第12話 店長VS猛禽類の目
「それで……どう? 天津君。君がここで働くようになってから、一ヶ月。スタッフ達の大体のキャラも把握できただろうし、今日はあんな感じで新人も増えた。大分人との繋がりが増えた頃だと思うけど……君が望むような人材は、見付かったかな?」
暦が出て行ったバックヤードの扉を眺めながら、松山が栗栖に問うた。問われた栗栖は「そうですね……」と呟きながら曖昧な笑顔を浮かべている。
「今のところ、接点が多いのは松山店長と本木さんだけですから。まだ、何とも。一ヶ月じゃ、全員の名前と顔を一致させて、表面上のキャラを掴むだけで精一杯ですよ」
「まぁ、そうだろうねぇ」
のんびりとした声で、松山は同意した。
「人の顔や名前って、案外覚え難いものだしね。よっぽど強烈に印象に残るパーツや、服装のセンスでも無いとさ。一発で覚えられるって人が羨ましいよ」
「え? 松山店長、人の顔と名前やキャラを覚えるの、早いですよね? 僕が面接を受けた後日に、すぐに認識してくれましたし。西園さんだって、この前一回会っただけなのに、話を聞かなくてもわかってたみたいですし……」
そんな事無い無い、と、松山は手を振った。手の振り方が、まるで洗った手を乾かしているかのようだ。
「さっきの西園さんは、声をかける前から万引きしちゃったお詫びとか何とか、色々騒いでたでしょ。それでなくても、あんな大騒ぎを巻き起こしてくれたんだからさ。流石に記憶に残るよ」
ジッと、栗栖の方を見る。顔が、にへらっと笑った。
「天津君もね。自分から万引きGメンを雇う気はありませんか、って営業電話してきたり。陰陽師だって名乗られたり、漫画みたいな調伏を見せてくれたりさ。おまけに、面接の時に聞かせてくれた、うちで働く本当の理由が理由だからね。キャラに特徴ありまくりだもん。そりゃ、覚えるよ」
珍しく腹立たしさを覚えない笑みを浮かべたまま、松山は言う。「ところで……」と言葉を足した。
「中々裏のキャラが掴めないなら、とりあえず表面で考えてみたらどうかな? 例えば、西園さんはどう? あれだけ威勢が良いなら、天津君が探している人材にぴったりだと思うけど」
「勘弁してください」
栗栖は、ぶんぶんと首が千切れるのではと心配になるほど勢いよく首を振った。顔が、わかり易いほどに青褪めている。
「本木さんも似たような事を言っていました。たしかに味方であれば心強いほどの威勢の良さでしたけど、怖いです。僕の命が胃潰瘍的な意味でピンチになります。あと、彼女はどう見ても今現在本木さんに夢中なので、本木さんがいないと望むような戦力にはなりません……と言うか、戦闘能力は求めてませんし。今」
「じゃあ、二川さんは? いつでも冷静沈着だし、大抵の事には物怖じしないよ?」
「すみません。僕、まだ本木さんと同ポジションにはなりたくないので……」
「私、まだここにいるんですけどね?」
背後から冷ややかな声が聞こえて、松山と栗栖はハッと顔を強張らせた。そう言えば、まだ彼女はバックヤードから出て行っていなかったではないか。
「……それで?」
ツカツカと近付いてきて、二川は松山と栗栖を見上げて睨み付けた。猛禽類のような目付きになった二川に、栗栖は再び青褪める。松山は、既に持ち直してヘラッと笑って見せた。……が、それに呆れてはぐらかされてくれるほど二川は甘くない。
「随分と物騒で怪しげな会話をしていましたが、どういう事ですか、店長? 天津君が求める人材だとか、戦力だとか」
二人して何を企んでいるんですか? と、二川は言葉に加えて視線で問い詰めてくる。
「企むなんて、人聞きが悪いなぁ。人材も戦力も、一般的に使う言葉じゃない。それだけで怪しいと決め込むなんて、二川さん、漫画の読み過ぎじゃないの?」
「店長にだけは、漫画の読み過ぎとか言われたくありません。……これが例えば本木さんの発言なら、スタッフを何とか増やせないかという話をしてるんだろう、って思って聞き流しますよ。けど、店長と天津君の会話で出てくる単語としては、不穏過ぎます」
そんなにぃ? と甘ったるく語尾を伸ばして、松山は首を傾げて見せた。可愛くない。殴りたい。
二川は容赦無く下っ腹に向かって右ストレートを打ち込んだ。パンッという小気味良い音がして、大きめのエプロンを装着していてもわかるほどに肥えている松山の腹がたぷんと波打った。
「うぐほっ!」
松山はその場に蹲り、二川は手をはたいてパンパンッと乾いた音を立てる。
「すみません、あまりにも殴りたくなる笑顔だったので。つい」
顔は全然悪びれていない。「うへぇっ」と呟きながら、松山は立ち上がった。
「そんなに可愛らしい笑顔だった? 女の子が嫉妬しちゃうほどに?」
パン、パパンッ!
