雨音く
縹 イチロ
序章
「そなたの養い子は、
養い子とは、センのことである。
彼が八つの時、人の世から時雨が
雨女の里へ伴ったとき、雨女のまとめ役であり、巫女の
そのセンが、もうすぐ十二になろうとしていた。
雨女の里では十二歳になると、
唹加美神に仕えられるのは、巫女となれる
女神の治めるこの地へ留まれるのも女人と子供だけ。それゆえ、十二を越えた男子は、里を出なければならない。そんな、昔からある仕来りなのだ。
「申し訳ございません。まだ決められずにおります」
これもまた、幾度となく繰り返した答えだ。
それを聞いて巫鳥は疲れたようなため息を漏らした。
この
巫鳥はそう思っていた。
それを再三急かしているのには理由がある。
「あのように霊獣が出入りするのは例にない事じゃ。早くなんとかしておくれ」
夏宮の守りである
黄海に面した大鳥居は、
『ようすを見に来た』、『遊びに来た』などと、建前上の理由をつけては、自分のところの宮を選んではくれないかと、センのもとへご機嫌伺いに来ているのだ。
どういった経緯でそれほど親しくなったのか?
細かいことは巫鳥は知らないのだが、どうやらセンは、《夏宮》と《秋宮》の姫君にいたく気に入られているようなのだ。
それで、二つの地をそれぞれ守護している霊獣が、その姫君たちに背っ突かれてようすを見に来ているらしい。
方角の守護たる霊獣は、先の戦を踏まえ、四宮の抑えとして天帝から遣わされた者達である。その霊獣が見張るべき宮の者と馴れ合い、あまつさえ使い走りにされるとは何事か。
規則に厳しい巫鳥としては叱り飛ばしたいところだが、なにせ他所さまの領域である。自分のするべき仕事の
鬱々とした気持ちを抱え、もうどちらでも良いから早くセンに決めてもらい、さっさと引き取ってほしいと言うのが本音のところだ。
「えぇい。また」
眉間のシワを深めて忌々しそうに呟く。
寿命の長い妖化しが白髪になるまでの長い間、巫鳥は女神に使えてきた。その為が、里のことは手に取るようにわかるらしい。
今日もまた、大鳥居を遠慮無しに抜けて霊獣がやって来たことを気の揺らぎから察したようだ。
センが里を出る歳が近づいたせいだろう。
このところ一日おかず訪ねてくる。
そのせいで巫鳥の機嫌がすこぶる悪く、彼女の下で働く社の巫女たちは戦々恐々としたようすだ。ただでさえ、機嫌良く笑っている姿を誰も見たことがないと言われる巫鳥なのに、機嫌の悪い彼女など災厄でしかない。社にはぴりぴりとした雰囲気が漂っていた。
「とにかく、早々に決めるよう。そなたからもよしなに頼みます」
それだけ言うと、苛々としたようすで
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