「西城由理」編④ あなたの幸せはなんですか?

「ふぅ……ちゅ、くぷ……♪ コーヒーゼリーの口移し、美味しいです……♪」


 もう冬華ふゆかさんにバレたので、いつも通り営業の百合メイド喫茶「リトル・ガーデン」。

 百合メイド達が、ご来店のお嬢様たちと甘い甘いキス接客。


「ふふ、とても綺麗な光景でしょう、お義母かあ様?」


 金髪縦ロールの巨乳メイド、リズがにこやかに聞くと、西城さいじょう冬華……由理ゆーりの父の再婚相手……は、乙女のように顔を真っ赤にした。


「だ、だめぇぇぇぇぇっ! 由理ちゃんが、おかしくなっちゃう!?」


 残念ながら、これが普通の反応です。

 冬華さんは、若く見える顔を泣きそうにしながら、由理の手を引っ張った。


「ぐ、群馬に帰りましょう由理ちゃん! ふーぞくは、ふーぞくはまずいってば!?」


「ふーぞくじゃありません、乙女の聖域です!」


 季紗きさが、由理の反対の腕を引っ張り止める。

 でも冬華さん譲らず。口に出すのも恥ずかしい、と言わんばかりな表情で。


「で、でも、おかしいわよ! その……女の子同士で……こんな、キ、キスなんて」


「うぐ。まぁ、否定はしにくいけど……」


「由理が認めてどうすんのさー!?」


 美緒奈みおなも由理を引っ張りながら言うが、冬華は引く手にさらに力を込めた。

 絞り出すような声で、訴えかける。


「由理ちゃん、私……薫子かおるこに誓ったの。薫子が出来なかった分まで、貴女と春斗はると君を、幸せにするって」


 肩を震わせて、涙の粒を零す。


「だから、こんな変なお店で働かされてる貴女を、放ってなんておけない。お願い、いっしょに帰ろう? 私が……私が、貴女を幸せにするから。貴女の、お母さんとして」


 本気で、心配してくれてるんだ。

 ひく、ひくと泣き出し始める冬華へ、由理は、少し考えて。


 でも、ゆっくりと腕を振り払った。


「待ってよ。何が幸せかなんて、勝手に決めないで」


「由理ちゃん……?」


「冬華さん、私はね、私の意志で、ここにいるの。もちろん、最初は偶然みたいなものだけど……でも今は、ここが、私の居場所なの」


 百合メイド喫茶「リトル・ガーデン」。

 女の子同士キスしたり、抱き合ったりしてばっかりの、へんてこなお店。


 たまたま求人を見なければ。同じクラスの季紗が働いてなければ。

 あの夜、リズと美緒奈が訪ねて来なければ。


 なにか一つでも欠けてれば、きっと一生、縁なんて無かった。


(それでも、今は。私にとって、いちばん大切な場所。居心地のいい場所……)


「私ね……女の子同士でキス、好きだよ」


 恥ずかしがりながらも、由理は、冬華へ断言した。

 百合キスは、想いを伝えてくれる。どんな言葉より、ずっと。


「お母さんだっていうなら、ちゃんと私を見てよ。私が、何を大切に思ってるか。私の考える幸せが何なのか、きちんと伝えるからさ」


 そのための、いちばんの方法。

 とっておきの手段は、もちろん?


 目をぱちくりさせる冬華へ、由理はかぁぁっと頬を茜に染めながら。

 震える唇で、伝えた。


「だから私と……キスしよ?」

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