出会い編 ④ 遭遇

「お帰りなさいませ、お嬢様。……ちゅっ♪」


 扉を開けたら、そこは百合の国でした。

 赤み掛かった髪をツインテールにまとめた幼い容姿のメイドが、来客……もちろん女性……をキスで出迎える。


「ふふ、また来ちゃった。美緒奈みおなちゃんたら、今日も可愛いわね。ぎゅってしちゃう♪」


 女子大生くらいの年齢と思われるお姉さんに、熱くハグされながら唾液の交換。


「やんっ、そんなに強く抱かれたら、美緒奈、壊れちゃうよ。……ちゅぷ♪」


 お洒落で可愛らしい店内に、咲き乱れる百合の花。

 客とメイド。あるいは客同士。

 唇と舌の間、零れ落ちる銀糸。てらてらと淫靡に光る甘い糸。

 あるテーブルでは、常連らしき二人の女子高生……栗色のショートカットと、黒髪ロングの美少女二人が、ケーキを口移ししつつ、


「ふふ、私達も高校生になったし、まずは学園の挨拶あいさつをぜんぶキスにしよっか♪ こんな風に……ちゅぅ♪」

「うん♪ 手始めに二人で、部活でも創ろう。百合の部活を! ……ちゅ♪」


 またあるテーブルでは、近所の神社の姉妹が、紅茶を口移しで、


「んむ、ちゅぷ……。どうせ、夜のお勤めで、たくさんキスするのに……。にゅりゅぅ」


 少々不満げな妹を、姉がたしなめる。……キスしながら。


「む、くぅっ……仕方ないでしょ、慣れておかないと。何事も百合巫女の修行よ……ちゅぅ」


 百合メイド喫茶「リトル・ガーデン」。

 少女達の、小さくも喜びの光に満ちた愛の園。

 その景色を、美しく華麗な光景を初めて目にした由理ゆーりは、


「これ絶対イケない店だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ※ ※ ※


「帰る! 帰りますっ!?」


 くるりときびすを返す由理。


「待って! 分かる! 貴女の言いたいことは分かるわ!?」


 その腰に抱き付き、引きずられながら、金髪のメイド少女リズが訴えかける。


「確かに! イケない店に見えるかも知れない! 私も最初はそう思ったわ!?」


 思ったらしい。

 とにかく生のキスを見るのも初めての由理に、これは刺激が強過ぎ。

 耳まで真っ赤にして、半泣きで、


「ふ、ふーぞく……! これ、完全にふーぞく!!」

「違うの! 違うのよ西城さいじょうさん! ほら、よく見て皆の顔を!」


 リズも必死である。何といっても、この「リトル・ガーデン」、慢性的な人手不足なのだから。

 由理を逃がすまいと、懸命の訴え。


「皆、とても幸せそうでしょう!? 貴女は見たことがあって? こんなにも素直な乙女の笑顔を!」

「……う、それは、まぁ、確かに」


 赤い顔に手を当てたまま、指の隙間から店内を覗く由理。

 ケーキを口移ししたり、あーん♪したり。誰の眼も気にすることなくイチャつく少女達の姿……百合ップルの姿。

 それは確かに、甘々で、ラブラブで、とても幸せな風に見えた。

 リズは、眼を閉じ、豊かな胸の前でお祈りのポーズで指を組んで、天使みたいに微笑んだ。


「そう、この百合メイド喫茶『リトル・ガーデン』はね……けしてまだノーマルとは呼べない、女の子同士が好きな女の子が、自分を解放できる、素直な自分をさらけ出せる……そんな場所なの。普通でない私達が受け入れてもらえる魂の楽園……乙女の、乙女による、乙女のための聖域なのよ」


 聖域なのよ……聖域なのよ……、と掛かるエコー。

 瞳を慈愛に輝かせ、歌うように言うリズの背景に、ラッパを吹く天使が見えた。

 金髪巨乳メイド、さすがの美少女力……リズの妙な説得力に、由理はつい納得しそうになって、


「んむぅ♪ お嬢様ったら、そんなに舌挿れちゃ、らめぇ♪ ふにゃぁん……っ♪」

季紗きさちゃん、ちょっと黙っててくれる!?」


 全部台無しになった。


「やっぱりふーぞく!?」


 元凶たる甘い嬌声の主、少女客と抱き合ってえっちな百合キスをしていたメイド……明るい色のロングヘアーの、可憐な少女の姿を見て。

 真面目で堅物なはずだったクラス委員長……東宮ひがしみや季紗の姿を見て、由理は固まった。


「……ナニしてんの、委員長」

「にゃぁぁ!? さ、西城さん!?」


 ……時間が凍ったように思ったのは、錯覚じゃないかも。

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