第13話 緊急事態発生

 気付けば、暦は栗栖と西園、二人の新人教育を担当する事になっていた。チーフとは言え、何故アルバイトの学生である暦が全て引き受けているのか……と疑問を感じずにはいられない。

 ただ、幸いな事に新たに働き始めた西園はかなり飲み込みが速い。働き始めて三日だが、レジスターの使い方は粗方覚えている。口調こそまだ砕け過ぎている感はあるが、一ヶ月の研修期間が終わる事には一人で大体の事はできるようになっていそうだ。

 頭の回転も中々速いし、仕事の内容をある程度理解してからは、それなりに気が付くようになった。元々、どうすれば良いか気を巡らせるタイプなのだろう。だからこそ思考の迷路に落ち込んで、先日の騒動になってしまったのかもしれない。

 畑は違うが、栗栖も最近は落ち着いてきたように思う。入ったばかりの時はとにかく「陰陽の術で全て解決!」「悪、即、斬!」という感じで冷や冷やしたが、ここ最近は、あまり騒ぐ事無く、周りの耳目を気にかけて、静かに万引き犯をバックヤードまでお連れ遊ばす事ができるようになっているように思える。

 静かに連行する事ができるようになったなー、と感じるほど頻繁に万引きが発生してしまっているという事には目を瞑る事にする。

 そんな事を、ぼんやりと考えていた時だ。

「ねぇ、本木さん。これってさ、どういう事だと思う?」

 店内の整理に出ていた西園が、難しそうな顔をしてレジコーナーにやって来た。

「? 何かあったの?」

 首を傾げる暦に、西園は「これ」と言って何かを手渡してくる。白くてひらひらしている紙が、十五、六枚。何やら、見覚えのある紙だ。

「……え? 何で……」

 目を丸くして、暦は呟いた。その様子に、西園も顔を顰めている。

「本木さん。これってさ、アレだよね? 天津さんが作って挟んだって言う」

「うん。天津君特製、式神発生呪符……。これが挟んである本を、レジを通さずに店外へ持ち出そうとすれば、式神という名の化け物が出てきて万引き犯を脅して足止めしてくれるんだけど……」

「知ってる。私の時も出たし」

 少し不貞腐れた様子の西園に苦笑いし、暦は再び手渡された呪符に目を遣る。

「一枚だけならまだしも、こんなにたくさん? 立ち読みしている間に落ちたってわけじゃなさそうだし、気味悪がったお客が抜いたわけでもなさそうだね。……という事は……」

 さぁっと、血の気が引く感覚を暦は覚えた。ごくりと唾を呑み、バックヤードの扉に目を向ける。

「西園さん……今、何時?」

「え。六時四十分だけど……」

「じゃあ、天津君、そろそろ来る頃だね……!?」

 たしか、栗栖は今日、講義が五限まであったはずだ。比較的近い大学だと聞いている。寄り道をしていなければ、そろそろ店に着いても良い時間である。遅くとも、シフト表通り、七時までには来るはずだ。

 バタン、とバックヤードの方から音がした。従業員用の扉が開閉する音だ。暦はレジを西園に任せ、急いでバックヤードへと向かう。期待していた人物の姿が、そこにあった。

「あ、本木さん、お疲れ様です。……どうしたんですか? 血相を変えて……」

「天津君、これ……!」

 挨拶もそこそこに、暦は呪符の束を栗栖に突き出した。それを見て、栗栖はハッと顔を強張らせた。何が起こったのか、それだけで理解したようだ。

「……本木さんの様子からして、売った本から抜いた呪符……というわけではなさそうですね」

「うん。店内整理中に、西園さんが見付けたんだ。落ちてたって……」

 栗栖は、苦りきった顔をして十数枚の呪符を睨み付けている。

「この呪符が挟まれている意味を知っているのは、この店のスタッフだけです。そもそも、この呪符は立ち読みで落ちたり、お客に気味悪がられたりしないよう、本の後半部分に挟むようにしています。綴じ目で固定されるように挟んでいますから、ちょっとやそっとじゃ抜けません」

「それが、まとまって落ちていた……という事は……」

「何者かがこの呪符の意味を知っていて、故意に抜いて捨てた……という事になりますね。これ見よがしに店内に落ちていたという事は、僕達……いや、僕に対する挑戦状のつもりなのかも……」

 恐らく、この呪符と同じ数だけ、店内から本が消えているだろうと栗栖は言う。

「すぐ、西園さんにどの辺りに落ちていたのかを確認して、近くのコーナーで不自然に本が少なくなっている棚が無いか確認してください!」

 頷き、暦は呪符の束をエプロンのポケットに突っ込むと、再びレジコーナーへと向かった。

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