第4話 会津藩家老襲撃および壬生浪士組局長副長暗殺未遂事件

◇◇◇



元治元年(西暦 一八六四年)七月一日・八木邸。

「俺が監視されるはずだったんだが……気がつけば、俺は脳筋其の一の世話係になってたなあ」

 脳筋其の一=脳細胞筋肉男其の一。すなわち俺。盛大に溜息をつく尾形に、俺は文句を言った。

「だ〜か〜ら〜。いい加減、脳筋言うの止めろ」

「じゃあ左之は、酒を止めろ」

「無理言うな。酒は命の水だ!!」

 俺と尾形の言い争いに、林は大笑いした。

「あの日もお前、酒飲もうとして俺に止められたんだろうが!!」

「二人共、その辺にしておき。団子、もう一本どや?」

 林が差し出してきた団子を、俺達二人は受け取って齧った。



◇◇◇



 文久三年(西暦 一八六三年)五月二日 壬生浪士組屯所・前川邸。

 壬生寺から、尾形と二人、歩きながら屯所に戻った。帰る途中、酒を買おうと立ち寄ったが、尾形に止められた。

「少しは酒を控えたらどうだ。原田先生」

 尾形の眉間に皺がよっていた。その表情は土方さんそっくりで、俺は思わず笑ってしまった。

「何だ」

「いや、素のお前って可愛いなあっと想って」

「……そういう言葉は女に言ってやれ。この人たらし」

 尾形の言葉に俺は笑ってしまう。

 前川邸の門をくぐり、己の部屋に一度戻ろうと考えていた時だった。向かいから来た人間を見て、俺と尾形は軽く頭を下げた。

 壬生浪士組の局長がぞろぞろと歩いてきたからだ。この当時すなわち文久三年(西暦 一八六三年)当時、壬生浪士組は二つの派閥に分かれている。

 水戸天狗党派と天然理心流派。

 先頭を歩くのは、芹沢鴨。壬生浪士組筆頭局長。水戸天狗党派の筆頭がこの男だ。過去には天狗党の乱にも参加し、入牢したこともあるそうだ。

 芹沢の後ろを歩くのは、近藤勇。壬生浪士組局長。天然理心流派筆頭がこの男に当たる。

 元は天然理心流と言われる多摩の剣術道場の主を勤めていた男である。俺は近藤さんの人柄に惚れて、ここまで一緒に働いてきた。

 最後尾を歩くのが壬生浪士組局長の新見錦。壬生浪士組局長・芹沢と長くつきあいのある男であり、芹沢からの信頼も厚い。

 三人が通り過ぎた後、俺と尾形は頭を上げた。尾形は、ある男を見つめていた。俺はその視線に気が付き、尾形に問いかけた。

「まさか?」

 浅野が言っていた言葉を思い出していた。情報流出の犯人は、壬生浪士組の中でも、上の地位いて、尾形や浅野が手を出しづらいと言っている人物。

 尾形の視線の先にいる人物は、その条件に完全に当て嵌まっていた。

ーーーー新見さんが、尊王攘夷派浪士に情報を流出している?

 尾形は俺の視線に黙って頷き、部屋に戻っていった。



◇◇◇



 元治元年(西暦 一八六四年)七月一日・八木邸。

「新見さん、すなわち壬生浪士組局長の一人が、情報流失の犯人だと知った時は、驚いたさ。お前と別れた後、俺一人で判断すべき問題ではないと思って、俺は、副長のところに浅野の報告書を持っていった」

 俺の言葉に、林が納得した表情を浮かべた、

「どうりで。あの仕事は鬼副長のヤマカンだけではないやろと思っていたんやけど……裏に左之センセがいたか」

「手際は、悪くはねぇ。だがな。手伝いに来たのはよりによって山南副長と永倉先生だぞ。戦闘の最前線に幹部を送るなよ。俺の胃に穴を開ける気か」

 尾形の言葉に、俺は苦い表情を浮かべた。

「すまんな。当初は新八と平助に手伝ってもらう予定だったんだが、何故か山南さんが来ることに……」

 俺は二人が知らなかったことを話しだした。



◇◇◇

 

