日本と異世界を行ったり来たりして豪商になります! ハイスピード!!

痒いところに手よ届け

そして彼に力を与えた


※当社比8割増で簡素(説明足らず)な文章でお送り致します※


01話 なんてこった


 高校はなんとか好成績で卒業できたものの家の事情で進学できず、しかし、面接に落ちまくって就職もできず、まさかの高卒ニート(働く気はある)になってしまった俺。

 ああ、そろそろ死んだほうがいいんじゃないかな。

 とか、ナチュラルに考えるついこの頃。セロトニンをもりもり増やすために朝は朝日を浴びて散歩するようにしている。


 その散歩中、ふと、神社にお参りにいった。

 少し前には就職祈願で良く行っていたけど、バイトも受からず、派遣でも落ちるというちょっと自分でも信じられないぐらい無職まっしぐらになってしまったので、神仏に祈るのを辞めた。

 むしろ神様も迷惑だろうと。

 だから、今回も別にお祈りしに行ったわけではない。本当に、ただなんとなくだ。


 体が資本と思って鍛えているので、結構な石段もひょいひょい上り、小さな鳥居をくぐればそこには小さな社。

 賽銭は無い。

 というか収入が無い。

 両親共働きで、しかもどちらの会社も景気が悪い。

 俺は肩身が狭すぎて家事全般と家庭菜園を営んでいる。

 親が優しい事が逆にキツかった。


 祈る事なんてないのに目を閉じ、手を合わせる。

「ああ、なんか……お金稼ぎたいなぁ……」

 祈りとも願いともとれない呟きの後に、目を開くと。


「ふぇっ?」

 変な声出た。


 森の中に居た。

「ちょっ!? 夢遊病!? 夢遊遭難!?」

 冷や汗がだらだら出てきた。

 朝の散歩中だったので、ジャージだ。すぐ乾く。落ち着け。

 結構酷い病気になっていたんだな俺。

 得体の知れない鳴き声がギャアギャア響いてビクってなった。

 とりあえず移動しなければ。


 少し傾斜があったので、下る事にした。


 しばらく歩くと川があった。

 川沿いに歩けば多分人里があるはず! とか、そういううろ覚えの知識で進む。


 果たして確かに人里はあった。

 それはまさかの城郭都市だった。

 意識無いまま海外旅行とか、色々ヤバイ。

 門のところの兵士が鎧を着込んでいるところを見ると、観光地なのかもしれない。

 ごねれば通訳さんとか呼んでもらえるだろうか。


 俺が近付く様子をじっと見ていた門兵さん2人。

 直立不動なのだが、視線で俺をしっかりとらえている。よく訓練されている。

「はろー、はうどうーゆーどうー」

 突然ごきげんいかがですか、とか、どう見ても俺を睨んでいるのに何言ってんだろうか。でも文句は日本の英語教育に言ってくれ。

「えくすきゅーずみー、あい……」

「変な格好をしているな。お前何処から来た」

 普通に日本語喋った。

 見た目バリバリ白人なのに、日本語流暢。でもよくみると、口の動きと合ってない。

 吹き替え? 吹き替えに聞こえるほど俺英語力があがってる? 記憶を失った間に何があったんだ……

「ここ入れます? 大使館とか……は、無いか。市役所とかで、大使館に連絡取りたいんですけど」

 俺は普通に日本語で言ったが、

「外国人か。旅人にしては荷物も無いし。いいだろう。その前に身を改めさせてもらう」

 普通に通じた。日本語を喋る様に外国語を喋れる様に……なってるわけないよね。

 これアレだ。ウェブ小説でよく読んだアレだ。異世界転移ってやつだ。

 日本人らしく、特に抵抗せず検査を受けた。パンツ一丁になったりもしたが、ナイロンジャージの妙な技術とか、そういうのからどこぞのお偉いさんと勘違いしてくれた。荷物持ってなかったのも良かった。盗賊に遭ったと勘違いしてくれた。

 つか、盗賊って……

 しかし、人々の感じからそこまで治安が悪い感じもしない。

 建物や服、雑多な人種を除けば、日本の地方都市とそんなに変わらない雰囲気だった。


 ・


 俺は市庁舎で困っていた。

「確かに貴方には翻訳魔法が掛かっているみたいですが、転移魔法で外国から来てしまったというのは……仮にそれが本当だったとしても、見たこともない遥か東方の国に転移させる程の魔法もありませんし、そこまでの旅費を貸し与えるのも難しいです」

 という役所職員の話しでがっくりしていた。

 まぁ、魔法陣も何もでなかったし。

 未だに脳内妄想の可能性もある。


 俺は親の負担になってたし。最初は捜索とかで大変かもしれないけど、長い目で見れば俺なんて居ない方が両親は楽して生きていけるだろう。


 そんなわけで、俺はさっさとこの世界で生きる覚悟を決めた。


 ・


 ここは定番の冒険者ギルドに……

 と思ったのだが、辞めた。

 一応ギルドまでは入ったが荒くれ者達が昼間から騒いでいてビビった。

 馴染める気がしない。


 そこで気付いたのだが、

「そういえば俺、お金ほしいって思ってたんだっけ」

 というわけで商人ギルドに向かった。


 ・


「転移事故ですか……それは災難でしたね。という事は保証人も居ないわけですか……だとすると、依頼をこなして実績を積んでいくしかないですね」

 登録自体はすんなりできたが身元不明のためクエストに制限が付き、まずは実績を積む事になった。

 商人ギルドにもクエストとかあるんだなと。

 街の中でのお使いや、行商の荷物持ちなど。

「お金も無いんですね。じゃあ、まずこの依頼を受けて下さい」

 とおすすめされたのが、商隊の雑用だった。

 往復4日で他の街へ行って来るらしい。

 これは良い。異世界旅行って感じするし。

 出発は明日の未明、という事で

「では、今夜はギルド直営宿舎で寝て下さい。代金は天引きします」

 寝床も用意してもらった。ちょろい系の異世界らしい。


 まだ昼だったので、辺りを見て回った。

 お店とかも結構あって、人通りが多い。

 女子供が多いのは、やはり治安が良いという事なんだろうか。

 ヨーロッパ系美女が好きな俺としては、天国みたいだった。いや、本当にあの世の可能性もあるけど。


 夜にはギルド宿舎で眠った。


 ・


 そして朝、俺は目覚めた。

 自分の部屋で。

「ふえぇっ?」



02 行ったり来たり


 やべぇ、仕事行かないと!

 とか、帰ってきた喜びよりそんな事を考えた。


 すると次の瞬間、ギルド宿舎にいた。

 窓から入る朝日はまだ紫色だ。

「は?」

 今少し変な感じがした。


 スイッチをひねるように……


 また自室に戻った。


「ああ…… そっちか」


 どうやら行ったり来たりできるタイプの転移だったらしい。


 ・


 時間に若干のズレがある。

 日にちは分からないが、地球の方が少し時間が進んでいる。

 地球での早朝が異世界では黎明ごろ。


 仕事間に合って良かった。

 一応、外に出るフリしないと。

「あら? いつの間に帰ってきてたの?」

 両親とも忙しいし、俺もバイトの面接やらジョギングやらバイトの面接やらウォーキングやらバイトの面接やらで忙しく、顔を合わせなくても平気な感じの家族になってしまっている。仲は良いが。

 母も帰りが遅く、その時間に俺がいなくてもジョギングに行ったかぐらいにしか思わない。

「俺ちょっと日雇いのバイト見つけたんだ。行ってくるね。帰りは遅いと思う」

「良かったわね。いってらっしゃい」

 母は笑顔で送り出してくれた。


 ・


 木造築40年のアパートから出て、俺はすぐに転移した。


 商人ギルド宿舎から出て、受付へ。

 まだ外も暗いのに受付にはしっかり人がいた。お金が無いという事で携帯食料も用意されていた。片道片道で賃金が払われるので、目的地に付いたら賃金を貰って帰り分は自腹で買えとの事。貰った片道分ももちろん天引き。

 場所の指定を受けて、そこへ向かう。


 馬車11台。

 雑用は俺を含めて5人。

 武装した傭兵も19人いる。

 逆に、商人の方が少なかった。

 使用人を含めた商人家族1世帯と、別の商人と使用人達数名。合わせて13人。

 家族の方はお引っ越しで、それに合わせて取引に向かう商人2人がくっついて商隊作ったらしい。

 やっぱ外は色々危険なんだな。


 雑用は危険な仕事や重要な仕事をするわけではなかった。

 まぁ、何処の誰とも知れない人間にどちらもさせるわけは無い。

 主に野営の片付け(準備は使用人がやってた)馬のブラッシングとか、そんな感じだった。馬の糞は道端ではなくしっかり路肩へ持っていって捨てる。そういう仕事も雑用係。

 重武装の傭兵と一緒なので、そこまでペースが早いわけでもなく、普段から鍛えている俺としては別にキツくも無かった。体が資本!


