「東宮季紗」編①

 由理ゆーり季紗きさが通う、秋芳しゅうほう女学園の昼休み。

 生徒会副会長を務めている季紗に、由理は「話が有るから、生徒会室へお願い」と呼ばれた。


「……どうせ、ランチを口移ししたいとかでしょ?」


 よくあることだ。


「べ、別に学校でまで、百合キスしたいとか思わないし。まぁ、季紗がしたいっていうなら? 仕方ないから付き合ってあげてもいいけどっ」


 お昼前の授業中、唇が疼いて仕方なくて。

 シャーペンの頭に、そっとキスして紛らわせてたのは内緒。


 生徒会室へ向かう廊下で、今も唇が熱い。


(ううぅー、これじゃ私が、キスしたくてしたくてたまらないみたいじゃないのよ……)


 お腹が空いてるせいで、早く口移しで食べさせて欲しいのかな?と自分を納得させる由理。

 すでに口移しが前提になってる。


「入りまーす」


 生徒会室のドアを開ける。

 教室よりも狭い、書類でいっぱいの部屋。


 その真ん中に置かれた、数人で会議できるくらいの机で、季紗は。


「……寝てるし」


 由理はじろりと、季紗の寝顔を睨んでやる。

 ゆりゆりちゅっちゅしたくてしたくて急いできたのに、ひどい仕打ち。


「ち、違っ。キスに期待してたとか、そんなことじゃなくてぇっ」


 寝てる季紗の他誰もいないのに、なぜか言い訳を始める赤面由理。


(季紗も、疲れてるのよね。生徒会の選挙とか)


 3年生の現生徒会長が卒業した後、次期生徒会長は季紗でほぼ決まっている。


 ……もしかすると季紗が自分を呼んだのは、キスしたいとかじゃなくて、手伝いをお願いしたかったのかもしれない。


「普通に考えたらそっか。でも季紗だからね……」


 このエロ乙女なら、「由理が裸でキスしてくれたら元気出る」とか言いかねない。

 言いかねないのだけど。


 安らかに寝息を立てる季紗の、閉じたまぶたを縁取る長い睫毛まつげ

 規則正しいリズムで、息を吐き出す、ぷっくりとした桃色の唇。


 眠り姫のような季紗の美貌に、由理は。


「……綺麗な寝顔」


 胸をドキドキ高鳴らせ、唇を近付けている自分に気付いた。


(な、なにを考えてるのよ私はぁぁ!?)


 寝ている季紗へ、キス寸前。

 唇と唇までの距離、3cm。


 「き、季紗はこんな起こし方が喜ぶかなって、そう思っただけで!? 私がキスしたいとかじゃないんだからね!?」……なんて言い訳もできずに。

 由理は唇を震わせ、季紗の甘い吐息に酔いしれる。


 表層の意識とは別に、唇が、唇と触れたがっている。


(だめっ……私)


 季紗と、キスしたい。

 唇を貪って欲しい。狂おしく唾液を絡めあいたい。

 そんな欲望の炎が、自分の胸にあることに戸惑いながら……もうっ、キスしちゃえっと決意したところで。


 季紗が、ゆっくりと目を開けた。


「……!?」


 焦る由理を、とろーんと焦点定まらない瞳に映して。

 季紗は、寝ぼけた様子のまま、


「由理……好き」


 ちゅぷっと、唇を重ねてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る