 文久三年(西暦 一八六三年)五月二日 壬生浪士組屯所・前川邸。

 俺は部屋には戻らず、そのまま土方さんの部屋に向かった。尾形達の調べあげた内容を報告するつもりだった。

 報告しても、土方さんは切り捨てる可能性があるが、やらないよりやったほうがいくらかマシだと思ったからだ。

「失礼します。原田です」

「入れ」

 聞こえてきた声に、俺は土方さんの部屋に入った。土方さんは同じ副長である山南敬助と何やら打ち合わせをしていた。

「尾形達の様子はどうだ。何か怪しい動きがあったか?」

「いんや。正攻法で行ったら、大笑いされた」

 俺は浅野から渡された資料を土方さんに手渡した。土方さんは軽く首を傾げたが、俺は黙って差し出していた。諦めたように土方さんは浅野が作成した資料を受け取り、目を通しだした。

 しばらくすると土方さんの眉間に皺がより、白い顔が更に白くなった。浅野の書かれている書類の重要性に気がついたのだろう。

 やがて、土方さんはその資料を、そのまま山南さんに渡した。受け取った山南さんも資料を読むに連れ、目つきが鋭くなっていった。

「これが本当だったら、最悪だぜ」

「新見さんが裏切るとは」

 土方さんのつぶやきに山南さんも同意した。

「今日の巡察隊と護衛隊、変更するのは無理か?」

「いや、下手に変更しないほうが良いでしょう。敵にバレたら元も子もない。現状維持のほうがいい」

 俺は巡察隊と護衛隊の変更を進言したが、山南さんはそれを却下した。確かに、そういう面もあることはあるが、あの二隊だぞ。

「……だったら、土方さん。山南さん。俺と新八と平助は、今日飲みに行って帰りが遅くなるから」

 正直、それしかないと思った。新八とは俺の友人で、俺と同じく副長助勤を務めている永倉新八のこと。平助もまた、俺と同じく副長助勤を務めている藤堂平助のことを示す。

 俺と二人は、局長の近藤勇が道場主をしていた試衛館で出会った親友同士だ。奴らなら俺が説明すれば協力すると思っていった。

 俺の言葉に、土方さんの目が釣り上がった。

「何を企んでいる?」

「永倉君と藤堂君に尾形君達の手伝いをさせるつもりでしょう」

 土方さんの問に答えたのは山南さんだった。その通りだったので、俺は頷いて肯定する。

「ああ、いくら精鋭だと言っても、八人だけじゃ人手が足りない」

 俺は、疑わしいという理由だけで、あの連中を死なせたくはなかった。あの連中のあり方をもっと見たいと思ったからだ。

「……土方君。今日の会津御家老との会合ですが副長の山南は体調不良で寝込んで出れそうにないですねえ」

「山南さん、あんたまで!」

 土方さんの怒声を聞き流し、山南さんは立ち上がると、近くにいた一人の隊士を笑顔で招き寄せた。俺と土方さんは山南さんを黙って見つめていた。

 何をするんだろうか?その間にも隊士は山南さんに近づいていく。

ゴッッ。

 山南さんは、笑顔で近づいてきたその隊士のみぞおちを殴り、気絶させると、抱えあげ、自分の部屋の布団に寝かせた。

「これで藤堂君に看病を任せればいい」

「いや、平助は……」

「何かおっしゃいました?原田君?それとも藤堂君の代わりに私では役不足ですか?」

「……いえ、何も」

 俺は首を横に振った。剣士としてなら、藤堂より山南のほうが格段に上であることは確かである。

 壬生浪士組副長・山南敬助。小野派一刀流と北辰一刀流、両方の免許皆伝を持っている人物。その昔、近藤さんに他流試合を挑み、負けた。