 ・


 夜こっそり帰って、

「運搬の仕事で少し遠くに行ってくるね」

 と行って出てきた


 雑用組5人は仲良くなれた。

 皆商人ギルドから紹介されているし、駆け出し同士なので意気投合。

 ただ、俺は見た目の事もあって過去を詮索されなかった。転移事故、というのは聞いているらしい。不憫な人、みたいな感じで扱われている。


 ・


 目的地の街も城郭都市。

 なんというか、違いがよくわからなかった。

 2日目の夕方に街に着いた。3日目は自由行動で、4日目の早朝出発。そういうスケジュールらしい。

 雑用組5人は固まって行動した。

 貰った賃金で俺はマントを買った。ジャージ姿は悪目立ちしてたので。

 貰った金全部使ってしまったが、食料はある。日本に。

 他の4人はお土産とか買ってた。

 皆若いだけあって、好きな人とか恋人とか、爆発すればいいのに。

 そう、皆若い。俺以外平均年齢15歳。この世界ではそれで成人らしい。


 ・


 さて、出発の日。

 俺はこっそり自宅に戻り、再び食料を革袋に詰めてきた。


 帰りはあの一家が抜けた状態。ほかは顔ぶれも同じだった。


 ・


 商人ギルドでクエスト終了の手続きをすませた。

「すみません、俺って商品の取引とかできるんですかね?」

 地球から色々持ち込もうという算段だ。

「モノによります。食べ物などはまだ無理かと。何か工芸品などでしたら、ギルド預かりでできない事もないですよ。ただし、害のある商品だった場合は、追跡魔法のプロが地の果てまでも追いかけて報いを受けさせます」

 さらっと恐ろしい事言ったな。

「死刑とかですか?」

「いえ。拘束されて強制労働と一生魔力を絞られ続けます。死刑は被害者の希望で行われるものですからね。その際は陵遅刑などになる傾向があるので気を付けてください」

 おう……


 ・


 とか言われても、いざとなったら日本に逃げれる身。どうとでもなるか。


 ・


 さて、困った。

 こういうタイプの小説だと、主人公がなぜか遺産とか貰ってたり、貯金があったりするが、俺にそんなものは無い。

 月々数回の日雇いバイトで稼いだ金も家に入れている。

 自分の分は1万円だけとってあるが、貯金は無い。

 今月はあと2000円。


 紙は定番か。ギルドの書類も羊皮紙だったし。

 後は……食べ物は駄目らしいし……


 俺はとりあえず散歩に出かけた。

 そしてそれは英断だった。


 ・


「これは……なんですか?」

「水筒です」

 ギルド職員の手にはペットボトルが握られていた。


 散歩に出たらちょうど資源ごみの日で、ペットボトルが大量に捨てられていた。

 潰してないのが入っているゴミ袋を拾い集め、パッケージを剥がしてリングを取り、ちゃんと洗って持ってきた。

 500mlから2lまで。総数51本。


「ガラス……ではありませんね」

 色々と実演した。

 と言っても、水を入れて乱暴に扱っても水漏れしないとか、落としても割れないとか、そんなものだが。

 ただ、高熱に弱い事と、燃やすと有害な事はしっかりと念押しした。

 一番ウケたのが、炭酸などの丸いタイプでレンズ効果を実演して見せたときだ。

 俺は火災などの危険について説明したつもりだったが、そもそもレンズで火を起こすという発想が無かったらしく、そういう商品を作るので絶対口外しないようにと念を押された。

 丸ペットボトルは買い取りはしてもらえたが、市場には出ないそうだ。次からは角ばってるのばかり集めて来よう。


 そして、非常に高値で売れた。

 500ml空ペットボトル1本でマント13枚分。どうなってんだ。

 一応ガラスの瓶と同じ値段での買い取りだった。コレ以下にはならないだろうという判断だ。市場での価値を見て、今後の買い取り価格は決めていくそうで。

 俺が無一文だったからとりあえずお金を用意してあげようという優しさからでもある。

 金貨と銀貨が混じった袋を受取、宿屋の部屋を借りて地球に戻った。


「あら、帰ってたの? 仕事どうだった?」

「うん。特に何も無かった」

 しまった。

 どうやってこれ換金すべ。

 換金自体はすぐできる。しかし、大金になると色々詮索されるだろう。警察でてきたらヤバイ。


 とりあえず金貨を3枚換金した。

 結構な額になってびびった。



03 次の商品



 ペットボトルをせっせと集めて1週間。

 俺はまさかのペットボトル成金になっていた。


 街に小さいながらも家を買った。

 小さいと言っても自宅の3倍広い。

 リビングデカイな。


 ペットボトルを大量に持ち込んでいるという事は資源の流出みたいに感じるが、一つの市の片隅で集められる程度だし、そもそもペットボトルはほとんど再利用されていない。かまうまい。


 この世界には都合良く清浄化の魔法があり、繰り返し利用による雑菌の心配も無いみたいだ。乾いて割れるまでは使えるだろう。


 しかし、ペットボトルも在庫を抱える感じになってしまっている。

 次の商品が必要だ。


 面接に落ち続け、ほそぼそと日雇いで繋いできた俺は、モノを持ってきて売るというこの感覚に気持ちよくなっていた。

 働いてる感じする!


