第32話 To the final battle

 しばらく休んだだけで、芒雁葉は完全に気力を取り戻していた。

「師桐のこと……、どうする?」

 弥生は顎に手を当てたポーズで考える。

「結局、夢の世界に引きずりこまれる事件の犯人は芒雁君だったってことよね」

「そう。それも俺のライセンスだってことを認識せずに、所構わず発動させてしまっていたのが原因。『フロイト』は俺のライセンスだと受け止めた今なら、ある程度のコントロールはできると思う。少なくとも、弥生達を巻き込むようなことは、望まない限りはないと思う」

「じゃあ、事件は解決?」

「うーん。そう言いたいけれど、何かが引っかかるんだよな」

 自分さえ気をつければよい。むやみに『フロイト』を発動させなければ、何も起こらない。そのはずだが、何か釈然としない。何か重要なことを考え忘れている。

「……師桐の目的って何だったのかな?」

「同志を増やすため、だったか。そんなことをお菓子の世界で言っていたな」

「どうやって?」

「あいつ、夢には人の人格を変える力があるって言っていたな。夢でご神託のように語りかけることもできるし、その気になればその夢のマスターが気づかない何かを勝手にいじることで、そのマスターの無意識を操作することもできる。本当に危険なライセンスだ」

「でももし、その方法しかないのだとすれば。師桐の計画には芒雁君が絶対に必要ってことになる。だけど師桐は芒雁君を獏にさせて再起不能にさせようとしてたよ。これって矛盾してない?」

「じゃあ、他に何か方法が?」

「……そもそも、師桐はなんで芒雁君が『フロイト』を持ってるって知っていたのかな? 芒雁君本人でさえ、気づいていなかったんだよ?」

「……」

 芒雁はしばらく考え込んでいたが、やがてその表情が得心したものへと変わる。

「……そうか。そういうことなのか」

「え?」

「弥生」

 芒雁は弥生と向き合う。真剣な眼差しだった。

「俺は師桐と最後の決着をつけにいこうと思う」

「決着って。まさかまた戦うつもり!? もうここにはいないんだよ」

「そのための『フロイト』さ」

「どういうこと?」

「逃げたのなら追いかければいい。あいつの夢の中まで」

 今の芒雁にはそれが可能だった。

「そもそも勝算はあるの?」

「今回ように『フロイト』に翻弄されることはもうないと思う。それに秘策を思いついた。でも師桐のことだ。まだ奥の手があるかもしれない。それに秘策だって絶対成功するとは限らない。はっきり言って危険だ。だから……」

「だから。ついて来るなって言うつもり? 安全な所で待っていてくれって? あのね、言っておくけどこ……」

 芒雁の胸ぐらを掴みかからんとばかりに息巻く弥生を、芒雁は右手を広げて制止した。

「だから! 一緒に来てくれないか? 俺を信じて見ていて欲しい。そしてもし俺が師桐に惑わされて自分を見失いそうになったら導いてくれ」

 芒雁は制止のために差し出した右手を、そっと差し出すような形に変える。

「俺を……助けてほしい」

 芒雁の言葉に弥生は破顔する。

「……もちろん!」

 そして芒雁が差し出した手を、ぎゅっと握りしめた。お互いの目を見合わせ、どちらともなく頷き合う。

「……まずは一度『フロイト』を解除する。その上でもう一度『フロイト』を発動させ、師桐のいる世界へとダイブする!」

「うん!」

「いくぞ!」

 芒雁の掛け声と同時にいつものように世界が割れ、弥生の意識は遠のいていった。

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