無いので表天津家でも……この繰り返しです。そうして子々孫々を巻き込んでの戦いが、かれこれ千年続いている……それが、我が表天津家と、今回の騒動の発端である裏天津家の歴史なんです。

 前回の戦いから、早十年……代替わりをして、そろそろ仕掛けてくる頃だろうとは思っていたんです。まさか万引きをするところから始めるとは思っていませんでしたが。

 ……そう、件の大量万引き事件。あの時、僕達表天津家の人間は、この本屋の方角から裏天津家が動き出した気配を感じたんです。だから、動いた。万引きGメンとしてこの店に入り込み、網を張って裏天津家の連中が再びこの店を狙う時を待っていたんです。松山店長が、話に理解のある方で助かりました。お陰で、こうして裏天津家を万全の状態で待つ事ができたんですから。

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