ドクターペッパーを愛す同志なら間接キスも無問題

 ともかくも、DQNたちはボロボロになった岩山田兄と倒れた仲間を回収して逃げていった。そして、数分をすれば、さっき戦闘があったとは思えないぐらいに静かになる。


「と、とにかく、助かってよかったよぉ……☆」


 妹子がにこにこしながら、俺に抱きついてくる。


「あ、ああ……一時はどうなることかと思ったが……これも、水無瀬のおかげだな」


 と、そこで――。


「……う、うぅ……これは……いったい、どうなってるんですか?」


 目を覚ました美涼が、腹を抑えながら立ち上がる。そして、あたりを怪訝な顔をして見回す。


「あ……あれ? な、永遠? DQNたちは……?」


 あのあと気を失っていたらしい勅使河原も目を覚ました。体を起こして、不思議そうな顔で周りを見る。二人とも狐につままれたような顔をしていた。


「……んくっんくっ……ひっく……はい」


 そして、水無瀬はというと、俺の前までやってきて、飲みかけのドクターペッパーを差し出してきた。


 えっ? こ、これはどうしろと……。まさか、水無瀬が口をつけていたドクターペッパーを飲めと言うのだろうか。思いっきり、間接キスじゃないかっ。


「……飲まないの?」


 水無瀬が、不思議そうな顔で訊ねてくる。なんか、大事な部分が欠落しているっ!


「え、いや、だって、水無瀬が口をつけてただろ? つ、つまり……間接キスというわけにならないか?」

「問題ない。同志だから」


 ドクターペッパーが好きというだけで、色々と常識を超越するらしい。


「はい」

「お、おう……」


 再び差し出されたドクターペッパーの缶を、雰囲気的に受け取らざるをえなくなった。……となると、このまま飲まないといけないのか?


 逡巡している間も、じっと水無瀬に見つめられる。


 ……え、ええいっ、飲んでやるっ!


 俺は水無瀬から放たれるプレッシャーに負けて、缶に口をつけてドクターペッパーを飲むことにした。


 ……最初に、甘酸っぱい味。続いて、いつものドクターペッパーの味がした。最初の味は、水無瀬の……その……唇の味だろう。


 こ、これが……生前も含めて初めてのキスだ。間接だけど! でも、うわぁ……女の子の唇って、こういう味するのかっ。本当に、甘酸っぱい!


「ちょ、ちょっとどういうことなんですか? なんで水無瀬氷がこんなところにいるんですか。そもそもなに先輩に間接キスゲットさせてるんですかっ!」

「え……えっと、水無瀬さんが助けてくれたの?」

「助けたというより……私はこの世界の秩序を守っただけ」


 水無瀬の言葉を聞いて、美涼と勅使河原は顔を見合わせる。


「つまり……水無瀬氷も、この世界が作られたものだと知っているというわけですか」


「そう。それにさっきの不良みたいに、気づいている者もいる。気づいた人間は魔力が跳ね上がる傾向にある。そうなると、この世界を支配しようとする者も出てくるのが必定。だから、私は秩序を維持するために、そういう動きをするものを察知して潰している……。さっきはドクターペッパーに夢中で忘れていたけど、観月美涼……あなたも、私の監視対象」


「くっ……」


 美涼もショックだろう。世界を征服するだなんて言ってたのに、岩山田兄に倒され……今こうして、圧倒的な魔力を持つ水無瀬が現れた。しかも、監視対象になっているということは、美涼の野望はお見通しだったわけだ。


「でも、なんのために秩序を維持しているんです。それこそ、力があるのなら、あなたが覇者になればいいはずじゃないですか」

「そんな面倒なことはしたくない。私は、ドクターペッパーを飲めれば、それで幸せ。この世界が乱れて物流に影響が出て、ドクターペッパーが手に入りにくくなる事態だけは避けたい。それだけ」


 ブレない水無瀬だった。強力な力を持っているものの、ある意味で、人畜無害なのかもしれない。

 そうこうしているうちに、パトカーの音だの、警官っぽい声だの聞こえてきた。


「げっ、逃げたほうがいいのか、これは」


 さっきこってり絞られたばっかりなので面倒だ。もうDQNはいなくなっているとはいえ、ただで帰してはもらえないだろう。


「無問題。私の父は総理大臣だから」


 な、なんという……。魔力だけじゃなくて、権力まで持ち合わせているのか、水無瀬は……。俺、そんな設定考えてた覚えないんだが!


 水無瀬の言葉は、本当だった。やってきた警察は水無瀬を見るや、露骨に態度が変わった。そして、水無瀬と少し会話をかわしたかと思うと、一斉に引き上げていった。権力、すげぇ……。


「これで一件落着」


 水無瀬は公園の自動販売機の前まで歩いていくと、またしてもドクターペッパーを購入する。さすがに飲みすぎな気がしないでもないが。


「くっ……なんたる醜態。私としたことが、あんなゲス野郎に不覚をとるとは……」


 美涼が、さっきの闘いのことで、ブツブツ言っている。そして、勅使河原は優等生らしく、ちゃんと水無瀬にお礼を言う。


「ともかく、水無瀬さん、助けてくれてありがとう。水無瀬さんがいなかったら、私たちやられていたと思うし……」


「無問題。そもそも、同志永遠が炎の魔法で相手を弱らせていたから私は楽に相手を倒すことができた」

「なっ……先輩が、真っ当な魔法を使えたんですか?」


 ああ、そうか。二人とも気を失っていたんだったか。あの魔法を目撃したのは、妹子だけか。あとは、水無瀬もどこからか見ていたということか。


「うんっ、おにーちゃんの魔法すごかったよぉ! 炎の竜が出てきて、すっごくかっこよかったぁ☆」


 しかし……今の魔力はまた落ちてしまっているような感じだ。以前よりは少し上だが……。


「なんか、あんまり先輩のシンクロ率、上がってないように思えますが」

「一瞬だけ、すごい上がったんだけどな……ピンチにならないとだめなのかもしれん」


 常時あの炎の竜を操れれば爽快なんだが。


「ちょっと試してみるか……炎竜飛翔!」


 試しに両手を突き出しながら発声して、魔法を発動してみる。

 しかし……やっぱり、炎はショボかった。以前の火力の三倍ぐらいはあるが、これじゃ戦えない。


「風力扇風(強)」

「ああっ、俺の炎竜飛翔がっ……!」


 美涼の魔法で、あっけなく炎は消えてしまった。以前は(弱)で消えていたことを考えると、まだマシだが……。


「炙りサーモンを食べるぐらいには役に立ちそうですね」


 くそぅ……。俺の魔法は調理用じゃないのに。


「炙りサーモン……じゅるり」


 ……で、水無瀬が炙りサーモンに露骨に反応してるし。


「妹子、お腹空いちゃった……。おにーちゃん、サーモン食べたい☆」


 ……サーモン大人気だな。まぁ、俺も好きだけどさ、サーモン。安くて美味い、庶民の味方だよな。


「それじゃ、回転寿司でも行くか。けっこう遅くなっちまったしな……。水無瀬も一緒にどうだ?」

「行く……じゅるり……ごくごく」


 水無瀬は頷きながらも、ドクターペッパーを飲み出す。あれだけ炭酸を飲んで腹が膨れないとは。


「それじゃ、行こっか」

「こうなったら焼け食いです」


 なんか流れで、みんなで回転寿司に行くことになってしまった。まぁ、ここは水無瀬と色々と話をしておかないといけないしな。ともかく、移動しよう。


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