 ・


 朝散歩したのに、昼も散歩に出た。

 金貨のおかげで懐具合は温かい。

 未換金の金貨銀貨があっちの家にもこっちの家にもある。どうしよう。


 今日は仕入れだ。


 ・


 まず定番のコピー用紙をダンボールで買った。重かったのでさっさとあっちの家に運んだ。

 スーパーで2リットルのお茶やジュースを箱で買い、これもあっちの家へ。これは自分用。ペットボトルは売れるし。


 しかし、紙以外思いつかない。

 まぁ今回はこれでいいかと転移した。


 ・


 紙もべらぼうな値段で売れた。この世界にも紙はあったが、完全輸入で高いらしい。

 製法は秘匿されていると言うので、教えますよと言ったらめっちゃくいつかれた。

 受付の人美人だからドキドキする。

 うろ覚えなので日本に帰って調べてからだが。

 しかし、

「ところで、その袋なんですが。前々から気になっていたんですが、紐もボタンも無いですし、その開く所はどうなっているんですか?」

 それは俺が持ってきていたリュックサックだった。

「これは……全然開かないですね」

 受付さんはファスナーを閉じた状態でリュックを引っ張っている。

 そして、

「これを引くと綺麗に開く……」

 商機を見出した受付さんの目がギラリと光った。


 そんなわけで、俺はファスナーを色々買ってきた。

 これほどの小型化は難しいが再現可能らしい。

 レンズ着火機はまだできていないが、ファスナーも加わった。きっとこっちの世界を良くするだろう。

 ……レンズ式の方は日差しによるから、圧縮式のやつを伝えようと思う。日本で調べてからね。

 この世界には火魔法があるわけだが、

「魔力は使わないに越した事はないですからね」

 魔法は結構効率が悪いらしい。それこそ強い魔法使いでも無い限りは無駄打ち厳禁との事。


 ・


 そろそろアレなので、安いスーツを買った。

 俺は輸入雑貨屋の契約社員という事になっている。


 朝はスーツで出勤し、転移。

 あっちの家でジャージに着替えて、商人ギルドに出勤。

 夕方には帰宅。ホワイトだ。


 そして、実は本当に輸入雑貨を売っている。

 一番売れているのは服だ。

 コスプレ用品として。本物の金属鎧、革鎧等、鎖帷子も売れている。

 そして現地の服。

 まだ綿が主流ではなく、木の繊維を使っている服は独特の風合いがある。

 そもそも、高温多湿の日本でどうして綿をもてはやすのかよくわからない。防寒具としては使えるが肌着としてはどうなんだろうか。

 そして、天然繊維の服というのは結構高かった。


 そんなわけで、月々30万円ぐらいはなんとかなっている。

 ボロアパートの一室を事務所として構えてからは、そこまで出勤してから転移するようにしている。


 問題は金貨銀貨だ。

 これ換金すればかなりの額になると思うのだが、正直キツイ。

 自営業者なので帳簿も付けているが、これが色々めんどい。

 誰か経理を雇った方がいいかもしれない。


 通貨の流出は国にダメージを与えてしまうので、なるべくあっちの世界で使いたい。

 輸入雑貨で別の世界に持っていっている時点で資産が減っているわけだが、まぁ、少しだけだし。こっちからもあっちに持っていっているので、トントンという事で……


 翻訳魔法は掛かったままなので、外国へもすんなり行けた。

 一応渡航歴を付けておきたいので、海外旅行にも行ってきた。


 ・


 そんな感じの忙しい1ヶ月が過ぎて、

「俺ミニマリストだったのかなぁ……」

 あっちの家はそこそこ大きいが、家具も少なくシンプルなままだった。

 お金はあるのに、全く買うものが思いつかない。

 とりあえず地球でソファ買って持ち込んだが、それぐらいだ。

 マットレスも持ち込んであるが、ベッドフレームは無い。マットレスを床に置いてそのまま仮眠したりしている。

 そういう性格だからから、まるで家具が増えない。

「狭いアパート暮らしだったしな」

 モノを増やさないのが快適に生活するコツだ。


「紙の在庫ありますか?」

「ああ、家に置いてあります。持ってきますよ」

 そしたら受付嬢が付いてきた。

 受付嬢ではあるが、その実雑用でもある。商人ギルドは役職というのが無いらしく、できる仕事が空いていたらやる、というフレキシブル過ぎる環境だった。

 俺が商人ギルドに出勤しているのもそれが理由だ。計算なら得意だし、こっそりスマホで計算したりね。

 商人となったものの、店を持ってなかったり、特に儲け話も無い商人たちが商人ギルドで働いている。

 そしてその中には専属の人達もいる。受付嬢がそれだ。

 商屋の出身らしいが、3女で特に継ぐものもないので商人ギルドに登録してそのままギルド勤務をしている。


「え? ここですか?」

「はい……そうですけど。何か変ですか?」

「いえ。かなり稼がれているのに思ったより小さな家で……」

 ズバズバ言う。でもこの辺の人達だいたいそんなものだ。

 ともかく、初めての来客だ。接待しないと。


「ふおおおっ? このソファはっ」

 スプリング式のクッションというものがこの世界には無かった。基本、羽や毛、そしてお高い綿を詰めたものが主流で、すぐに潰れる。

 多分再現可能だろうから、これも後で説明しておこう。


 うちのリビングには2人かけのソファが2つ。そしてテーブル。

 土間に行き、コップにペットボトルの紅茶を入れる。アップルティーだ。

「どうぞ」

 と差し出された紅茶を

「キレイなコップですね。歪みが無い」

 と、まずガラスコップの評価から始まり、

「っ!? フルーツ? え? でもお茶の味が? って、甘い! 甘いですよこれ!」

 とめちゃくちゃ笑顔で興奮していた。

 あ、砂糖と塩も定番だったか。

 俺自信が甘いものをあまり食べないから気付かなかった。

「フルーツ果汁入りの紅茶……」

 受付嬢の目がキラリと光った。

 紅茶自体がそこそこ高級品なので、そういう発想が無かったらしい。


 紙を取りに来たはずだが、砂糖と塩の話になった。

 やはり動くお金が莫大なものになってしまうため、少しずつ、定期的に売るという形になった。

 業務用のデカイ袋で買ってきた塩と砂糖をギルド倉庫に保管してもらった。

 砂糖は虫つかないか心配なんだが。

「これ……下手すると街一つ買えてしまうかもしれませんよ」

 と、遠い目で受付嬢がつぶやいた。

 驚くほど詮索が無いのが逆に怖い。なし崩し的に食品も通る様になってるし。


 

04 それから半年


 商売を始めて半年経ったがとうとうボロアパートから繁華街へ店舗を移す事になった。

 本屋なども多いから、きっとウケるだろうという算段だ。

 輸入雑貨ではあるが、ほぼコスプレショップになっている。


 仕入れで外国にいったりもしている。ちょっと前には海外に行くなんて考えたこともなかった。

 転移には微妙な制限があり、持ち込む量はいくらでもいけるみたいだが、イメージできないと転移できない。

 写真からでも可能だったので最初の頃は結構色々飛んだ。

 そんな感じで地球上から地球上への転移も可能だったけど、ちゃんと渡航歴や荷物を運搬したという記録を残さないとマズイので普通に交通機関を使っている。

 空港に持ち込む箱の中身は転移先から持ち込んだものだけど。


 色々黙っていられなくなったので、雇われ店長になったという事にした。

 母は凄く喜んでくれた。

 父は……ここ最近会話ないんだが。家にいるときいつも眠ってるし。働きすぎだ。


 金貨そのものを売る事もできた。

 本物の金で、それっぽい加工をされている金細工という名目だ。

 金の価格に上乗せして売っているのだが、これが意外に売れる。

 銀貨も売れているし、銅貨もよく売れる。

 通貨の流出がヤバイ。


 かなりの収益になってしまっている。

 税理士さんにもお世話になっているが、やはりバイト兼経理も欲しい。


 ・


 あっちの世界の生活も少し変わった。

「あら、おかえりなさい」

「ただいま」

 受付嬢と一緒に住んでいる。

 異世界のマイホームは2階建てプラス地下室と屋上付きなのだが、部屋が5つもあった。

 敷地は多分20坪ぐらいだと思うんだけど、とにかく広くてもてあましていた。

 寝室用に1室、倉庫用に地下室、後はリビングぐらいしか使ってない。

 そんなわけで、空き部屋に受付嬢が越して来た。

 色良い話しではない。監視だ。

 受付嬢には、遥か東方の故郷と転移魔法で行ったり来たりできる様になったと説明してある。

 正直、こんな大きさの家とか持て余すだけだし、屋上で家庭菜園を始めたので管理人が必要だった。受付嬢は水魔法が使えるので助かっている。

 地球産の野菜なども持ち込んでいる。菌とか心配ではあるが、俺も無事だし、どうという事はあるまい。こっちの世界には魔法があり、地球には科学力がある。それに空気中のバクテリアというのは獰猛で、ちょっとした菌なんかはガッチリ詰まった利権争いよろしくすぐに駆逐されてしまう。

「はい。おみやげ」

「これは! ミルクティーですね!」

 餌付けしている気分になってくる。

 お菓子類は買いだめしてある。糖質の過剰摂取には注意している。地球人の失敗と同じ目に合わせるわけにはいかないし、子供の時からお菓子に囲まれて成長してきた日本人とは違う。

