終章 いつかまた、この小さな庭で⑤

 北風も穏やかになり始めた、冬の終わりの放課後。

 帰り道、河原の土手を手を繋いで歩きながら、由理ゆーり季紗きさは頬を染めていた。


「……言っちゃったね」


「ふふ、言っちゃったね」


 学校で、先生たちの前で熱愛宣言。


「なんだか、すごく気が楽になっちゃった」


 女の子が好きなことを、お店の外ではずっと隠していた季紗だけど。

 とても安らいだ様子なので、いちおう由理は聞いてみる。


「後悔、してない? レズってばらしちゃったこと」


「……本音はね、ちょっと怖いよ。先のこと、考えたらね」


 日の傾き始めた土手で、季紗は足を止める。

 その表情を、由理はじっと見守った。


 ……あの後。

 堂々と由理へ百合キスし始めた季紗に、先生たちは困って。

 とりあえず季紗の家族……海外にいる音楽家の母に、電話していたけど。


『まぁ……うちの娘が、女の子同士でキス? ……いいんじゃないでしょうか♪』


 さすが季紗のお母さんは、季紗のお母さんだった。


「理解あるお母さんなんだね……」


「ふふ、だって私のファーストキスは、お母さんだもの♪」


 そして由理のお義母さんも、学園祭の秋に百合キス済み。

 季紗も由理も、家族が百合キス公認。


 そんなこんなで、先生たちも「別に問題無いのかも……」と洗脳されかけた。

 会計の女の子だけが、「いやいや問題あるでしょ女の子同士なんて! それ以前に学校でキスってところがどうなの!?」と譲らなかったが、今日のところは保留になった。


「で、先生たちが『リトル・ガーデン』に来ることになったと。……まずいわね」


 由理はため息をついた。

 『リトル・ガーデン』のふーぞくぶりを見られたら、由理も季紗も、ついでに千歌流ちかるも、かなりピンチではなかろうか。


「ふふっ、だいじょうぶよ。百合キスすれば、なんだって解決できるよぅ♪」


 前に、由理の義母、冬華ふゆかが来た時みたいに。

 ありのままの百合メイド喫茶を見せるつもりになってる季紗だった。


「そ、そうね。先生たちもレズに染めちゃえば良いのよね?」


 百合キスで全てを解決。

 由理もすっかり、「リトル・ガーデン」流の思考に染まっている……。


 と、季紗が、由理と繋いだ手に、ぎゅっと力を込めた。


「解決しなかったとしてもね……もう、いいの。私、先生や学校の皆に分かってもらえなくても、それでも」


 顔を上げて、由理の瞳をまっすぐ見つめるその表情。

 にこっと微笑む季紗の顔は、茜色の夕陽よりも、赤く染まっていた。


「中学の時とは、違うわ。今の私には『リトル・ガーデン』が有って……由理に、美緒奈みおなちゃんに、リズさんもいる。私もう、独りじゃないもの。どんなことになっても、繋がった皆がいれば、きっとがんばれるわ」


 だからもう、百合を隠すのはやめようと決めた。

 周りにどう見られたとしても……大好きな人と、心のままにキスしたいから。


 季紗は、そう語った。


 由理も照れ照れ頬を染めながら、


「も、もし2人そろって停学になったら……その時は、いっぱい百合キスしてあげるわよ」


「本当!? じゃあ今しよう! すぐキスしよう♪」


 がばぁっと季紗に抱きつかれ、まだ草も枯れてる河原の土手を、制服姿で2人、転げ落ちた。


「ちゅぷぅ♪ ぬぷー、むぅぅ……ん♪ くぷっ、むぷぅ♪」


「んぷ、ふぁっ♪ ぢゅぷ、ぢゅぷ……♪ ぐむん、ふぅぅ……♪」


 河原を散歩、あるいはジョギングしてる街の皆さんが、ぎょっとするけれど。

 仲良し限界突破な2人には、周囲の視線なんてもう気にならない。

 2人、互いの唇があればいい。


「……ちゅふぁ、んー……♪ るぷっ、ひゅぁ……♪」


「ぬぅん、むぷっ。ちゅぅ、ちゅぷ♪ ふぅっ、ふ……ぅん♪」


 百合キス。甘い甘い百合キス。

 たとえ刹那の快楽と笑われても……乙女たちには、唇を繋げてる今が永遠。


「ふふ……先生たちにも、見せつけちゃおっか?」


「んっ……♪ そうね、百合キスは……幸せだもの」


 ……ちゅっ♪

 桜色の唇を重ねる少女2人……彼女たちが戯れ合う河原には、春が来るより先に、大輪の百合が芽吹いているようです。

 

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