再び、小気味良い音がした。しかも、間髪入れずに連続で。二川は左右の拳に良いものを持っているようだ。松山は、再びそこに蹲った。
「キモい顔でキモい事言ってないで、質問に答えてください。おかしな自称陰陽師を万引きGメンとして雇い入れたと思えば、店中の本という本に呪符を挟み込むのを容認したり、本屋のバックヤードで除霊騒ぎを繰り返したり。おまけに、ここにきて人材だの戦力だのと、これまでの事を思うと不穏にしか思えない言葉を呟いて。……何を企んでいるんですか? この店を、どうするつもりなんですか?」
「……それを知って、二川さんはどうするつもり?」
痛そうに顔を顰めながら見上げてくる松山に、二川は冷ややかな視線を投げかけた。そして、「決まっているでしょう?」と淡々とした声で言う。
「事と次第によっては、今日を限りにこの店のバイトを辞めさせて頂きますが」
それを聞き、松山は「うっ……」と言葉を詰まらせた。
「それは……殴られるよりも怖いかなぁ?」
あははと笑っているが、先ほどよりも多くの汗が流れているところを見ると、珍しく焦っているのだろう。どこの本屋でも、慢性的な人手不足に悩まされている。二川のような中堅どころのバイトに辞められてしまうのは、経営者的にかなり辛い。
ちらりと、松山は栗栖の方を見た。栗栖は「仕方ない」と言いたげに、首を振っている。松山は、あははは……はぁ、と笑いの混ざったため息を吐いた。
「仕方が無い。ここは、暴力と戦力を併せ使った脅しに屈するとしようか」
多分自分ではニヒルな笑みだと思っているのだろう笑みを浮かべて気障ったらしく言ってみた松山の前で、二川は両手を組み合わせてバキボキと音を鳴らした。目が、「ふざけられる立場だと思ってんですか?」と言っている。松山と栗栖は、思わずホールドアップのポーズを取った。
「わ、わわわ、わかった! 話す! 洗いざらい全て話すから!」
慌てて言うと、松山は二川を手招きし、栗栖を伴って休憩室へと入っていった。二川は首を傾げながらも、後について行く。
そして、再び休憩室から出てきた時。二川は何故か、ニヤリと楽しそうな顔をしていた。
「なるほど。それであれだけ、本木さんに絡んでいたわけですね?」
そう言うと、こくりと頷いて見せる。
「事情はわかりました。納得できたわけではありませんが、先を見届けたい気も少しはしますからね。辞める、という脅しは取り下げます」
その言葉に、松山と栗栖はホッと胸を撫で下ろしている。そんな二人に、二川は「ただし!」と厳しい言葉を付け足した。
「あまりにもきな臭くなり過ぎたり、馬鹿馬鹿しくなり過ぎたら、本当に辞めますから。調子に乗らないでくださいよ?」
ぎろりと睨み付ける猛禽類の目に、松山と栗栖は抱き合わんばかりに寄り添った。そして、二人揃って「はい……」と力無く呟くのだった。
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