 実際、この間アップルティーを500ml飲んだら体調崩していた。

「それ凄く甘いから少しずつね」

「はい!」

 キラキラした目で500mlペットボトル入りミルクティーを見つめている。

 なんというか、恋人通り越して家族、姉ができたみたいだ。2つしか違わないけど。

 しかし、

「使用人とか雇ってはいかがですか?」

 共働きのため、自宅を留守にする事が多く、週に1、2日間はずっと日本にいるし、受付嬢もたまに泊まり込みの仕事がある。

 家の管理に役立つかなと思った共同生活も、微妙に穴だらけになっている。

「地下の商品盗まれたりしませんかね?」

「奴隷契約なら大丈夫ですよ」

 おっと、奴隷。いるのかこの世界。


 ・


 話によれば、こっちの奴隷制度はギリシャローマ辺りの制度に似ている。

 近代の使い潰しとは違うらしく、奴隷にも権利があるし自分を買い戻す事もできる。

 お値段は金貨3枚から。再現は無い。

 職種にもよるが、金貨3枚なら3年働けば取り返せる額だ。

 地球と違うのはこの世界には魔法があり、それによって行動の制限が可能というところだ。

 金貨3枚っていうと……300万円ぐらいか。

 金の価値ではなく、バイト年収100万円で計算した感じだ。

「高いな……」

 某火薬庫ではヨーロッパの成人女性が10万円前後で買えるし、売り花嫁は数万円程度だ。

 自分を買い戻す制度まであるこの世界ではいずれ手放さなければならないし、それを考えるとなかなかお高い買い物だった。

「いや、貴方ならいくらでも買えるでしょうに」

 圧縮式の火種製造機とファスナーは順調に売れている。レンズは見送りになった。

 その内極わずかのマージンが俺の所に入ってくるのだが、特許生活マジ美味しいです。

 それに、町中でファスナー付きのバッグを使っている人を見かけるとなんだか嬉しくなってくる。

 野営の人達も火種製造機を使ってくれているだろう。あっちは安価だし。



05 奴隷を買うよ


 奴隷商おすすめの奴隷は、なぜか15歳前後の少女ばかりだった。

 なんと言うか……確実に利用目的を邪推されている。

 性奴隷は普通に存在しており、見た目以外に特質の無い人間はそっちに回される事が多い。

 受付嬢の目が痛い。

 一夫多妻も認められてはいるが、女には良く思われないのはこっちでも同じだ。

 中東の方でも一夫多妻は認められているものの、色々な制約があり妻は一人という事の方が多い。元は社会的弱者の救済のための制度だし。

「あの、すみませんが、俺が探しているのはそういうのじゃないんです。読み書きができる人をお願いします。あと、もう少し年上の方が」

 奴隷商人がしまったという顔をして、ヘコヘコしながら奴隷を選びに行った。

 俺が知らないうちに俺は豪商になっていた。なんというかモゾモゾする。


 そして来たのは30代を過ぎたオバサン達。と行っても、見た目は良い。美人かどうかというよりも、体つきもいいしシワも少ない。

 この世界の平均寿命は60歳過ぎ。

 寿命を伸ばす事もできるが、自然死、あるいは歳をとって体力が衰えて病死するのがだいたいこの年齢らしい。

 彼女たちは折り返し地点を過ぎていると言えた。

 並んだ5人の内、一番下が32歳、上は45歳。

 なお、45歳の人はこれでだめなら奴隷から開放されて放り出されるだろうと受付嬢が言う。その後どうなるかは分からない。

 質問タイムでそれぞれ話を聞いたが身よりも居ないらしいので、ホームレスまっしぐらか。


「いかがなさいますか?」

 との奴隷商人の言葉に

「5人全員買う」

 と答えた。

 読み書きできるのに結構な安さだったのがちょっと悲しかった。

「熟女が好きなんですか?」

 と受付嬢に聞かれた。奴隷商人も同じことを考えているみたいだ。

 日本の同じ歳よりずっと若く見えるし、この歳で熟女とは言うまいよ。体型だって皆スマートだ。一部けしからん乳をしている女性もいるのに、25を過ぎたらそういう性癖の人以外は完全に対象外だそうで。俺への視線が痛い。


 ・


 契約後家に連れて帰り、1階の空き大部屋を与えた。5人雑魚寝はどうかと思ったが、地球から持ち込んだマットレスに喜んでいた。

「あなたが妙に優しくて世間知らずで世間知らずなのは分かってますけど、これは多すぎですよ?」

 なぜ2回言った。

 金銭的に全員雇う余裕はある。しかし、この人数は過剰で、つまり無駄が出る。商人はそういうのを嫌う。

「39歳さんと45歳さんは家の専属で、後は家の仕事やってもらったり、商人ギルドや他の所で働いてもらおうかと思って」


 つまり、派遣業の始まりだ。


 いずれ奴隷商人が派遣業者になっていけばいいと思う。

 俺が詳しく説明すると受付嬢も目を見開いて、

「もっと買ってきましょう!」

 と騒いだ。


 若いコは買い手が付きやすいが、歳をとるとそうでもなくなる。結局捨ててしまうとマイナスになるのでシルバー人材派遣センターの様な仕事をすれば良いと思った。

 俺がまず試験運用をしようと思う。お金あるしね。

 自分を買い戻したら、後は新人教育をしながらゆるゆると余生を過ごせば良い。

 これから社会が変わっていけば、指先さえ動かせば働けるような仕事も増えていくはずだ。


 ・


 派遣業は大成功した。

 ベビーシッターや書類仕事が多く、地味ではあるが、仕事がないという事は無かった。

 それに、他人の奴隷を借りているという立場上、彼女たちを手荒く扱う事も無い。

 中抜きしているがそれでも予定通りに彼女たちの貯金は貯まっていった。

「あの……私達ずっとココで働きたいんですけど」

 と言われた。

 ココで、って、自宅なんですがね。

 そんなわけで、とうとう商業施設を買った。と言っても社員寮みたいなものだが。

 男子寮と女子寮2つ。

 売れ残り奴隷を大量に買ったのだが、女性の方が売れ残りが多かったのだ。

 女だからなんとかなるだろうと奴隷になってみたものの売れ残ってしまうという……地球でもあるような悲劇が起こっていた。


 ・


 流石に女性全員分の仕事は無かった。街の需要の限界というものだ。地球から足踏み式ミシン(国内では思いの外高くて、海外まで行って買い付けてきた)と機織り機を導入し、布や服を作らせた。工場用の建物も買った。

 街の需要を満たすだけでは駄目だ。それではお金が循環するばかり。

 布や服、そしてファスナーなどの品を作って外貨を獲得し、加工付加価値を金に変えて街に放流せねば。


 それと平行して読み書きも学ばせ、自分を買い戻した後老齢になっていたら教師になってもらった。

 皮肉にも、奴隷商人が一番教師の派遣を依頼している。見目麗しくて教養もあれば高く売れる。


 そんなこんなであっという間に1年。


 俺がこの世界に来ておよそ1年半。

 この街はとんでもなく栄えだした。

 本当の効果が出るのは数年かかるだろうが、現状でも税収が7割増になったとかで、市庁舎に呼び出されて感謝された。

 インフレが怖いという話をして、その辺の価格調整をしてもらえるようにお願いした。


「得体の知れない人だとは思っていましたけど、一人でこの街を変えてしまいましたね」

 と受付嬢。

「まぁ、俺の力ではないけどね」

 だいたい模倣ばかりだ。


 しかし、最初はゴミから始めた商売だけに、ここまで大きくなると感慨深い。


 日本でもとうとうマンションを買い、両親にプレゼントした。

 安くて小さなマンションだが、新築だし、夫婦2人には十分だろう。

 一軒家と迷ったが、これから老齢になっていくのなら都市部の集合住宅の方が便利だろうと思ってマンションにした。

 両親とも涙を流して喜んでいた。

「私が死んだらどうしようかと心配していたのに、こんな親孝行してもらえるなんて」

 という母の言葉に、かなり心配されていたんだなと。


 後は……

「嫁さんもらうだけかなぁ」



06 嫁をもらうよ!


 異世界に来て2年以上が経った。

 派遣業務と縫製工場も商人ギルドに任せた。

 俺はいわゆる『席』だけ用意してもらって、少し給料を貰っている。

 地球でもこういう仕組みはあったが、こんなに美味しいならそら皆欲しがるよな。

 俺の場合は自分で立てた商売だし、給料もそれほど貰っているわけではないから精神衛生上そんなに悪くない。

 単純な収入は以前の方がずっとあったが、そんなに働かなくてもお金が入ってくるという状況を考えれば非常に良い生活を送っていると思う。

 純労働時間一日3時間ぐらい働いている。

 

 地球の方も普通に会社にした。

 従業員も雇った。社員は10名居ないし売る物が高額のため利益がとんでもない事になっている。

 最近の一番人気はポーションだ。上級ポーションを小分けして傷跡消しとして売り出している。本当に効くので口コミだけでとんでもない売上を出している。


 収益物件やら株やらを買い、もしもの時にも定期収入があるようにはしてある。

 銀行貯金の利息が実用額になるなんて以前は考えた事も無かった。


 しかし、自宅は安いマンション。

 元々物欲があまり無いため、豪奢な生活というのができなかった。

 リビングは来客があるかもと思って多少は飾っているが、他は完全にミニマリストの部屋だ。クローゼットも風通しが良い。


 そう、俺は成功した。

 日本と異世界を行ったり来たりしているだけだが、かなり稼いでる。

 税務署が怖い。

 海外の渡航歴を作り、それっぽい箱とか持って帰ってきているけど、厳しく問い詰められたらアウトだ。

 なので、むしろ下手に大きく稼いで目をつけられない様に気を付けている。

 逆に、2年程度でこれほど急成長する会社は珍しくないという事を知り、ため息が出た。

 以前の自分は、そういうの知らなかった。お金ってあるところには本当にあるんだな。


 金銭的な不安が解消され、後は健康に気を付けるぐらい。


 そして、嫁だ。

 