 正確に言うと試合に勝ったが人柄に負けた。山南さんはその場で、近藤さんの道場に入門。

 月日は流れ、今に至る。

……この人、地味に恐ろしい。隣の土方さんも俺と同じような表情を浮かべていたが見なかったことにした。

「原田君。浅野君が作ったこの資料だけでは、組を動かすことはできません。ですが、尾形隊は非番、君と永倉君は飲みに行っているということで屯所から離れていても気にはされないでしょうし、私は寝込んでいて、面会謝絶にしておけばいい。もし本当に尾形君の予測通り、何かが起これば、井上さんが沖田隊、斎藤隊そして藤堂隊に指示を出すことができる。違いますか?」

 俺は山南さんの言葉に、黙って頷いた。藤堂の予定が山南さんになったのは計算違いだが、とりあえずの人手は確保できたので、問題は少ないだろう。後は。

 俺は土方さんに向き直った。

「なあ、土方さん。俺達が目指す武士って何だ?」

 俺の問に土方さんは何も答えず、黙って俺を見た。

「壬生浪士組が目指す武士とは『戦う者』だと、俺は思っている。あんたが肥後出身の尾形を疑うのも理解はできる。だがな、俺が見た限りだが、あんたの望む武士の姿煮一番近いのは尾形達じゃねぇかと俺は思う。命令通り、引き続き監視はするが、俺は尾形に協力する。仲間を無駄死させてくはねぇからな」

 俺は睨みつける土方さんを無視して、部屋を出た。



◇◇◇



 元治元年(西暦 一八六四年)七月一日・八木邸。

「一応警告しておくが、土方さんより恐ろしいのが山南さんだぜ。あの人は、笑顔で容赦ないことをやるからなあ」

 俺の警告に、尾形も林も頷いた。二人共監察方の人間であり、当然、山南さんと接する機会も多い。

「あの人、笑顔で鬼のような指示出すからなあ。池田屋の時も大変だったぜ……」

 尾形の言葉に、俺は笑った。

 尾形は池田屋事件の時は、屯所守備を担っていた。それも、たった一人で。

「仏の副長だとか言われているが……ありゃ、笑う閻魔やな」

 林の言い得て、妙な例えに俺と尾形は納得した。

 その時だった。唐突に話題の人物の声が聞こえた。

「誰が、『笑う閻魔』ですか」

 俺達三人は恐る恐る振り向いた。振り向いた先には、新撰組副長・山南敬助が茶菓子を手に微笑んでいた。

いや、正確に言おう。

「笑う閻魔」と例えられる笑顔でいた。

「原田君。報告書は何処まで出来上がっていますか……」

「すいません。今、作成中です」

 俺の返事に山南さんは穏やかに笑い、書き込んでいる紙を手にし、読み出した。

「この調子で一切合切書いてくださいね」

 そう言うと手にしていた和菓子を、俺達に渡していった。

「鬼副長からのお駄賃です」

 くすり、と笑うと山南さんは座った。

 手の中にあるのは、花柄の練り切り。

 それにしても、どんな顔して菓子を買いに言ったんだ。鬼副長。そういえば、試衛館の三人、すなわち近藤さん、土方さん、沖田は全員甘味大好きだった。

 土方さんは酒は下戸の為、苦手だが、濃い目の抹茶に和菓子は大好物。

 あの沖田に至っては、酒飲みながら団子が食える猛者である。

 山南さんは、どうやら俺達の茶のみ話に付き合うつもりらしい。尾形は急須を手にすると山南さん用に茶を煎れた。

「鬼副長だ。なんだと言われながらも、土方君も人間です。彼自身間違うこともある。間違いに気づいて、落ち込むことがある。昔と変わりませんよ」

 そういうと山南さんは話しだした。

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