温泉へ行こう!④

「広-い! 畳!!」


 部屋に着くやいなや、美緒奈みおなが畳にダイブ。

 雪残る道を突き進み、午後に長野の温泉地へ到着したところだ。


 窓を開け、ひんやりした風に髪を撫でられながら、由理ゆーりもウキウキ。


「見て見て、向こうの山まで真っ白!」


 1月の山奥。

 遠くの峰々まで雪化粧。

 絶景にはしゃぐ少女たちを見守りながら、旅館の女将おかみとおるお姉さんへ微笑む。


「ふふ、透ちゃんたら、こんな可愛い子たちを連れてきて。……もしかして、目覚めたのかしら?」


「……違うよ、叔母さん? 私は今も、ノンケです」


 峰津れず温泉の女将は、店主マスターの叔母。

 お若い頃は、百合メイド喫茶にも通っていたらしい。


「ふふ、お嬢様たち? 今夜は……たっぷりお楽しみいただいて、平気ですからね?」


「はーい♪」


 季紗きさとリズが返事する中、由理は、


(なにが平気なのか、あまり突っ込まないでおこう)


 ほんのり頬を染めるのだった。


 と、テレビのリモコンいじっていた美緒奈が、叫び声をあげる。


「うぁぁぁー! アニメ映らねーじゃん!?」


 美緒奈が絶望に倒れた……。

 前のめり、ツインテールが畳の上にぺたんと着く。


「うわ、スマホも圏外だね」


 軽く驚く季紗。美緒奈の方はぐごご、とかぐぬぬ、とか、怨嗟の声を上げている。

 由理が、寝転ぶ美緒奈を指で突っついて、


「一日くらい、いいじゃない、アニメ見なくても。せっかく自然の中に来たんだしさ」


「……アニメ見るなとか。あたしに死ねと仰る?」


 恨めし気な美緒奈、とりあえず立ち上がって、


「ママに録画頼まねーと!? 女将おかみさんっ、電話貸して!?」


 ばたばたと部屋を出て行った。


「な、なによ、美緒奈のやつ。アニメアニメって」


 由理、髪をふぁさっとかき上げて。


「温泉で、キスするんだから……そっちを楽しみになさいよねっ」


「ふふ、由理も温泉で百合キス、楽しみなのね♪」


 リズさんがにっこりするけど、由理慌てて手を振る。


「ち、違うの!? 私はお風呂で裸でキスとか、同じお布団で百合キスとか……別に楽しみにしてないからぁ!?」


 季紗もにこにこ。


「ふふ、由理ったら。素直になっていいのに♪」


「こ、高校生として、セーフな範囲でお願いな?」


 店主マスター透お姉さん、赤い顔で咳払い。

 私は、今夜は叔母さんと寝るからと、リズにこの部屋の鍵を渡す。


「あ、あら。女将さんとは、そういう関係でしたの。ぽっ♪」


「ち・が・い・ま・す。お前たちも4人の方が気楽だろって、それだけ」


 季紗が残念がる。


「ハァハァ。寝ている店主マスターに、あんなコトやこんなコトしたかったのになー♪」


「……うん。やっぱり季紗たちとは寝られないな」


 貞操の危機を回避した透お姉さん。

 部屋を出ていこうとするその背中へ、


店主マスター、今日は本当に……ありがとうございます」


 床に指付き、リズさんが深々と頭を下げた。


「ん……まぁ、私もリズに、今まで助けられたからな」


 照れて頬を指で掻く店主マスターの言葉に、由理も思い当たる。


(そっか……この温泉旅行って、リズさんの……)


 春にはイギリスへ帰る彼女へ、百合メイド喫茶での3年間を感謝して、羽根を伸ばしてもらう……。

 慰労、というのだったか、そんな意味合いが込められているらしい。


(じゃ、じゃあ、リズさんといっぱいキスしなくちゃ。……って、私はなにを考えてるのよ)


「なにを赤くなってるの、由理?」


 季紗に聞かれて、ますます赤くなる由理は置いといて。


 ノンケの透お姉さんも、今だけはリズへにこっと微笑んだ。


「長いようで、短かったけど……3年間、楽しかったよ。リズが来て、『リトル・ガーデン』を続けられて……私も、幸せだった。だから、これくらいのお礼はさせてくれ」


店主マスター……」


 リズさん感激で瞳を潤ませる。


「お礼というなら、百合キスしてくださってもいいですよ♪ 店主マスターも、この機会に目覚めちゃいましょう♪」


「……それは、ご遠慮申し上げるかな」


 ……さて。

 店主マスターの透お姉さんが去った後、旅館の部屋では。


「ま、まずは……温泉かな。露天風呂みたいだし」


 由理が赤くなる。

 我ながら、早く裸で百合キスしたいみたいだ……とか羞じらいつつ、いや温泉に来たんだからお風呂楽しみにするのはおかしくないよね?と自問自答。


「待って由理。冷えたカラダで急にお風呂入ったら、危ないわ!」


 季紗がストップを掛ける。


「え、季紗が……?」


 いちばん温泉百合キスしたそうな季紗が制止するから、ちょっと驚く由理へ。

 季紗は唇をぺろりと舐めて微笑んだ。


「まずは、カラダを暖めないと……ね♪」


「ふふ、そうね季紗。暖まってからお風呂へいきましょう♪」


 リズさんも、指で唇をなぞり、2人へ顔を近付ける……。


「……なるほど。さっそく百合キスするわけね?」


 由理は呆れつつ、唇を委ねるのだった。


「……ちゅっ、んむっ。ふ……んんっ。ぢゅぷっ♪」


 カラダが充分火照ってしまうまで。

 部屋に帰ってきた美緒奈が、


「うあ、もうキスしてる!?」


 あたしも混ぜろー!と唇を重ねてくるまで。

 たっぷり百合キスして、カラダを暖めるのでした。


「ちゅっ……ちゅぷ。んぷぅぅ……♪ ふ、うあんっ♪ こ、これは準備! 温泉に入る、準備運動なんだからねぇ!?」

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