 ・


 色々考えたが、異世界の嫁をもらう事にした。

 家族の付き合いというのがめんどくさいからでもある。

 それこそ世界が違うほどの距離がある。面倒な事にはなるまい。


 そんなわけで、商人ギルドで嫁がほしいという話をぼろっとしてしまい、どこから伝わっていったのか、色んな女の人から猛烈なアタックを受ける様になっていった。

 そりゃあ俺も男だし、モテたいと思っていた。しかし、モテキ到来! とは思えない。

 中には10歳ちょっとぐらいの子供を親が連れてきた事もあり、げんなりした。

 金の力でモテるってこういうの事なのかと。少なくとも俺は楽しめる人間じゃなかった。

 愛されたいというわけではない。金は、本当にゴミを売るところから始めたので、いつかまたゼロになるんじゃないかという不安もあるし、事業はデカイが持ち金は事業規模に比べれば少ない方なので、金持ちという感覚もない。

 いつかすぐに吹き飛ぶかもしれないお金。そして実際に使える金は少ないのに事業の規模しか、つまり自由になるものでもない大きい方のお金ばかり見ている人達にげんなりしてしまったのだ。


「結局どんなお嫁さんが欲しいんですか?」

「うーん。顔はそこまで美人じゃなくてもいいんだよ。せめて平均でいい。頭が良くて、痩せていて、できれば背が高いと良いな」

 俺の持論だが、女の体は食生活を物語っている。

 トレーニングよって筋肉が鍛えられ、姿勢が良くなる。もちろんそれは良い事だが、それより皮下脂肪を重視している。

 姿勢が良くなるとはいえ、女性は男性よりも筋肉が付きにくい。

 皮下脂肪はトレーニングよりも普段の食生活によるところが大きい。

 それは節約にもつながる事だし、意図的にか無意識にか自己管理ができているという事だ。

 筋トレは後からでもやってもらえばいい。

 嫁をもらうなら、お互い健康で居たい。

 

 背の高さは……俺があんま身長高くないからさ…… 子供できたら俺が受けた苦労はしてほしくない。


「それならダークエルフなんてどうでしょうか?」

「えっ?」

 実はダークエルフ好きだ。

 褐色肌が好きだ。

 ダークエルフはエルフと同じくこの街でもチラホラ見かけていたが、ダークエルフの女性は見たことが無かった。行商の男ダークエルフがかなりのイケメンだったので女性も整った顔をしているのは予想付くが。

「一応『細マッチョ』ですし、頭も良いですよ。美人過ぎるのが問題でしょうか」

 なぜわざわざ細マッチョなんて言葉を使ったんだ?


 ・


 これには受付嬢、そして商人ギルドの意図が絡んでいた。


 ・


 この異世界において、西の砂漠に住むダークエルフと人間の関係は悪くないものの良好とも言えない。

 敵対しているわけではないし、貿易もしているが、いかんせん砂漠の向こうで気候も風習も違うところの人間だ、お互い得体の知れない連中だと思っている。

 この街はちょうどその砂漠への玄関口の一つになっていて、こっちの商品も結構西に輸出されている。

 特に布類が重宝されているとか。

 ペットボトルより自前の水袋の方が安くて大容量だし、水魔法をほとんど全ての人々が使える。ファスナーも砂を噛んでしまうため余り売れなかったそうだ。

 つまり、俺が縫製工場を始めた故の縁とも言える。


 販路拡大を狙う市長と商人ギルドにとって、また、最近発展してきたこの街を足がかりに東方へ進出したい西のダークエルフ達にとっても、豪商である俺の嫁探しはいい『試し』だった。


 そんなわけで、商人ギルドの肝入りでお見合いが催される事になった。




07 野性的な嫁


 俺は慣れないお見合いの席にいた。

 宴会場貸し切りだ。

 俺や商人ギルド関係者と、ダークエルフの皆さん。

 俺にはこっちの世界に縁者が居ないので、ギルド長が親役、受付嬢が姉役で出席している。

 左右を恐らく父と兄に挟まれたダークエルフの女性。

 つまり俺の正面に座っている彼女が、俺の嫁になる予定の人だ。


 俺は彼女と、ダークエルフの侍女を見比べる。そして男達も。


 事前情報として聞いていたが、実際に見ると思いの外ビックリした。


 ダークエルフは、男女間で殆ど差がない。

 女性も男性も体毛が薄く、体脂肪が薄く、筋肉質で短距離選手みたいな体をしている。

 顔立ちは女性と男性区別は付くものの、この場合は男性が美男子過ぎる。もみあげは濃くなるらしいが、髭も生えないらしい。

 男女の違いは顔立ちの他に、骨盤の広がりと性器が違うという事ぐらいだろう。

 身長差も無い。

 この世界には魔法もあるので、ダークエルフの世界では男女同権がかなり昔から認められていたと聞いた。力こそが全てか。


 なるほど…… 細マッチョな。


 俺は平均身長ギリギリ足りないぐらいの大きさだが、それでも俺より背の高い女性はあまり見たことが無かった。

 しかし、俺の嫁(予定)や他に侍女や護衛として付いてきているダークエルフの女性等、皆俺よりずっと背が高い。180cmは確実にあると思う。

 おまけに彫りの深い顔で俺をじっと品定めしている。

 つまり、威圧感ハンパない。

 なので、

「ええっと…… 本日はお日柄もよく……」

 とか訳の分からん挨拶をしてしまったのはしょうがない事だと思う。


 ・


 まずお付の人々の話し合いが始まった。

 俺と嫁候補の方は聞かれない限り発言禁止らしい。そういう風習なの?

 そしてやりとりされたのは案の定俺の資産資料だった。

 お見合いするのは俺なのに、相手の情報が全く伝わっていない。ここにきて、どうやら西の豪商らしいというのが分かった。

 婿になるかもしれない人間の資産は重要だよね。

 恋愛結婚で破綻した家庭結構あるし、お見合いとか縁とか政略で結婚して、生活は安定しているのに気持ちがーとか何言ってだよと。

 安定した生活がどれほど尊いのかわかんねーのかよ! とね。貧乏人の俺はドラマに突っ込んでましたよ。

 DVはいかんけどね。


「この資料はおかしい。この資産規模でどうして賃金がこれだけなのか」

「本人がそれだけしか望んでおりませんので」

「所有奴隷3000人? 私兵でも抱えているのか? 女性が特に多い。ハーレムでもあるのか?」

「いえ、これは人材派遣会社といいまして」

「孤児院に学校だと? しかも無料で? バカな!」

「彼の賃金が低いのは利益をそういう方面に回しているからでもありまして」

「……聖者だ……」

「なんてこった。聖者だったのか」

「「聖者さま……」」


 正面に座っている父上嫁候補兄以外の立っていたダークエルフの方々が地面に片膝を付いて頭を垂れた。

 彼らは180cmを超え、しかも筋肉質でゴツい。特に傭兵か護衛らしき人達はビキニ革鎧で筋肉を晒している。

 彼らが体を丸くしたら優越感に浸れるのか。

 無理だった。

 飛びかかってくる前の猛獣にしか見えない。

 やめさせたいが喋っちゃ駄目みたいだし、俺はオロオロしながら手で空中を掻くばかりだった。


 ・


 縁談は上手くいったらしい。

 俺は当事者のはずだが、なんかほとんど喋ってないし、いつの間にか決まっていた。


 ギルドに結納金を用意するよう言われていたが、ギルドに指示された額の現金は持っていなかった。

 なので、地球でペルシャ絨毯とか、飾り布とか、工芸品の櫛とか木製品を大量に買って持ち込んでいた。

 それで良かったらしく、むしろ喜んでくれた。


 式と結納が終わり、披露宴が3日間も続いた。

 披露宴というか街総出でお祭りになっていた。


 そしてその披露宴が終わり、とうとう嫁(本決定)と二人きり。

 いわゆる初夜というのを迎えようとしていた。

 なんと、ここまで嫁とほとんど話していなかった。

 ただ一緒に座っているだけだったり、お互い別々に引き回されていたりしていた。

 嫁はなにやら布でぐるぐる巻きな格好でベールを被ってもいたため、顔も格好もよくわからないという有様だ。


 お手伝いさんや受付嬢もいったん女子寮に出払ってもらい、俺と嫁の2人だけで自宅に入る。

 以前にトイレとシャワーを付けた以外、拡張とかもしていない。外装も内装もほぼ買った時のままの我が家だ。

 さて、これまでおしとやかにしていた嫁の第一声は。

「婿どの、確かにすぐに信用するのは良くないが、私は貴方の妻になったのだ。いきなり離れに通すのはどうかと思うぞ」

 ごめんなさい。これ自宅なんです。

「えっ? あれ? でも貴方ほどの豪商がこんな小さな家に……」

 そういうえばうちの嫁はお嬢様だったんだっけ。


 とりあえず、来客用にそれなりの装飾がされているリビングに通した。

「ほほう。スッキリしていて気持ちがいいな」

 と言われたけど。

 それからレモンティーを出して、ちゃんと話をした。

 これが自宅であるという事と、そういう趣味が無いという事を。

「なるほど。ところでこの茶はおかわりしても良いだろうか」

 分かってくれたみたいで良かったです。


 この日のために用意したキングサイズのベッドがある寝室に入った。

 お互い別々で風呂に入った後だ。

 二人共バスローブ姿。

 俺はかなりドキドキしていたのだが、

「ふおおおっ!? このベッド弾むぞ?」

 もしかしてうちの嫁は面白い人なのかもしれない。


 ・


 恋愛結婚では無かったけれど、満足している。

 俺男だしさ。性格に問題なくて美人なら文句無い。おまけに頭も良いし。

 後々地球から持ち込んだ巻き尺で測ったら嫁の身長は187cmあった。

 てことは、あの一番背の高い護衛は2mぐらいあるかもしれない。

 美人だし、スタイルもいい。それに健康だ。申し分ない。

 むしろ、

「俺みたいなのと結婚してよかったの? その……お互い知り合ってすぐだったし」

「父上と兄上が決めた事だ。西ではそういうものだよ。娘にバカな婿を取らせる親はいるまい。それに、もしもの時は離縁すればいいだけだろ。今のところ貴方は悪い人ではなさそうだし問題ない」

 ドライというか何というか。


 俺は結構体力ある方だと思っていたいたのだが、風習の3日間の軟禁中、何度も命の危険を感じた。もっと鍛えないと駄目らしい。体が資本!


 まさに干からびた俺と、つやつやの嫁が3日間の家篭りの後玄関から出てくるとまた祭りが始まった。

 なんだコレ。


 ・


 およそ10日かけて行われた婚姻の儀式

が終わった。

 聞けば別にこういう決まりというわけでもなく、儀式の日数は両者の立場や経済力で変わるらしい。

 俺の場合なら40日間やってもよかったという話を聞いて震えた。恥ずかしいやら体力の消耗が激しいやらで死んでしまう。


 ・


 さて、しばらく後の話になるが、商人ギルドの思惑よりも先に、受付嬢がダークエルフを勧めて来たのには理由があった。


 彼女は美男子が好きで、この街によく来ていた行商の一人を気に入っていた。

 しかし、ダークエルフと人間の関係は微妙で、ハードルが高い。

 それで嫁を探していた俺を生贄にしようと思い立った。

 商人ギルドを巻き込み、情報交換という名目で目当ての行商人に近付き、そしてとうとう目的を達成した。


 俺が結婚した半年後、受付嬢も結婚していた。

 そればかりか、街中でちらほらとダークエルフと結婚する男女が現れた。

 ダークエルフから求婚したのも多く、言い出せなかっただけで皆結構恋とかしてたんだな。

 キッカケになった俺と嫁は全くそういうの無かったのに。


 だけど、一緒にいる内に嫁は無くてはならない存在になった。

 なるほど夫婦とはこういうものかと、そんなふうに感じる。



08 モータリゼーション



 さて、儀式も終わり、次は西の家族に顔見せに行く事になった。

 別に必要無いらしいのだが、日本人の俺としてはさすがに気なったので。


 砂漠の横断に30日かかると聞いて驚いた。

 つまり、事前の打ち合わせとか、そういうのほとんど無かったのか。

 でもうちの商品は西にも輸出されているので、身元保証はあまり必要無かったらしい。

 風習的には平気かもしれないが、やはり、そんなスピード結婚をしてしまった身としては突然親族が嫁いで行ってしまった家族に頭を下げにいかないとという気持ちがあった。

 俺に兄弟はいないけど、例えば娘が突然嫁に行くと言い出してあっさり引っ越していったらショックだと思う。


 ・


 結婚の儀式が終わって帰る予定だった親族や護衛やついでに行商人の人達にも待ってもらって、俺はいったん地球に戻った。


 ・


「これは何だ?」

「鉄の箱?」

「これは荷台か?」

 俺が持ってきたのは大型トラックだった。

 日本の会社で使ってるやつだ。わざわざ外国で異世界から持ってきて箱詰めした荷物を輸送して港や空港からコレで運んでいる。

 主に社員が使っているのだが、俺も大型免許は取得している。

 こっちでは関係ないのかもしれないけど。


 大型トラックの荷台にテントが張られ、その中にまず先に帰る人々を詰めた。

 嫁や家族は俺の隣。


 最初はビックリしていたダークエルフ達だが、すぐに慣れて、そして、

「なぁ、暇だ」

 と、嫁がぼやき始めた。

 自分で歩いている訳ではないし、荷物も持っていないし。

 ラクダの様な生物に乗って来ていたみたいだが、それだって手綱や掛けてある荷物などを注意しての旅だっただろう。本当に座っているだけという状況が辛いらしい。


 学校にも配布してある知恵の輪を渡すと静かになった。


 ・


 思えば異世界に来て初の遠出だ。

 モンスターの心配とかしていたが、砂漠にそんなもん居ないらしい。毒サソリはいるので注意が必要だが。


 ・


 ほとんどが礫砂漠だった事もあり、トラックは順調に進んだ。

 休憩をはさみつつ、3日目にオアシスに辿り着いた。

 武装したダークエルフ達に迎えられたものの、なんとか説明して、さらに進んだ。


 そして嫁の実家に着いたのだが、

「これお城じゃん……」

 うちの街の市庁舎よりデカかった。

「うむ。我が一族はこの辺りで一番の豪商だからな。と言っても、私は13番目の子供でたいした権利など無いが」

 てことは12人の義兄や義姉がいるって事ですか。


 ・


 結納品の一部を積み込んで来ていたのだが、たいそう喜ばれた。良かった。


 それからピストン輸送で他の人々や結納品も全部運んだ。

 結局合計で30日掛かってしまったが、砂漠越えをするよりマシだろう。


 往復の度地球に戻って燃料を補給したり砂を洗っていたのだが、

「社長、仕入れしていないみたいですし、こんなに砂まみれでどうしたんですか?」

 と社員に聞かれた。とはいえあまり詮索はされない。元々変な人だと思われているし。というか、日本の会社では海外で買い付けしている事になっている事が多くて、不在が当たり前。こう何度も帰ってくる方が不審がられていた。


 ・


 全て運び終えた所で俺もやっと一息付けると思ったのだが、そこからまた祭りが始まった。

 俺が親族への挨拶もそこそこに運送作業をしている内に決めていたらしい。

 そこから、うちの街でやった事の繰り返しが行われた。

 こっちの方が規模がデカイ。

 日数は9日間。

 俺が街で10日間しかやって無かったので、配慮してこの日数になったそうだ。


 おかしい。親族に挨拶しに来ただけのなにどうしてこうなった。


 ・


 さて、ここでまた一つ事件があった。

 あのトラックだ。

 どういう仕組みなのか教えて欲しいと言われた。

 環境汚染とか色々悩んだが、ある理由から教える事にした。と言ってもまず俺も勉強してからだったが。


 これによって『エンジン』がこの世界に生まれた。


 俺がエンジンの仕組みをこの世界にもってきた理由は、どうやら魔力でガソリンの代用ができそうだったからだ。

 まず嫁に相談したのだが、風と爆発魔法、結界魔法を代用すればなんとかなるという嫁の意見でエンジンを制作する事になった。


 エンジンと魔法は相性が良く、各所に刻まれた魔法陣が魔力を流し込む事によってそれぞれ自動で魔法を展開し、稼働した。

 爆発物を使っているわけでもないし、結界魔法が有能だったため、エンジンに使われる鉄量も減った。


 トラックの様な大型だと、使用者が交代で魔力を流し込まなければならないが、元々大人数での移動なので問題ない。

 個人用は三輪バイクを作って対処した。

 いずれ魔力バッテリーや自動で魔力を取り込む装置が作られればもっと便利になるだろう。


 木のボディに金属フレームの自動車が誕生し、この世界でモータリゼーションが巻き起こるキッカケになった。


 ・


 さて、嫁の方の親戚に顔見せが終わったなら、次はうちの親だろう。



09 ダークエルフ日本へ行く


「美人さんだねぇ」

「おまっ、ええっ? おまっ、ええええっ?」

 母泣いて喜び、父は壊れたオーディオソフトの様になっている。


 突然結婚しましたと言って息子が嫁つれてきたらそらびっくりするだろうけど。


 野菜をもってこれたので生物でもいけるだろうと思い、小動物はたまに転移させていた。

 人間は今回始めてだが、多分大丈夫だろう。

 あっちから持ってきた野菜も小動物もこっちで元気に生きているし。

 うちの会社で飼っているあっちの世界から持ち込んだ小動物達は社員と楽しく暮らしている。社員と動物達を実験に使ったみたいで申し訳ないが。

 転移の事は嫁にはちゃんと話してあるが、両親は知らない。


 嫁は外国人扱いでこちらでも婚姻届を出したのだが、手続きが思ったよりも簡単で驚いた。

 なるほど結婚詐欺が無くならないわけだ。


 嫁は翻訳魔法を使い、母と談笑している。

 俺は父につかまって「騙されてないよな?」と何度も聞かれた。

 分からんでもない。俺地味だし。あんな美人が寄ってきたらお金目当てだと思うだろう。実際当たっていない事も無いが、別に騙されているわけでもないし。


 それから日本観光。


 神社仏閣をめぐり、都市部では高層建造物などに登った。

「どうなっているんだ?」

 と何度もつぶやく嫁を連れて……いや、むしろ俺が連れ回された。物理的に


 お土産を買い込み、いったん異世界に転移し、またお土産を買い、また異世界に……

 あっという間に俺の自宅の部屋が一つ箱で埋め尽くされてしまった。

 家電製品や燃料製品などは禁止したが、それでも便利グッズなどを大量に買い込んでいた。

 時折、

「これなら作れるな」

 と口にしていた。やっぱ商人の娘なんだ。


 この時嫁が選んで持ち込んだものもの一部が研究され、商品になっていった。


 異世界の技術レベルは正直なところいまいち分からない。魔法が混ざっていて見た目よりも生活水準は高いのだ。

 清浄化の魔法なんて、地球で再現しようとしたらどれだけの機材が必要なのか。

 だが、これを機に異世界の技術レベルが確実に、急速に上がっていった。

 魔法が混ざったそれらの技術はやはり俺にはよく分からなかったが。


 ・


 さて、うちの両親の顔みせが終わったところで、とうとうお互いの両親の顔見せになった。



10 日本人異世界に行く


 彼女の実家は遠いからと言って、両親と共に海外へ行き、現地にある俺の会社所有の4WDに乗り込み、俺と嫁そして両親は砂漠へ向かった。


 そして転移。


 嫁が注意を逸してくれていたので、両親とも風景の変化に気付かなかった。

 砂漠とはいえ、急に変わると気付かれてしまうので。


 そして辿り着いた嫁の実家で

「これお城じゃないかしら?」

「お姫様だったのか?」

 俺と似たような反応を示す辺り、やはり俺の親だ。


 うちの両親はかなりの歓待を受け、恐縮しっぱなしだった。むしろ気の毒に思える。

 侍女が翻訳魔法を使って通訳として付いてくれた。俺と嫁はお土産を配り、または研究施設に運び込み、少し離れて両親を見ていたのだが、日本人特有の謙遜ぶりに、

「流石聖者さまの親ですな」

 と何だか勘違いされていた。


 俺の両親が転移魔法を知らない事は周知させており、その辺のボロは出なかった

。嫁には異世界である事は話してあるが、他の皆は遥か東方の彼方にある国だと説明してある。


「海外にはこんな国もあるんだねぇ」

「携帯電話もなかったぞ。しかしこれだけのお金があるという事は何か鉱物資源でも……」

 と、微妙な事を両親に言われたが誤魔化した。

 両親とも怪しいと思っているみたいだが、突っ込んで聞いて来たりはしなかった。

 長らく貧乏だったせいか、立ち入ってはいけない境界の線引きが得意なのだ。



11 光陰矢のごとし


 これで概ね俺の仕事は終わった。


 うちの学校で育てた人材、翻訳した書籍、俺が何をしなくても、後は自然に成長していった。


 さて、うちの子供たちだが、長女、長男、双子の次女三女、次男、三男、かなりの子沢山家族になった。

 そして、それぞれがとんでもない量の魔力を持っていた。

 どうやら俺と嫁の子供達は混血で何か凄い力が宿るみたいだ。

 ダークエルフというのは某戦闘民族だろうか。

 後々の話になるが、孫の世代では特にそういう事も無かったので、第一世代のみらしい。

 子供達の内、双子の次女三女と三男に転移魔法の適正があり、しょっちゅう地球の実家に遊びに行ってはおじいちゃんおばあちゃんに甘えている。

 そのせいもあって、この3人は子供の頃太っていた。


 子供達も大きくなり、孫も生まれた。

 長男がハーレム作りやがった。


 俺と嫁は隠居している。

 ずっといちゃいちゃしているせいか、子供達からたまにお小言をくらう。


 ・


 地球で1度の世界大戦。

 異世界で3度の戦争があった。

 それから時は過ぎ、俺が63歳の時、俺と嫁は『永遠の命』を得た。

 商品名が『永遠の命』だ。

 地球でいわゆる不老化技術が完成したのだ。

 実は俺が異世界から持ち込んだポーションや魔法薬がキッカケになっていたのだが。

 

 とはいえ、理論上寿命が無いと言ってもどれだけ生きられるかは分からない。


 ・


 100歳を過ぎても元気だった。

 見た目は30歳ぐらいまで戻っているし、体も健康そのもの。

 いまだに嫁といちゃいちゃしているので子供達の視線が痛い。

 だが、俺は知っている。俺の子供達も孫達から冷たい視線を受けている事を。

 皆愛妻家、愛夫家なのだ。

 長男は大変そうだが。


 妻を愛する。家族を愛する。それがわが一族の業である。


 ・


 150歳。まだまだ元気だった。

 俺達は不老化第二世代だが、最初に不老化処置を受けた第一世代の中にはかなりの老齢で不老化してもう200歳を越えている人達もいる。

 人生まだまだ長い。

 この頃、ただ薬を飲むだけで不老化が可能になっている。

 うちの子供たち、孫やひ孫達にも希望する者には薬を与えた。


 ・


 170歳。

 多くの人々を看取ってきた。

 異世界は地球と違う方向で、しかし同じレベルまで文明が進化した。

 空に浮かぶ3つの月には、地球の月と同じ様にコロニーがある。

 やがて火星のテラフォーミング化が完了するというニュースを聞いた。


 異世界では妙な電波を宇宙から受信している。


 ・


 210歳。


 地球圏戦争が悪かった。地球世界の文明は止まった。

 異世界では文明が進む程大規模な戦争がなくなっていった。

 生まれつき魔法という強力な力を持っていて、それを制御する努力をしている事と関係があるのかもしれない。


 そしてとうとう、異世界で次元跳躍機能を持った宇宙船が誕生した。

 転移魔法の応用ではあるが、イメージに頼らず何光年も先の指定した空間に転移するというのはかなりの難題だった。

 地球では別のアプローチをしていたのだが、それも戦争によって頓挫している。

 時空に対するアプローチは科学より魔法の方が一枚上手だった。


 ・


 211歳。


 地球圏は混沌したままだが、異世界では他に人の住める星を幾つか発見し、調査している。

 やがて恒星間移民が始まるだろう。


 例の電波の発信源が分かった。


 ・


 235歳


 地球圏は安定し、そしてとうとう次元跳躍が可能な宇宙船を建造した。

 細かい理論はよくわからない。出資はしている。

 荒廃した地球圏は人が住めなくなっている場所も多く、恒星間移民は人々の希望だった。


 ・


 比べて分かったが、どうも異世界の次元跳躍システムの方が性能が良い。

 それぞれ違う方法で次元跳躍をしているのだが、異世界の方の次元跳躍は理論値を大幅に超えているのだ。

 魔力炉を使用している事と関係しているのだろうか。





最終回 闇の彼方


 315歳。


 いまだに嫁といちゃいちゃしている。

 不老化した人間はパートナーを何度も変えるのが普通らしいのだが、俺はずっと嫁一筋だ。

 かれこれ2世紀半以上嫁を愛している。


 異世界で受信していた例の電波だが、あれは宇宙中心から発せられるものだった。

 そして、どうやら魔力が元になっている事も分かった。長い旅の中で電波がまとわりついていたとかなんとか。

 つまり、宇宙中心に魔力を発する何かがある。


 宇宙は膨張していると俺が若い頃は言われていたが、次元跳躍航行によってそれが否定された。場所によって違いがあるとの事だ。

 惑星規模の演算システムを脳と直結している研究者達の言っている事なので、俺にはよくわからん。

 だが、異世界でもこの認識は合っていた。


 あっちの世界でもこっちの世界でも他の宇宙人とのコンタクトはあったものの、なぜか次元跳躍システムを持っているのは人間だけだった。


 その謎は宇宙の中心にある。


 ・


 地平線。


 宇宙は大きなブラックホールに似た構造の空間である。

 その中心には巨大なエネルギーによって空間の歪が生じている。

 魔力を応用したレーダーにはなぜかこれが反応した。

 魔力。俺が授かり、俺の人生を変えた力。


 異世界での宇宙中心部調査に俺は出た。

 このためだけに建造された調査船に乗り込み、超次元跳躍を繰り返し、辿り着いたそこは、何もない空間だった。

 レーダーでは何も映らない。人間の視覚でも何も見えない。

 ただ、魔力の反応はあった。


 ふと、気付いた。

 あれはただ放射されたエネルギーではなく、呼びかけだったのだ。

 地球圏においても同様の反応があるのかもしれない。

 理由は無いが、その確信がある。

 その瞬間だった。

 黒い空間の中に、船影が浮かび上がった。

 他の空間は魔力以外全くデータが無いものの、その宇宙船はモニターにしっかり映った。

 スキャンも通るが、スキャンの必要など無かった。

 モニターに浮かび上がった宇宙船の姿は……

 音声データが送られてきた。

『そこにいるのは、俺か?』

 

 ・


 地平線。


 宇宙中心の調査を行い、戻った俺は地球に転移した。正確には調査船ごと宇宙空間に転移させた。

 予想通り、こちらでも同様の魔力を感知した。

 調査船員達に事情を説明し、もう少し頑張ってもらう。


 超次元跳躍を繰り返し、宇宙中心部に辿り着いた。


 そこには、すでに先客がいた。

 異世界の宇宙中心部空間は魔力以外何も検出されず真っ黒だったというのに、こっちの世界の宇宙中心には船影が確認できた。

 とうとう次元跳躍システムを持つ異星人との接触かと思ったのだが。

「このデータは……」

 俺はすぐに音声通信を送った。

「そこにいるのは、俺か?」


 ・


 地平線。


 謎の宇宙船。いや、この調査船から受け取った音声を聞いて、俺は理解した。

 時空が、いや、時間も、全てここに集まっている。


 ・


 地平線。


 宇宙中心に来た俺は、ふと、「ここで転移したらどうなるのだろうか」と思った。

 転移魔法はイメージしたところへ飛べる。

 ならば、イメージするべきものが魔力以外何も無いこの空間なら、地球世界の同じような場所をイメージすれば飛べるのではないか、と。

 失敗しても飛べないだけなので、こっそり試した。


 転移した感覚はあった。

 ここはおそらく地球世界の宇宙中心で間違い無いだろう。

 しかし、そこには先客がいた。

 それらは……

「この調査船と全く同じ船?」


 ・


 地平線。


 とうとう宇宙中心へと辿り着いたのだが、そこには先客がいた。

 魔力以外全く何も無い空間に、船影が3つ。

 ここに着いてからはポツポツと増えていっている。

 まだ出会っていない異星人が次元跳躍システムを持っていて、それらが全て同時に宇宙中心へ……

 もちろんそんなわけなかった。

 スキャンの結果、先客も、後から来た客も全て同じ船だった。

 この調査船と全く同じ船がどんどん増え続けている。


 ・


 闇の彼方、


 そこには俺がいた。

 前後左右上下にまで俺がいる。

 いや、俺はここにいないのだ。

 周りに反射している姿は確実に俺なのだが、その中心に俺はいなかった。


 ただただ白い空間広がっている。


 ぐっと、肩を押された。

 足の薬指に重みを感じた。

 これは、重力か。


 俺は唐突に理解した。

 いや、頭の中に突然書き込まれたのか。


 ここはドーナツの穴の中だ。

 ドーナツの外に出てしまった。


『待っていた』

 と、再び俺の記憶に書き込まれた。

「呼んでいたのは貴方か?」

 という俺の問いに、肯定の重みがのしかかった。

『時間が掛かったな』

「ただ力をもらっただけで、何のためかは知らなかったし」

『だが来た』

「そうだな」


 ここは全てが重なり合った場所だ。

 666の宇宙が重なる1点であり、その全てが混ざり合い、意味を無くしている。


 時が来た。

 これを開かなければならない。


 だが、押しても引いてもこの門は開かない。その様に作ったからだ。


 だからお前に力を与え、ここに呼んだ。


 2つの宇宙の時が混ざり合い重なり合い、必要な数交差した。

 それぞれが、別々の門を開く。

 お前が開くのだ。


 目の前には俺が立っていた。

 そこら中に俺がいた。

 そして俺が俺と向かい合っている。全ての俺が。

 俺と俺は手を合わせた。

 転移魔法を発動する。

 俺ではなく目の前の俺を転移させる。

 合わせた手から光が溢れた。


 666の門が開き、混ざり合う。


 ・


 門


 宇宙中心には白い天体があった。

 おいおい、理論上ブラックホールみたいなのがあるんじゃなかったのか?

 地球の学者も異世界の学者も同じ事言ってたのにどっちも外れか。


 しかし、調査を進めるとその天体の反応は無かった。

 いや、あらゆるレーダー波が返ってこないのだ。

 白いくせにブラックホールみたいだな。


 しばらく調査を進めると、どうやらそれがワームホールの様なものだと判明した。

 しかし、その白い穴に近付いていくと、俺は直感的に理解した。

 これは転移魔法が形になったものだ。


 宇宙中心から発せられていた魔力放射はいつの間にか消失している。

 まるで俺をここに呼ぶためだけに発せられていた様だ。


「問題なさそうだし、入ってみるか」

 俺のゆるーい号令と共に、調査船は進む。


 白い空間に入った瞬間、俺は懐かしい感覚になっていた。

 もう遥か昔の事になってしまったが、異世界に転移したあの時の感覚だと思いだした。

 転移魔法はイメージした場所へ行ける。

 知らない場所へは行けない。膨大な魔力を持つ俺の子供達でも無理だった。

 ならば俺はどうして異世界に転移したのだろうか。

 白い空間には665の黒い天体が存在した。調査船が潜って来たものも含めると666。

 それらは全て、穴だった。

 概ね似通ったデータだったのだが、どういう訳だか穴の一つに見覚えがあった。

「あれは帰り道じゃないか」

 どうしてそう思ったのかは分からない。


 俺の生まれ育った場所への帰還、そして新たな異世界への旅が始まった。








 おしまいだよ



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日本と異世界を行ったり来たりして豪商になります! ハイスピード!! 痒いところに手よ届け @kayumi

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